24 / 90
第24話『読書と人生経験』
しおりを挟む
■ 読書と人生経験
父と母は、今回の旅行中に飛行機の中で日記を書いている。父が書いているのは、普通の日記、つまり、出来事をそのまま書いただけのものである。一方、母がノートに書いているのは、日記というよりも小説である。起きた出来事をもとに、空想を盛り込んで面白くしてあるのだ。母は、地球に戻ってからこれを小説として発表するつもりだという。母は本が大好きで、本を何冊も読んで人生が豊かになったと日頃から感じている。そこで今度は自分が本を書いて、世の中に恩返ししたいと考えているのだ。
母は日頃より、子供たちにもっと読書するようにアドバイスしている。外に出て多様な活動をすることが一番の人生経験になるが、それだけでは足りない。読書によって、他人の人生経験を知識として吸収することが大切なのだ。
父も、母の影響を受けて、今後いっそう読書に励みたいと考え始めていた。父の年齢にもなると、新鮮な人生経験は徐々に減っていき、一年前の自分と比較してさほど進歩していない気がするのだ。それでなおさら、月日がたつのが早いと身にしみて感じるのだった。
地球一家6人がホストハウスに着くと、この家の娘がまず出迎えた。
「ウリマです。よろしくお願いします。私は社会人で、今新しい仕事を探しているところです」
リビングに入ると、6人はHF(ホストファーザー)、HM(ホストマザー)とそれぞれ挨拶を交わした。
「それから、息子のスグロが小部屋にほぼ一日中籠もっています」
HFはそう言うと、小部屋の前に行ってノックをした。
「スグロ、出ておいで。地球の皆さんにご挨拶しよう」
すると、色白で若そうな男性が部屋から出てきて、小さな声で挨拶した。ミサが小部屋の中をのぞき見ると、それは真白い壁の部屋で、窓もなく、中には何も置かれていなかった。スグロはすぐに部屋に戻り、ドアを閉めた。不愛想な態度に、ホスト夫妻は申し訳なさそうな顔をした。
「皆さんは、これまでどんな旅行をしてこられたんですか?」
ウリマが地球一家に話をふり、ジュンが答えた。
「それはもう、いろいろな星のいろいろな国で、いろいろなことがありましたよ」
「へえ、例えば?」
「お母さん、あれがあるじゃない、貸して差し上げたら」とミサ。
「そうね、ちょっと恥ずかしいんですけど」
母は、バッグからノートを取り出してウリマに差し出した。
「今までの旅行記を、小説風に書いてみたんです。よろしければ読んでみてください」
「ぜひ読ませていただきます」
「ところでウリマ、明日の就職面接の準備は大丈夫?」とHM。
「大丈夫よ。でも、もう一回練習しておこう」
ウリマは、背筋を伸ばして腰掛けた。
「私、ウリマ・ウリカと申します。現在25です。大学では文学を学び、卒業後3年ほど出版社で働いていました。さらに新しい人生経験をしたいと思い、新しい仕事に就くことを決意しました。趣味はアウトドア全般ですが、最近は、人生経験を豊かにするために、読書の習慣をつけています」
へえ、ウリマさんも読書が趣味か。
この後、地球一家6人は客間に案内された。しばしくつろいでいると、ウリマが例のノートを持って入室し、母に見せた。
「これ、すごく面白いですね。どんどん読み進めて、もうすぐ読み終わりますよ」
「気に入っていただけてよかったわ」
「読み終わったら、感想をお話ししますね」
ウリマが部屋を出ていく時、彼女の背中がまぶしい光を発するのを、ミサとタクは見逃さなかった。
「気のせいかしら。今、ウリマさんが光った気がする」
