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第100話 マキとの再会
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私の住んでいた街の隣駅、西口側にはちょっと風変わりな飲み屋が林立している。
そのひとつが赤一色で外壁を塗りつぶし、異様さを如実に表している中国人ホステスが在籍するスナックである。地下道のようなトンネルを通って、赤い色の壁へのドアを開けずに通り過ぎる事ができれば美しいママさんがいることで評判の『スナック夢』がある。
この『夢』のチーママがフィリピン人だった。店の外観から察してもフィリピン・パブであることは容易に分かる。
ある目的があって、この『スナック夢』のドアを開けた。目的とは数年前まで通っていた店に在籍していたフィリピン人ホステス、マキが今、いったいどこにいるのかを知りたくなったのである。
マキは幼顔の可愛らしい女性だが気が強く、機嫌を損ねると携帯電話を叩き壊す癖があった。しつこい客からの電話連絡に腹を立ててハンマーを使い、自らの携帯を粉々にしてしまった事もある。
壊さなくても着信を拒否するか電話番号を変えてしまえば済むのだが、そこが飲み屋に勤める女の掟なのだろうか。以前、勤めていた店から姿を消して、マキの行方はわからなくなっていた。
何故か急に人恋しくなり、私はマキに会ってみたくなった。探し出せるとしたらフィリピン・パをあたる意外にない。
「いらっしゃいませ。」
女性の大きな声と共に鈴の音もする。
「いや、ちがうんだ。客じゃあないんだ。フィリピン人の女性を探している。2~3年前まで隣町の駅前のパブでマキという名前を使っていた少女のような娘なんだけれど君、知らないか?」
私が聞いたそのフィリピン人ホステスは最初だけ訝し気な目で私を見つめていたが、あの当時のことを話して聞かせると口元が柔らかく変わっていった。
「待ってなよ、マキでしょう。教える。簡単だよ。おいで、こっち。」
連れて行かれたのは『スナック夢』のひとつ離れたところに並ぶ居酒屋だった。
「居酒屋にフィリピン人がいるのか?」
そう聞こうとする間もなく居酒屋の暖簾をくぐってしまった。
「マキ! リョウヘイだよ、たぶん。ここだよ、こっちにおいで。あなた、リョウヘイちゃんでしょう。ワンダフル・スノーのこと、マキから聞いているよ。」
マキは居酒屋『甚平』のカウンターの中に甚平姿で立っていた。
「リョウヘイだ、なんでだ?なんで、ここがわかった?」
十年近く日本にいても決して抜けないヘンテコリンな発音で私の姿を見つめて笑顔を浮かべた。
「道沿いの前にあるフィリピン・パブの女性がマキの居場所を教えてくれたよ。まったく苦労しないで見つけちゃった。」
「おねえさんね、エバっていうの。チーママだよ。」
私の言葉にマキは嬉しさを顔に表しながら教えてくれた。
「やっぱりフィリピン・パブか、そんな雰囲気だったから思い切ってドアを開けたんだ。」
「リョウヘイ、ビールでいいのか?ウイスキーか?」
「ビールでいいよ、ナマチュウね。」
私が注文すると、この居酒屋『甚平』独特なるルールがある事がわかった。
「私もナマチュウね、ママさんもナマチュウでいい?」
私が1杯のジョッキに注がれる生ビールを注文すると3杯分の伝票が付けられるから600円のビールが1800円の売り上げになるのだ。
カウンターの奥にある棚にはテレビが置いてあり、電源は入れっぱなしになっている。客の誰かがカラオケをリクエストしない限り、ごく普通のテレビ番組を観ていられる。ちょうどバレーボール女子の試合が中継されていた。
マキは日本がポイントを取られるたびに「バカだなぁ」とつぶやく。
「バカだなぁ、あ~ぁ、もうバカだなぁ。」
「マキは日本を応援しているのか?」と聞いた。
「そうじゃあないけれど、ロシアには行ったことがないからだよ。」
それだけの理由だった。
「あれから何年、経ったかなぁ。覚えているか?店を出たら外が真っ白い雪で一面、覆われていた夜があったろう。あれは綺麗だったなぁ。足跡がまだ1つもなくてね。」
