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第101話 解雇

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 「マキは結婚していないの?」と聞くと「していない。」と答える。

 「ビザはどうなっているんだ?」ともう一度聞くと「ないよ。」と答えた。

居酒屋『甚平』のママらしい細身の中年女性がマキの傍らに近づいてきた。私がご馳走した事になるビールジョッキを片手に持ったまま「不法入国、不法滞在、不法就労の三拍子!」と言った。

 「いろいろあったよ、いろいろ。あのとき一緒にいたお姉さんたちもみんな、いなくなっちゃったよ。でも、わたしはこの街から出られなかった。ほかの街、怖いよ。最初の名古屋の店は身体売ったよ。無理矢理だよ。だから、この街にいるんだよ。」

 そう過去を振り返りながらマキは言葉を続けた。

 「リミは元気か?リョウヘイと結婚したんだろう。赤ちゃん、できたんだろう。」

 「離婚したよ。子供もリミが連れていった。今は独りで暮らしている。」

 私の言葉が聞こえたのだろう。甚平のママが間髪入れずに私に言った。

 「へぇ、独身なんだ。だったらマキと結婚してやってよ。それでさぁ妊娠して、赤ん坊が生まれてから入管に行ってビザを取らせてやってよ。嘘でもいいからさぁ。」

 偽造結婚をして入国管理局にビザの申請を提出して欲しいという事だが、これだけでは不許可になる公算が大きいから、先手を打って子供を出産してから申請するという意味である。よくある話だ。

 「嫌だよ、俺は愛ない結婚はしないよ。それにもう外人とは結婚しない。面倒だよ、毎年のように入管申請するだけでもイヤになる。それに俺、アル中で入院していたんだぜ。病人だから申請しても精神異常者扱いさ。」

 2度目の入院が終わり、退院したあと私は地元のアリ地獄に加えて、隣街にもアリ地獄を見つけ出した。この新しく加わったアリ地獄の方が金銭的には倍以上高かったが、私の身体をスッポリと埋め尽くすのに時間はかからなかった。

 この結果、待ち受けていたのは『自己都合による退職』という名目の解雇だった。

 「桑名君、明日か明後日でいいんだけれど、どなたか家族と一緒に出勤してくれないか。」

 看護師長と人事課の近藤が待ち受けていた。私には父も母もいない。だから三歳年下の弟が一緒に来てくれた。

 「この念書、覚えているよね。今度、酒に手を出したら自主退職するって書いたよね。レントゲン室の中田君や花田さんから苦情が来ているんだよ。いっつも酒臭いってね。おまけに患者さんからもクレームが入っているし、君の顔、腫れ上がっていて尋常じゃあない飲み方をしているよね。採血の結果を見てもわかるよ。」

 言い返す言葉が出てこなかった。

仕事がなくなる。あと半年勤めれば勤続二十年になる職場を失なう。アルコールが原因ですべてを無くしてしまう。家族もいない、父、母はすでに他界していて私を擁護してくれる者はいない。

 この現実を目の当たりにしてうろたえた。

 「お願いします。今回だけは見逃してください。今、職場を失ったら他に務めるところがありません。ここにおいてください。」

 わたしは懇願したが人事課の近藤が放った言葉は「秩父の山奥の病院で募集が出ているよ。」だった。
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