「確かに、光って見えたよ」
二人はジュンに話したが、ジュンは信じようとしない。
「まさか。さすがに、気のせいだろ」
ミサが、壁に飾られた二枚の写真に気付く。
「ねえ、みんな。見て、この写真。びっくりよ」
6人は、二枚の写真に見入った。一枚は、『25』と書かれたケーキの前でウリマがピースサインをし、後ろに両親とスグロ。もう一枚は、『35』と書かれたケーキの前でスグロがピースサインをし、後ろに両親とウリマ。
「子供たちは大人になっても、誕生日をケーキでお祝いするんだね」
タクが言うと、ミサは人差し指を左右に振った。
「私が驚いたのは、スグロさんの年齢よ。35歳。とても若く見えるから、ウリマさんのほうがお姉さんだとばかり思ってた。スグロさんのほうが10個もお兄さんだったなんて」
ミサの感想にジュンとタクも同意した。父が説明口調で話す。
「見た目の年齢というのは個人差があるからね。ミサが15歳くらいに見られたり、リコが今でも5歳と間違われたり。そして、見た目の年齢は、生活習慣にも影響される。スグロさんは、一日中あの部屋に籠もりっきりだ。あんなふうに部屋に籠もっている人は、肌が日の光を浴びないから、実際の歳よりもずっと若く見えることがあるんだよ。もしもこのままだと……」
「お父さん、やめて、その話。なんか怖い」
ミサが父の話を遮った時、家の外でバイクの音がした。窓の外を見ると、玄関に何か配達物が届いたようだ。ケーキの絵が描かれている。HFが部屋に入ってきた。
「皆さん。今から、娘が26になったお祝いをします。ケーキを一緒に食べませんか」
それは、めでたい話だ。地球一家はすぐにダイニングに向かった。
大きく『26』と書かれたケーキに、HFがろうそくを立てた。祝福されたウリマは、ろうそくの火を一気に吹き消した。全員の拍手の後、HMがウリマの背中を押した。
「じゃあ、26になった感想と、これからの抱負を語ってくれる?」
「抱負? やっぱり今は職探しね」
ウリマは、姿勢を正して座り直した。
「もう一度、面接の練習! 私、ウリマ・ウリカと申します。現在26です。大学では文学を専攻し……」
「あれ?」
ジュンが思わず声をあげた。
「ウリマさん、さっきの面接の練習では『現在25です』って言ってましたよね」
「あ、私、たった今26になったばかりですから」
地球一家は一瞬考え込んだが、ジュンがすぐに気付いた。
「なるほど、そういうことか。26というのは、26歳という意味ではないんですね。単位は何ですか?」
「レベル26です。EXPとか経験値と呼んでいます。いろいろな人生経験を積むたびに、経験値が上がっていくんです」
ウリマは、母のノートをテーブルの上に置いた。
「でも、今私が26になれたのは、これのおかげです。経験値は、自分で体を動かして経験するばかりでなく、読書によって上げることもできます。この小説はとても斬新で、人生経験が一気に増えた気がしました」
「褒めていただいて光栄です。そして、お役に立てて何よりです」
母はうれしそうに言った。ジュンがウリマに質問する。
「でも、25から26に上がったというのは、どこかに数字が表示されるんですか? それとも、自分でそんな気がすればそれでいいんですか?」
「それを言葉で説明するのはとても難しいんですけど、誰にでもわかるんです。何というか、天から光のような物が自分に舞い降りてきた気がするんです。そして、周りの人たちも必ずそれを認めてくれます」
ミサとタクが顔を見合わせた。さっきの光がそうだったんだね、と目で合図し合った。
