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第23話『幽霊屋敷の連鎖』
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■ 幽霊屋敷の連鎖
地球一家が到着したばかりのこの町は、家の並び方が変わっている。地図には1981番から2019番までの番号がふられた四角形が描かれており、ヘビのように番号順につながっている。さらに2019番と隣り合うのは、大きな2020番の四角形。その横はすぐ海になっている。小さい四角形は、全て家の建っている庭である。敷地と敷地が一本の線のようにつながっているのだ。そして、一番端の大きい2020番は、いったい何だろう?
「2020番は、ホテルですよ」
ちょうど地球一家を出迎えるためにやってきたHF(ホストファーザー)が答えた。2020ホテルはここの町営ホテルで、海沿いにあるのでいつも宿泊客でいっぱいで、町の貴重な収益源だという。
「我が家は2000番の家ですから、すぐそこですよ」
「どうしてこんなふうに、家がつながって建てられているんですか?」
ミサが興味津々だ。HFは答えた。
「昔からの言い伝えで、こうしておけば、幸福の神様が家から家へと渡ってやってくるらしいんです。以前この近所に空き地が一つあり、幸福はそこで止まっていました。そこで、空き地に家を建てたところ、その家を経由して、その隣の家、その隣というように、幸福が訪れました。だから、我々の家に対する愛着は並大抵ではありません」
付近の家々を見渡すと、庭がきれいで、家への愛情が伝わってくる。
ホストハウスに入った地球一家は、HM(ホストマザー)にリビングに案内された。母が言う。
「とても居心地がいいわ。家がきれいで、暖かみを感じます」
「気に入っていただけて、何よりです。でも暖かい感じがするのは、どの家も同じですよ」
HMは、窓の外を指した。家が何軒か見える。海が見えると完璧なのだが、家で塞がれてしまって見えない。
客間に入った地球一家6人は、ベッドに寝そべって足を広げた。
「この部屋も、とてもいい気持ち。不思議だわ」と母。
「僕は神様なんて非科学的なものは信じないけど、幸福の神様の話は信じたくなるくらい、家の中が快適だね」とジュン。
「気持ち良すぎて、眠くなってきたわ」とミサ。
「早めに寝るとするか。久しぶりにいい夢が見られそうだ」と父。
全員が寝静まった後、電気が消えて真っ暗な客間で、女性がすすり泣く声がする。6人は、お互いが目を覚ましたことがわかると、女性の声が聞こえる、いやそんな馬鹿な、と話し始めた。
女性の細い声がまた聞こえる。母が壁の電気のスイッチを押したが、壊れているのか、薄い明かりしかつかない。カーテンが動いている。風だろうか。窓は閉まっているのに。
カーテンの後ろに誰かいる。女性の細い声。カーテンが大きく動き、青白い女性の顔が現れた。上半身のみで、宙に浮いている。父が目を見開いて驚いた。
「幽霊!」
父は大声で叫ぼうとしたが、声にならない。その時、父は夢から覚めて、ベッドの上で上半身を起こした。母、ジュン、ミサ、タクも同様の格好でベッドの上に座っている。もう日が昇っていて、外は明るい。
5人は夢について語り始めた。全員が幽霊の夢を見たらしい。上半身だけの女性の幽霊。それも全員同じだ。本当に夢だったのか? ふと見ると、リコがまだ眠っている。みんなの視線が集まる中、リコの寝顔が次第に険しい表情に変わり、突然、叫び声をあげた。
「幽霊! 幽霊!」
リコの叫び声を聞きつけ、ホスト夫妻が心配そうに入ってきた。
「全員、夢で幽霊を見たんです。いや、本当に夢だったのかな」とジュン。
「はい、夢です」とHM。
「安心してください。幽霊なんて、この世にいませんから。間違いなく夢ですよ。我々もたった今、幽霊の夢を見て目覚めたところです」
HFは断言した。え、ホスト夫妻も幽霊の夢を?