「覚えているよ、生まれて初めて見たよ、きれいだった。もう6年は経っているよ。」
マキも白い雪の夜の風景を記憶に刻んでいた。
そのひとつが赤一色で外壁を塗りつぶし、異様さを如実に表している中国人ホステスが在籍するスナックである。地下道のようなトンネルを通って、赤い色の壁へのドアを開けずに通り過ぎる事ができれば美しいママさんがいることで評判の『スナック夢』がある。
この『夢』のチーママがフィリピン人だった。店の外観から察してもフィリピン・パブであることは容易に分かる。
ある目的があって、この『スナック夢』のドアを開けた。目的とは数年前まで通っていた店に在籍していたフィリピン人ホステス、マキが今、いったいどこにいるのかを知りたくなったのである。
マキは幼顔の可愛らしい女性だが気が強く、機嫌を損ねると携帯電話を叩き壊す癖があった。しつこい客からの電話連絡に腹を立ててハンマーを使い、自らの携帯を粉々にしてしまった事もある。
壊さなくても着信を拒否するか電話番号を変えてしまえば済むのだが、そこが飲み屋に勤める女の掟なのだろうか。以前、勤めていた店から姿を消して、マキの行方はわからなくなっていた。
何故か急に人恋しくなり、私はマキに会ってみたくなった。探し出せるとしたらフィリピン・パをあたる意外にない。
「いらっしゃいませ。」
女性の大きな声と共に鈴の音もする。
「いや、ちがうんだ。客じゃあないんだ。フィリピン人の女性を探している。2~3年前まで隣町の駅前のパブでマキという名前を使っていた少女のような娘なんだけれど君、知らないか?」
私が聞いたそのフィリピン人ホステスは最初だけ訝し気な目で私を見つめていたが、あの当時のことを話して聞かせると口元が柔らかく変わっていった。
「待ってなよ、マキでしょう。教える。簡単だよ。おいで、こっち。」
連れて行かれたのは『スナック夢』のひとつ離れたところに並ぶ居酒屋だった。
「居酒屋にフィリピン人がいるのか?」
そう聞こうとする間もなく居酒屋の暖簾をくぐってしまった。
「マキ! リョウヘイだよ、たぶん。ここだよ、こっちにおいで。あなた、リョウヘイちゃんでしょう。ワンダフル・スノーのこと、マキから聞いているよ。」
マキは居酒屋『甚平』のカウンターの中に甚平姿で立っていた。
「リョウヘイだ、なんでだ?なんで、ここがわかった?」
十年近く日本にいても決して抜けないヘンテコリンな発音で私の姿を見つめて笑顔を浮かべた。
「道沿いの前にあるフィリピン・パブの女性がマキの居場所を教えてくれたよ。まったく苦労しないで見つけちゃった。」
「おねえさんね、エバっていうの。チーママだよ。」
私の言葉にマキは嬉しさを顔に表しながら教えてくれた。
「やっぱりフィリピン・パブか、そんな雰囲気だったから思い切ってドアを開けたんだ。」
「リョウヘイ、ビールでいいのか?ウイスキーか?」
「ビールでいいよ、ナマチュウね。」
私が注文すると、この居酒屋『甚平』独特なるルールがある事がわかった。
「私もナマチュウね、ママさんもナマチュウでいい?」
私が1杯のジョッキに注がれる生ビールを注文すると3杯分の伝票が付けられるから600円のビールが1800円の売り上げになるのだ。
カウンターの奥にある棚にはテレビが置いてあり、電源は入れっぱなしになっている。客の誰かがカラオケをリクエストしない限り、ごく普通のテレビ番組を観ていられる。ちょうどバレーボール女子の試合が中継されていた。
マキは日本がポイントを取られるたびに「バカだなぁ」とつぶやく。
「バカだなぁ、あ~ぁ、もうバカだなぁ。」
「マキは日本を応援しているのか?」と聞いた。
「そうじゃあないけれど、ロシアには行ったことがないからだよ。」
それだけの理由だった。
「あれから何年、経ったかなぁ。覚えているか?店を出たら外が真っ白い雪で一面、覆われていた夜があったろう。あれは綺麗だったなぁ。足跡がまだ1つもなくてね。」
「覚えているよ、生まれて初めて見たよ、きれいだった。もう6年は経っているよ。」
マキも白い雪の夜の風景を記憶に刻んでいた。
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