ウリマがノートを持って母に言った。
「これ、もう少しお借りしていいですか? 家族にも読んでもらいたくて」
「はい、もちろん。私たちが出発するまでどうぞ」
「しかし、息子のほうはもう3年間もレベル35のまま足踏み状態だな」
HFが心配そうに言うと、ウリマは能天気に言い放った。
「私、もしかすると追い付いちゃうかもね」
HMが小部屋の前に行って声をかけた。
「スグロ。ウリマのお祝いの写真を撮るから、ちょっと出てきて」
スグロが部屋から出てきた。ジュンがカメラを借りて、ホストファミリー4人とケーキを入れた写真を撮った。スグロはウリマに言う。
「26に上がったのか。おめでとう」
「地球の皆さんのおかげなの。ねえ、この小説、面白いから読んでごらんよ」
ウリマは、母のノートをスグロに手渡した。
「あー、僕はもう何年も文字を読んでないから、かったるいな」
スグロはノートを持ったまま開こうともせず、部屋に戻ってドアを閉めた。
「あ、それ、お借りしている大事なノートなんだから、読まないなら返して」
ウリマが怒鳴ったが、返事はなかった。
翌朝、客間で地球一家が身支度している時、母が出し抜けに言った。
「ねえ、提案なんだけど、私たちの観光にスグロさんを誘ってみない?」
5人は驚いて母を見た。それを聞きつけたHFが入ってきて母に尋ねた。
「息子が、どうかしましたか?」
「私たちがお誘いしたら、外に出たいと思ってくれるかなと思いまして。スグロさん、ずっと何もしないで部屋に籠もりきりですよね。少しでも外に出たら、何か刺激になることがあるのではないでしょうか」
「誘っていただけるのはとても有り難いですが、勘違いをされているようですので、ひととおりお話ししておきましょう。息子は、年齢はまだ21歳です。18歳の時にレベル35に到達して、天才と騒がれました。大学もわずか一年で卒業し、就職しました。それまでに世界中を訪れて、世界中で出版されている本も全て読み尽くしたのです」
「そうだったんですか。その反動で、今はぼーっと真白い部屋に籠もっているんですか」
ジュンが尋ねると、HFは首を横に振った。
「ぼーっとしているのではなく、真白い部屋の中でいろいろなことを考えて、アイデアを生み出そうとしているんです。それが今の彼の仕事で、それで給料をもらっているんです」
「じゃあ、ちゃんと働いていらっしゃるんですね」
「そのとおりです。全ての国を知り尽くし、全ての本を読んでしまったとなると、もう新しい見識はほとんど得られません。これ以上レベルアップするには、自分の頭の中で何かを生み出すしかないと彼は考えたのです。しかし、そっち方面の才能はあまりないのか、なかなかうまくいきません。それで3年間もレベル35のままです。まあ、人生山あり谷あり。調子よくレベルが上がり続ける人などいません。彼もスランプが続いていますが、毎日努力していますので、いつかきっと……」
その時、スグロが微笑しながら入ってきた。
「お父さん! 来ました! 今、36になりました!」
「おー、そうか、来たか。3年ぶりのレベルアップだ。おめでとう」
スグロは、母にノートを手渡した。
「これ、お返しします。全部読みました。とても面白かったです。こんなに刺激的な読み物は初めてです!」
しばらくして、ケーキ屋の男性が玄関のドアを開け、ケーキを中に運んだ。
「お母さんのノートのおかげね。今日もケーキが食べられるわ」
ミサは母に感謝した。HFはケーキを3箱受け取る。え? なぜ3個も?