地球一家6人は、夫妻と一緒にリビングに座った。父がHFに尋ねる。
「この不可解な夢について、事情をご存じのようですね」
「この家で眠る人の夢には、毎日幽霊が出るんです。正確に言えば、昨日の朝までは出ずに、今朝から出るようになりました。そして隣の家では、昨日の朝から幽霊が夢に出るようになりました。明日の朝からは、こっちの隣の家で出るようになるでしょう」
それって、つまり……。
「夢の中の幽霊が、家から家へと感染しているんです。どうしてこんなことが始まってしまったのか、それはわかりません。まさに感染症のようなものです」
家から家に伝わるのは、幸福の神様だけじゃなかったのか。
「今日この家に感染することは、数え上げていたのでわかっていました」とHM。
「昨日おっしゃってくださればよかったのに」と父。
「それはそれで、怖くて眠れなかったでしょう。それに、地球の皆さんの夢には幽霊が出ないかもしれないという期待もあったのですが、我々と一緒でしたね」とHF。
「これから毎日、皆さんは幽霊の夢を見ることになるんですか?」
母がそう尋ねると、HFは残念そうに答えた。
「そう、毎日です。まあ、しょせん、夢ですからね。でも、この町の問題が一つあります。20日後に、幽霊はいよいよ2020ホテルに感染することになるのです。夢に幽霊が必ず出るホテルなんて、泊まってもらえないでしょう。観光の目玉であるあのホテルがそんなことになったら」
「ホテルまで幽霊が移ってしまわないように、途中で家を一軒、壊したらいいのでは」
ジュンが突拍子もないことを言い出した。それでもHFはうなずいた。
「そう、ジュンさん、理屈上はそのとおりなんです。家を壊せば、幽霊は確実にそこで止まり、ホテルは助かります。でも、壊していいと言う人などいないでしょう。みんな家を愛しているんです。取り壊すくらいなら、幽霊屋敷になることなど大した問題ではありません」
「お気持ちはよくわかりますよ。でも、この話を聞いて、破壊消防という消防の手段を思い出しました。ご存じですか?」
「いえ、知りません。でも、ジュンさんの言いたいことがなんとなくわかりました。さっそく、町長さんに提案してみましょう。町長は、2020ホテルの支配人なんです」
HFは部屋を出たあと、すぐに戻ってきて地球一家に言った。
「町長に電話で話したところ、今から緊急で、ホテルの会議室で住民集会を始めるそうです。皆さんにも全員出席していただきたいのですが」
え、今から全員でホテルに?
8人は2020ホテルの会議室に着席した。ほかに約60人の住民がいる。町長がマイクで話し始めた。
「おはようございます。休日の朝早くからお集まりいただき、しかも突然お呼び立てして、すみません。さてご存じのとおり、昨晩から今朝にかけて、2000番の家が幽霊屋敷となりました。このままでは、20日後にはいよいよ、この2020ホテルの宿泊者の夢に幽霊が現れることになります。そこで、解決策を話し合うために、今日は2000番から2019番の全ての方々にお集まりいただきました。皆さん、おそろいですね?」
「うちは、夫が疲れていて家で寝ていますけど、いいですよね」
「うちは、おじいちゃんが留守番しています」
住民たちが口々に町長に向かって言うと、町長は顔をしかめた。
「駄目です、駄目です。大事な話し合いですから、今すぐ家族全員ここに集めてください。全員ですよ。これは町長命令です」
何人かの住民が、ぶつぶつ不平を言いながら立ち上がった。
数十分が経過し、ホテルの会議室では町長の話が再開された。
「今度こそ、皆さんおそろいですね。さて、この幽霊問題の解決案として、2000番のご家族から提案が出ていますので、お話を伺うことにしましょう」
HFに促され、ジュンがとまどいながら壇上に立ち、話し始めた。