すると、HMが奥から出てきて、HFの隣に立って母に言った。
「実は私たち夫婦も、先ほど小説を読ませていただいて、レベルが上がったんです。私たちくらいの年齢になると、新しい人生経験を積むことが少なくなるので、なかなかレベルが上がらなくなります。私なんて、5年ぶりですよ」
「僕は実に6年ぶりです」とHF。
ホストハウスを出発して、次の星に向かうために飛行機に乗った地球一家6人。まさか、こうなるとは……。まさかこの飛行機の旅が7人になるとは……。父の隣の席には、スグロが座っている。
「地球の皆さん、突然ご一緒しちゃってすみません。僕は自分の住む星のことは知り尽くしているんですけど、星の外のことは何も知りません。別の星に行ってみたいんです。いいですよね。この先ずっとついて行こうとは思っていません。次の星に着いたらお別れしましょう。いろいろお世話になりました」
父と母は、今回の旅行中に飛行機の中で日記を書いている。父が書いているのは、普通の日記、つまり、出来事をそのまま書いただけのものである。一方、母がノートに書いているのは、日記というよりも小説である。起きた出来事をもとに、空想を盛り込んで面白くしてあるのだ。母は、地球に戻ってからこれを小説として発表するつもりだという。母は本が大好きで、本を何冊も読んで人生が豊かになったと日頃から感じている。そこで今度は自分が本を書いて、世の中に恩返ししたいと考えているのだ。
母は日頃より、子供たちにもっと読書するようにアドバイスしている。外に出て多様な活動をすることが一番の人生経験になるが、それだけでは足りない。読書によって、他人の人生経験を知識として吸収することが大切なのだ。
父も、母の影響を受けて、今後いっそう読書に励みたいと考え始めていた。父の年齢にもなると、新鮮な人生経験は徐々に減っていき、一年前の自分と比較してさほど進歩していない気がするのだ。それでなおさら、月日がたつのが早いと身にしみて感じるのだった。
地球一家6人がホストハウスに着くと、この家の娘がまず出迎えた。
「ウリマです。よろしくお願いします。私は社会人で、今新しい仕事を探しているところです」
リビングに入ると、6人はHF(ホストファーザー)、HM(ホストマザー)とそれぞれ挨拶を交わした。
「それから、息子のスグロが小部屋にほぼ一日中籠もっています」
HFはそう言うと、小部屋の前に行ってノックをした。
「スグロ、出ておいで。地球の皆さんにご挨拶しよう」
すると、色白で若そうな男性が部屋から出てきて、小さな声で挨拶した。ミサが小部屋の中をのぞき見ると、それは真白い壁の部屋で、窓もなく、中には何も置かれていなかった。スグロはすぐに部屋に戻り、ドアを閉めた。不愛想な態度に、ホスト夫妻は申し訳なさそうな顔をした。
「皆さんは、これまでどんな旅行をしてこられたんですか?」
ウリマが地球一家に話をふり、ジュンが答えた。
「それはもう、いろいろな星のいろいろな国で、いろいろなことがありましたよ」
「へえ、例えば?」
「お母さん、あれがあるじゃない、貸して差し上げたら」とミサ。
「そうね、ちょっと恥ずかしいんですけど」
母は、バッグからノートを取り出してウリマに差し出した。
「今までの旅行記を、小説風に書いてみたんです。よろしければ読んでみてください」
「ぜひ読ませていただきます」
「ところでウリマ、明日の就職面接の準備は大丈夫?」とHM。
「大丈夫よ。でも、もう一回練習しておこう」
ウリマは、背筋を伸ばして腰掛けた。
「私、ウリマ・ウリカと申します。現在25です。大学では文学を学び、卒業後3年ほど出版社で働いていました。さらに新しい人生経験をしたいと思い、新しい仕事に就くことを決意しました。趣味はアウトドア全般ですが、最近は、人生経験を豊かにするために、読書の習慣をつけています」
へえ、ウリマさんも読書が趣味か。
この後、地球一家6人は客間に案内された。しばしくつろいでいると、ウリマが例のノートを持って入室し、母に見せた。
「これ、すごく面白いですね。どんどん読み進めて、もうすぐ読み終わりますよ」
「気に入っていただけてよかったわ」
「読み終わったら、感想をお話ししますね」
ウリマが部屋を出ていく時、彼女の背中がまぶしい光を発するのを、ミサとタクは見逃さなかった。
「気のせいかしら。今、ウリマさんが光った気がする」
「確かに、光って見えたよ」
二人はジュンに話したが、ジュンは信じようとしない。
「まさか。さすがに、気のせいだろ」
ミサが、壁に飾られた二枚の写真に気付く。
「ねえ、みんな。見て、この写真。びっくりよ」
6人は、二枚の写真に見入った。一枚は、『25』と書かれたケーキの前でウリマがピースサインをし、後ろに両親とスグロ。もう一枚は、『35』と書かれたケーキの前でスグロがピースサインをし、後ろに両親とウリマ。
「子供たちは大人になっても、誕生日をケーキでお祝いするんだね」
タクが言うと、ミサは人差し指を左右に振った。
「私が驚いたのは、スグロさんの年齢よ。35歳。とても若く見えるから、ウリマさんのほうがお姉さんだとばかり思ってた。スグロさんのほうが10個もお兄さんだったなんて」
ミサの感想にジュンとタクも同意した。父が説明口調で話す。
「見た目の年齢というのは個人差があるからね。ミサが15歳くらいに見られたり、リコが今でも5歳と間違われたり。そして、見た目の年齢は、生活習慣にも影響される。スグロさんは、一日中あの部屋に籠もりっきりだ。あんなふうに部屋に籠もっている人は、肌が日の光を浴びないから、実際の歳よりもずっと若く見えることがあるんだよ。もしもこのままだと……」
「お父さん、やめて、その話。なんか怖い」
ミサが父の話を遮った時、家の外でバイクの音がした。窓の外を見ると、玄関に何か配達物が届いたようだ。ケーキの絵が描かれている。HFが部屋に入ってきた。
「皆さん。今から、娘が26になったお祝いをします。ケーキを一緒に食べませんか」
それは、めでたい話だ。地球一家はすぐにダイニングに向かった。
大きく『26』と書かれたケーキに、HFがろうそくを立てた。祝福されたウリマは、ろうそくの火を一気に吹き消した。全員の拍手の後、HMがウリマの背中を押した。
「じゃあ、26になった感想と、これからの抱負を語ってくれる?」
「抱負? やっぱり今は職探しね」
ウリマは、姿勢を正して座り直した。
「もう一度、面接の練習! 私、ウリマ・ウリカと申します。現在26です。大学では文学を専攻し……」
「あれ?」
ジュンが思わず声をあげた。
「ウリマさん、さっきの面接の練習では『現在25です』って言ってましたよね」
「あ、私、たった今26になったばかりですから」
地球一家は一瞬考え込んだが、ジュンがすぐに気付いた。
「なるほど、そういうことか。26というのは、26歳という意味ではないんですね。単位は何ですか?」
「レベル26です。EXPとか経験値と呼んでいます。いろいろな人生経験を積むたびに、経験値が上がっていくんです」
ウリマは、母のノートをテーブルの上に置いた。
「でも、今私が26になれたのは、これのおかげです。経験値は、自分で体を動かして経験するばかりでなく、読書によって上げることもできます。この小説はとても斬新で、人生経験が一気に増えた気がしました」
「褒めていただいて光栄です。そして、お役に立てて何よりです」
母はうれしそうに言った。ジュンがウリマに質問する。
「でも、25から26に上がったというのは、どこかに数字が表示されるんですか? それとも、自分でそんな気がすればそれでいいんですか?」
「それを言葉で説明するのはとても難しいんですけど、誰にでもわかるんです。何というか、天から光のような物が自分に舞い降りてきた気がするんです。そして、周りの人たちも必ずそれを認めてくれます」
ミサとタクが顔を見合わせた。さっきの光がそうだったんだね、と目で合図し合った。
ウリマがノートを持って母に言った。
「これ、もう少しお借りしていいですか? 家族にも読んでもらいたくて」
「はい、もちろん。私たちが出発するまでどうぞ」
「しかし、息子のほうはもう3年間もレベル35のまま足踏み状態だな」
HFが心配そうに言うと、ウリマは能天気に言い放った。
「私、もしかすると追い付いちゃうかもね」