「僕たちの住む地球では、火災を防ぐために、破壊消防という方法があって、今でこそ大きな火事が減ってその方法はあまり使われていませんが、昔は当たり前に行われていました。どのような方法かというと、火災の時に、隣の家に次々に延焼して大災害になることを防ぐために、いくつかの家を先に破壊して取り払っておくんです。この町の今回の問題は、その考え方を応用して解決できると思うんです。一軒でも家を壊すのは抵抗があると思いますが、幽霊が感染するのはその手前の家でストップするのです」
ここまで話すと、町長が話を受け継いだ。
「家を壊すという発想は今まで私にはありませんでしたが、先ほど電話でこの話を聞いて、ぜひ前向きに検討しようと思いました。このホテルの今後の利益は、まさにこの町の発展に直結します。ホテルを守るために犠牲が出るのはやむを得ません。それでは、どの家を壊すことにするか、皆さんで今から話し合って、意見をまとめてください」
どよめきが起きた。住民たちが叫び始める。
「うちは、壊すのは絶対に嫌です。家族はみな、家に愛着があります」
「うちも同じです。壊すくらいなら、幽霊屋敷になるほうがまだましです」
「壊してもいいという人などいないでしょう? いますか?」
誰も手を上げない。2001番の札を胸に付けた住民が提案する。
「では、ここは公平に、くじ引きで決めましょうか」
2019番の住民が、すぐに反論した。
「普通にくじ引きをしても、公平にはなりませんよ。だって、うちが壊されることになった場合、ホテルだけは守れるけれど、皆さん全部幽霊屋敷になるんですよ。逆に、2001番さんの家を壊せば、ホテルだけでなく、ほかの全部の家を幽霊から守れるんですから」
「おっしゃるとおりだ。2001番さんを壊すのが、最も被害を少なくする方法だ」
その他の住民からも、そうだ、そうだ、という声が沸き上がった。2001番の住民は、窮地に立たされながら言った。
「いや、そりゃそうですけど、だからって、うちを壊すことに即決するのでは、あまりにも私は不運すぎます。たまたま今日決めるからそうなるのではありませんか。確率的にうちが一番不利になるような配分のくじでも仕方がありませんが、それでも少なくとも、くじ引きにはすべきです」
「じゃあ、どんなくじ引きならば理想的なのか、作ってみてくださいよ。みんなが納得のいく方法で」
別の住民に迫られ、2001番の住民は頭を抱えた。誰か作れる人はいないか。ジュンの頭の中が計算式でぐちゃぐちゃしている。これはちょっと難しそうだ。
「どうやら意見がまとまらないようですな。仕方ありません。今日はこれで解散にしましょう」
町長が言い出した。住民が尋ねる。
「壊す家を決めなくていいんですか、町長?」
「もう手は打ってあります。こうなることは、あらかじめ予想していましたので」
「手は打ってあるって……。ん? 何だ、この音は?」
ホテルの外で大きな工事音が聞こえる。町長がつぶやいた。
「あ、この部屋の防音設備も、さすがに隣の家の音は消せないか」
隣の家って、まさか……。住民全員が慌てて部屋を走り出た。外を見て、みんなは驚く。ホテルから見えるはずの家が全て解体されており、大量のがれきが残されていたのだ。近くをブルドーザーが動いている。町長がスピーカーで話し始めた。
「2001番から2019番までの19軒、全て取り壊しさせていただきました」
なんということだ! 住民たちが当然のごとく騒ぎだした。ジュンが町長に言った。
「破壊する家は、一軒だけでよかったんですよ。全部壊さなくても」
「それくらい、私にもわかっていました。私も馬鹿ではありません。だから、壊す家を話し合いで決めるようにお願いしたのです。でも、現に決まらなかったじゃありませんか。私には予想できていました。悪く思わないでください。全住民がホテルに避難している今がチャンスでした。今しかないと思いました。全部壊したので、公平で恨みっこなしです」
「いや、私は町長を恨みますよ。思い出の家が……。私たちの大切な家が……」
怒り心頭に発した住民たちが町長に詰め寄るのを尻目に、ホスト夫妻は地球一家を引き連れて家路に向かった。彼らの家はぎりぎり壊されずに済んだのだ。でも幽霊はどうする?
「心配無用です。実は、幽霊屋敷になった家族たちで、幽霊とどうやって仲良く付き合うかを話し合う会ができているんです。うちも今日から仲間入りで、さっそく今日の午後、会合に行きます。楽しみだな」
HFはそう言って、HMと顔を見合わせてほほえんだ。地球一家も、それを見てほほえむ。家からは美しい海がよく見えるようになっていた。
地球一家が到着したばかりのこの町は、家の並び方が変わっている。地図には1981番から2019番までの番号がふられた四角形が描かれており、ヘビのように番号順につながっている。さらに2019番と隣り合うのは、大きな2020番の四角形。その横はすぐ海になっている。小さい四角形は、全て家の建っている庭である。敷地と敷地が一本の線のようにつながっているのだ。そして、一番端の大きい2020番は、いったい何だろう?
「2020番は、ホテルですよ」
ちょうど地球一家を出迎えるためにやってきたHF(ホストファーザー)が答えた。2020ホテルはここの町営ホテルで、海沿いにあるのでいつも宿泊客でいっぱいで、町の貴重な収益源だという。
「我が家は2000番の家ですから、すぐそこですよ」
「どうしてこんなふうに、家がつながって建てられているんですか?」
ミサが興味津々だ。HFは答えた。
「昔からの言い伝えで、こうしておけば、幸福の神様が家から家へと渡ってやってくるらしいんです。以前この近所に空き地が一つあり、幸福はそこで止まっていました。そこで、空き地に家を建てたところ、その家を経由して、その隣の家、その隣というように、幸福が訪れました。だから、我々の家に対する愛着は並大抵ではありません」
付近の家々を見渡すと、庭がきれいで、家への愛情が伝わってくる。
ホストハウスに入った地球一家は、HM(ホストマザー)にリビングに案内された。母が言う。
「とても居心地がいいわ。家がきれいで、暖かみを感じます」
「気に入っていただけて、何よりです。でも暖かい感じがするのは、どの家も同じですよ」
HMは、窓の外を指した。家が何軒か見える。海が見えると完璧なのだが、家で塞がれてしまって見えない。
客間に入った地球一家6人は、ベッドに寝そべって足を広げた。
「この部屋も、とてもいい気持ち。不思議だわ」と母。
「僕は神様なんて非科学的なものは信じないけど、幸福の神様の話は信じたくなるくらい、家の中が快適だね」とジュン。
「気持ち良すぎて、眠くなってきたわ」とミサ。
「早めに寝るとするか。久しぶりにいい夢が見られそうだ」と父。
全員が寝静まった後、電気が消えて真っ暗な客間で、女性がすすり泣く声がする。6人は、お互いが目を覚ましたことがわかると、女性の声が聞こえる、いやそんな馬鹿な、と話し始めた。
女性の細い声がまた聞こえる。母が壁の電気のスイッチを押したが、壊れているのか、薄い明かりしかつかない。カーテンが動いている。風だろうか。窓は閉まっているのに。
カーテンの後ろに誰かいる。女性の細い声。カーテンが大きく動き、青白い女性の顔が現れた。上半身のみで、宙に浮いている。父が目を見開いて驚いた。
「幽霊!」
父は大声で叫ぼうとしたが、声にならない。その時、父は夢から覚めて、ベッドの上で上半身を起こした。母、ジュン、ミサ、タクも同様の格好でベッドの上に座っている。もう日が昇っていて、外は明るい。
5人は夢について語り始めた。全員が幽霊の夢を見たらしい。上半身だけの女性の幽霊。それも全員同じだ。本当に夢だったのか? ふと見ると、リコがまだ眠っている。みんなの視線が集まる中、リコの寝顔が次第に険しい表情に変わり、突然、叫び声をあげた。
「幽霊! 幽霊!」
リコの叫び声を聞きつけ、ホスト夫妻が心配そうに入ってきた。
「全員、夢で幽霊を見たんです。いや、本当に夢だったのかな」とジュン。
「はい、夢です」とHM。
「安心してください。幽霊なんて、この世にいませんから。間違いなく夢ですよ。我々もたった今、幽霊の夢を見て目覚めたところです」
HFは断言した。え、ホスト夫妻も幽霊の夢を?
地球一家6人は、夫妻と一緒にリビングに座った。父がHFに尋ねる。
「この不可解な夢について、事情をご存じのようですね」
「この家で眠る人の夢には、毎日幽霊が出るんです。正確に言えば、昨日の朝までは出ずに、今朝から出るようになりました。そして隣の家では、昨日の朝から幽霊が夢に出るようになりました。明日の朝からは、こっちの隣の家で出るようになるでしょう」
それって、つまり……。
「夢の中の幽霊が、家から家へと感染しているんです。どうしてこんなことが始まってしまったのか、それはわかりません。まさに感染症のようなものです」
家から家に伝わるのは、幸福の神様だけじゃなかったのか。
「今日この家に感染することは、数え上げていたのでわかっていました」とHM。
「昨日おっしゃってくださればよかったのに」と父。
「それはそれで、怖くて眠れなかったでしょう。それに、地球の皆さんの夢には幽霊が出ないかもしれないという期待もあったのですが、我々と一緒でしたね」とHF。
「これから毎日、皆さんは幽霊の夢を見ることになるんですか?」
母がそう尋ねると、HFは残念そうに答えた。
「そう、毎日です。まあ、しょせん、夢ですからね。でも、この町の問題が一つあります。20日後に、幽霊はいよいよ2020ホテルに感染することになるのです。夢に幽霊が必ず出るホテルなんて、泊まってもらえないでしょう。観光の目玉であるあのホテルがそんなことになったら」
「ホテルまで幽霊が移ってしまわないように、途中で家を一軒、壊したらいいのでは」
ジュンが突拍子もないことを言い出した。それでもHFはうなずいた。
「そう、ジュンさん、理屈上はそのとおりなんです。家を壊せば、幽霊は確実にそこで止まり、ホテルは助かります。でも、壊していいと言う人などいないでしょう。みんな家を愛しているんです。取り壊すくらいなら、幽霊屋敷になることなど大した問題ではありません」
「お気持ちはよくわかりますよ。でも、この話を聞いて、破壊消防という消防の手段を思い出しました。ご存じですか?」
「いえ、知りません。でも、ジュンさんの言いたいことがなんとなくわかりました。さっそく、町長さんに提案してみましょう。町長は、2020ホテルの支配人なんです」
HFは部屋を出たあと、すぐに戻ってきて地球一家に言った。
「町長に電話で話したところ、今から緊急で、ホテルの会議室で住民集会を始めるそうです。皆さんにも全員出席していただきたいのですが」
え、今から全員でホテルに?
8人は2020ホテルの会議室に着席した。ほかに約60人の住民がいる。町長がマイクで話し始めた。
「おはようございます。休日の朝早くからお集まりいただき、しかも突然お呼び立てして、すみません。さてご存じのとおり、昨晩から今朝にかけて、2000番の家が幽霊屋敷となりました。このままでは、20日後にはいよいよ、この2020ホテルの宿泊者の夢に幽霊が現れることになります。そこで、解決策を話し合うために、今日は2000番から2019番の全ての方々にお集まりいただきました。皆さん、おそろいですね?」
「うちは、夫が疲れていて家で寝ていますけど、いいですよね」
「うちは、おじいちゃんが留守番しています」
住民たちが口々に町長に向かって言うと、町長は顔をしかめた。
「駄目です、駄目です。大事な話し合いですから、今すぐ家族全員ここに集めてください。全員ですよ。これは町長命令です」
何人かの住民が、ぶつぶつ不平を言いながら立ち上がった。
数十分が経過し、ホテルの会議室では町長の話が再開された。
「今度こそ、皆さんおそろいですね。さて、この幽霊問題の解決案として、2000番のご家族から提案が出ていますので、お話を伺うことにしましょう」
HFに促され、ジュンがとまどいながら壇上に立ち、話し始めた。
「僕たちの住む地球では、火災を防ぐために、破壊消防という方法があって、今でこそ大きな火事が減ってその方法はあまり使われていませんが、昔は当たり前に行われていました。どのような方法かというと、火災の時に、隣の家に次々に延焼して大災害になることを防ぐために、いくつかの家を先に破壊して取り払っておくんです。この町の今回の問題は、その考え方を応用して解決できると思うんです。一軒でも家を壊すのは抵抗があると思いますが、幽霊が感染するのはその手前の家でストップするのです」
ここまで話すと、町長が話を受け継いだ。
「家を壊すという発想は今まで私にはありませんでしたが、先ほど電話でこの話を聞いて、ぜひ前向きに検討しようと思いました。このホテルの今後の利益は、まさにこの町の発展に直結します。ホテルを守るために犠牲が出るのはやむを得ません。それでは、どの家を壊すことにするか、皆さんで今から話し合って、意見をまとめてください」
どよめきが起きた。住民たちが叫び始める。
「うちは、壊すのは絶対に嫌です。家族はみな、家に愛着があります」
「うちも同じです。壊すくらいなら、幽霊屋敷になるほうがまだましです」
「壊してもいいという人などいないでしょう? いますか?」
誰も手を上げない。2001番の札を胸に付けた住民が提案する。
「では、ここは公平に、くじ引きで決めましょうか」
2019番の住民が、すぐに反論した。
「普通にくじ引きをしても、公平にはなりませんよ。だって、うちが壊されることになった場合、ホテルだけは守れるけれど、皆さん全部幽霊屋敷になるんですよ。逆に、2001番さんの家を壊せば、ホテルだけでなく、ほかの全部の家を幽霊から守れるんですから」
「おっしゃるとおりだ。2001番さんを壊すのが、最も被害を少なくする方法だ」
その他の住民からも、そうだ、そうだ、という声が沸き上がった。2001番の住民は、窮地に立たされながら言った。
「いや、そりゃそうですけど、だからって、うちを壊すことに即決するのでは、あまりにも私は不運すぎます。たまたま今日決めるからそうなるのではありませんか。確率的にうちが一番不利になるような配分のくじでも仕方がありませんが、それでも少なくとも、くじ引きにはすべきです」
「じゃあ、どんなくじ引きならば理想的なのか、作ってみてくださいよ。みんなが納得のいく方法で」
別の住民に迫られ、2001番の住民は頭を抱えた。誰か作れる人はいないか。ジュンの頭の中が計算式でぐちゃぐちゃしている。これはちょっと難しそうだ。
「どうやら意見がまとまらないようですな。仕方ありません。今日はこれで解散にしましょう」
町長が言い出した。住民が尋ねる。
「壊す家を決めなくていいんですか、町長?」
「もう手は打ってあります。こうなることは、あらかじめ予想していましたので」
「手は打ってあるって……。ん? 何だ、この音は?」
ホテルの外で大きな工事音が聞こえる。町長がつぶやいた。
「あ、この部屋の防音設備も、さすがに隣の家の音は消せないか」
隣の家って、まさか……。住民全員が慌てて部屋を走り出た。外を見て、みんなは驚く。ホテルから見えるはずの家が全て解体されており、大量のがれきが残されていたのだ。近くをブルドーザーが動いている。町長がスピーカーで話し始めた。
「2001番から2019番までの19軒、全て取り壊しさせていただきました」
なんということだ! 住民たちが当然のごとく騒ぎだした。ジュンが町長に言った。
「破壊する家は、一軒だけでよかったんですよ。全部壊さなくても」
「それくらい、私にもわかっていました。私も馬鹿ではありません。だから、壊す家を話し合いで決めるようにお願いしたのです。でも、現に決まらなかったじゃありませんか。私には予想できていました。悪く思わないでください。全住民がホテルに避難している今がチャンスでした。今しかないと思いました。全部壊したので、公平で恨みっこなしです」
「いや、私は町長を恨みますよ。思い出の家が……。私たちの大切な家が……」
怒り心頭に発した住民たちが町長に詰め寄るのを尻目に、ホスト夫妻は地球一家を引き連れて家路に向かった。彼らの家はぎりぎり壊されずに済んだのだ。でも幽霊はどうする?
「心配無用です。実は、幽霊屋敷になった家族たちで、幽霊とどうやって仲良く付き合うかを話し合う会ができているんです。うちも今日から仲間入りで、さっそく今日の午後、会合に行きます。楽しみだな」
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