HMが小部屋の前に行って声をかけた。
「スグロ。ウリマのお祝いの写真を撮るから、ちょっと出てきて」
スグロが部屋から出てきた。ジュンがカメラを借りて、ホストファミリー4人とケーキを入れた写真を撮った。スグロはウリマに言う。
「26に上がったのか。おめでとう」
「地球の皆さんのおかげなの。ねえ、この小説、面白いから読んでごらんよ」
ウリマは、母のノートをスグロに手渡した。
「あー、僕はもう何年も文字を読んでないから、かったるいな」
スグロはノートを持ったまま開こうともせず、部屋に戻ってドアを閉めた。
「あ、それ、お借りしている大事なノートなんだから、読まないなら返して」
ウリマが怒鳴ったが、返事はなかった。
翌朝、客間で地球一家が身支度している時、母が出し抜けに言った。
「ねえ、提案なんだけど、私たちの観光にスグロさんを誘ってみない?」
5人は驚いて母を見た。それを聞きつけたHFが入ってきて母に尋ねた。
「息子が、どうかしましたか?」
「私たちがお誘いしたら、外に出たいと思ってくれるかなと思いまして。スグロさん、ずっと何もしないで部屋に籠もりきりですよね。少しでも外に出たら、何か刺激になることがあるのではないでしょうか」
「誘っていただけるのはとても有り難いですが、勘違いをされているようですので、ひととおりお話ししておきましょう。息子は、年齢はまだ21歳です。18歳の時にレベル35に到達して、天才と騒がれました。大学もわずか一年で卒業し、就職しました。それまでに世界中を訪れて、世界中で出版されている本も全て読み尽くしたのです」
「そうだったんですか。その反動で、今はぼーっと真白い部屋に籠もっているんですか」
ジュンが尋ねると、HFは首を横に振った。
「ぼーっとしているのではなく、真白い部屋の中でいろいろなことを考えて、アイデアを生み出そうとしているんです。それが今の彼の仕事で、それで給料をもらっているんです」
「じゃあ、ちゃんと働いていらっしゃるんですね」
「そのとおりです。全ての国を知り尽くし、全ての本を読んでしまったとなると、もう新しい見識はほとんど得られません。これ以上レベルアップするには、自分の頭の中で何かを生み出すしかないと彼は考えたのです。しかし、そっち方面の才能はあまりないのか、なかなかうまくいきません。それで3年間もレベル35のままです。まあ、人生山あり谷あり。調子よくレベルが上がり続ける人などいません。彼もスランプが続いていますが、毎日努力していますので、いつかきっと……」
その時、スグロが微笑しながら入ってきた。
「お父さん! 来ました! 今、36になりました!」
「おー、そうか、来たか。3年ぶりのレベルアップだ。おめでとう」
スグロは、母にノートを手渡した。
「これ、お返しします。全部読みました。とても面白かったです。こんなに刺激的な読み物は初めてです!」
しばらくして、ケーキ屋の男性が玄関のドアを開け、ケーキを中に運んだ。
「お母さんのノートのおかげね。今日もケーキが食べられるわ」
ミサは母に感謝した。HFはケーキを3箱受け取る。え? なぜ3個も?
すると、HMが奥から出てきて、HFの隣に立って母に言った。
「実は私たち夫婦も、先ほど小説を読ませていただいて、レベルが上がったんです。私たちくらいの年齢になると、新しい人生経験を積むことが少なくなるので、なかなかレベルが上がらなくなります。私なんて、5年ぶりですよ」
「僕は実に6年ぶりです」とHF。
ホストハウスを出発して、次の星に向かうために飛行機に乗った地球一家6人。まさか、こうなるとは……。まさかこの飛行機の旅が7人になるとは……。父の隣の席には、スグロが座っている。
「地球の皆さん、突然ご一緒しちゃってすみません。僕は自分の住む星のことは知り尽くしているんですけど、星の外のことは何も知りません。別の星に行ってみたいんです。いいですよね。この先ずっとついて行こうとは思っていません。次の星に着いたらお別れしましょう。いろいろお世話になりました」
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる