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第一章

下位悪魔との戦い

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『てっちゃん、みてみてあのイーグル! 僕、あの子、初めて見た!!』

 飛行展示の予行を兼ねて、二日前から小松入りしているのだが、その日からタロウは興奮状態で、喋りっぱなしだった。この大騒ぎが、俺と羽原にしか聞こえないというのがいまだに信じれない。

『僕、あんなのにしてみたい!!』
「無茶言うな」

 「あんなの」とはアグレッサーの迷彩塗装のことだ。しかも今年度に新しく塗装されたばかりらしく、少しばかり変わった色をしている。

 飛行教導群で使用されるイーグルの塗装に関しては、その機に搭乗するパイロットの好みで塗装されるのが通例なんだが、レッド系の迷彩色とはまた妙な色が好きなヤツが来たもんだな。あれは飛んでいてもかなり目立つだろう。時間があったら但馬たじまでも捕まえて、誰があんな奇抜な色にしたか聞いてみるか。

『したいー! あれきれいーーー!! あの子とおそろいにしたいーーー!!』
「お前はすでに洋上迷彩だろうが」
『でもあんなグチャグチャなのじゃないもん!! 僕もあんなのにしてみたいー!!』
「グチャグチャって……。とにかく無茶言うなって」

 F-2のモデルになったF-16も、米空軍でアグレッサーとして飛行している機体が何機かあって、空自のアグレッサーよりもさらに奇抜な塗装されている機体がある。あれをタロウが見たら、一体どんな反応をするだろうな。

『だったらピンク!! ピンクの洋上迷彩!! ピンク可愛いよね?! 僕、ピンク好きーー!!』
「だから色の問題じゃないんだよ。それに、ピンクの時点ですでに洋上迷彩じゃないから」
『ぶぅぅぅぅぅ、僕、青いの飽きちゃった!! 違う色がいいーー!! ピンクーー! ピンクがいいーー!!』

 叫んでいる分には俺と羽原以外は聞こえないから良いとして、フラップやラダーを動かすのを見られたら大変なことになると、慌てて整備班と一緒に、間借りしているハンガーに騒ぐタロウを押し込んだ。まだ昼前だというのに、それだけでグッタリだ。

「まったく……こいつがここまで大騒ぎするのが分かっていたら、断っていたんだがな……」

 まさかこれほどまでに、アグレッサーの迷彩塗装を気に入るとは。

『てっちゃん、僕、ピンク色にしたい! きっと可愛いって、皆に写真撮ってもらえるよ!!』
「そんな色にしたら、絶対に日本の航空自衛隊は頭のおかしな集団だって言われるだろうが。それに教導群の機体ならともかく、防空任務につく戦闘機がピンク色の機体なんて有り得ない」
『じゃあ、各務原かがみはらにいるお兄ちゃん達と同じ色にする!!』

 今度は試作機カラーとか。まったく誰だ、こいつにその写真を見せたのは。

「却下。あいつは飛実の試作だからあの色なんだろーが。お前は今の色で固定。変更は無し」
『ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』

 タロウが不満げな声を上げたと同時に、後ろで整備班の連中の悲鳴が聞こえた。どうやら、久し振りに説教タイムが必要になったらしい。天井を見上げながら溜め息をつく。

「ったく……俺はパイロットで保父じゃないんだがな……おい、タロウ!!」
『ぶぅぅぅぅぅぅ!! てっちゃんケチーーーーッ』
「そういう問題じゃない!!」


+++++


「お久し振りです、朝倉さん。……疲れた顔しているように見えますが、大丈夫ですか?」

 それから三十分ほどタロウに説教をしてハンガーを出たところで、元同僚で飛行教導群パイロットの但馬と鉢合わせした。

「おう、久しぶり。別に疲れているわけじゃないんだ。F-2は難しい機体だから、あれこれやらなきゃいけないことが多くてなあ。今までのように、飛んでいるだけってわけにはいかないのが実情なんだよ」
「そうなんですか」

 聞き分けのない戦闘機に対する、説教とか説教とか説教とか。


「司令は息災か?」
「はい。相変わらず笠原かさはら隊長と奇抜な戦術を立てては、ここの飛行隊をきりきり舞いさせてますよ」

 但馬が愉快そうに笑った。

「まったくあの二人が組むと最悪だな。ここの連中も気の毒なこった」

 もちろんこれは褒め言葉だ。

「まったくです。自分がアグレッサーで良かったと、つくづく思いますよ。そうだ、朝のミーティングで、司令が朝倉は顔を出すつもりでいるんだろうかと仰っていました。挨拶はしておいた方が良いと思いますが?」
「言われなくても今から挨拶に行くつもりだった。展示飛行のプログラムの提案もあるしな。ところで、あの赤いやつは誰のイーグルだ? お前のじゃないよな?」

 但馬はたしか、司令が現役の頃に飛ばしていたイーグルと同じ緑色の迷彩塗装の機体だったはず。

「ああ、あれですか。錬成を終えた新人が、たまには変な色も目立っていいだろうって」
「変な色だというのは自覚済みなのか。しかしさすがに目立ちすぎだろ、あれ」

 そう言うと、但馬がさらに愉快そうに笑った。

「娘さんが、ピンク色の迷彩塗装がいいと言い張ったらしくて。さすがにそれは駄目だろうってことで、あの色に落ち着いたみたいですよ」
「やれやれ、アグレッサーも自分の子供には太刀打ちできんか。しかしまあ子供というのは、ピンクとかハートとか好きだよな……そんな色の機体で飛べとかまったく……」
「まさか、姪っ子さんがF-2をピンク色にしろと言ってるんですか?」
「まあ似たようなもんだ……」

 そう言い張っているのは、その機体自身なんだが。


+++++


『僕、ぜったいにピンク色、似合うと思うんだけどなー』

 そして榎本司令への挨拶を終えてハンガーに戻ってみれば、タロウがまだ未練たらしくブツブツと言い続けていた。

「おい、明日の予行、イーグルとの十機編隊の飛行もあるそうだ。俺達も一緒だから、今回はオープニングから飛ぶことになりそうだぞ?」
『ぶぅ、僕もおそろいの色にしたいのにー』
「アグじゃなく飛行隊のイーグルだから、グレー一色の編隊だ。まあ尾翼に部隊のシンボルマークはついているが。お前、グレーよりも今の洋上迷彩の方がカッコいいって、いつも言ってるだろ」
『ぶぅぅ……僕、一番前飛べる?』

 タロウらしい質問に、思わずニヤッと笑ってしまった。

「いや。残念だが、一番前はここの飛行隊の隊長機が勤める。俺達はその後ろ。ブルーでいうところの四番機のポジションだな」
『ふーん……四番機ちゃんと同じ場所ならいいかなあ……ぶぅ、ピンクぅ』

 飛べることは嬉しいらしいが、まだピンク色にすることを諦めていないらしい。やれやれ、困ったことになった。ラダーをばたつかせているタロウの前で、どうしたものかと考えあぐねていると、工具を片づけていた羽原がこっちにやって来た。

「タロウちゃん、さっきも言ったけど、ネット通販で買ってあげるからそれで我慢しよう?」
「なんだ、そのネット通販って」

 何やら嫌な予感がするぞ……?

「ぬいぐるみですよ。戦闘機とか輸送機のぬいぐるみを、販売しているサイトがあるんです。ちょっと時間とお値段はかかりますけど、特注品は色指定もできるみたいなんです。F-2もあるので、それをピンク色にして頼んでみようかなと」
『それ、コックピットに飾ってもいいー?』
「おい、まさかそれをプラプラさせながら、俺に飛べというんじゃないだろうな?」

 とんでもないタロウの言い分に、羽原の顔を見た。

「キーホルダータイプなら問題ないかなって思ったんですが、やっぱり駄目ですかね? あ、大きい抱き枕みたいなのもあるんですけどね、さすがにそれは乗せられないでしょうから、整備班のマスコットにしておこうかと」
「そっちも買うつもりでいるのか、まったく……」

 眩暈めまいがするのは気のせいか?

「いいか羽原、車にキーホルダーをぶら下げるのとは、わけが違うんだぞ……」
「それは分かってるんですけど……」
『ぶぅぅぅぅぅぅ』

 ノズルのあたりでバコバコと嫌な音がする。

「おい、また油を噴いたら地上展示だけにするぞ」
『ぶぅぅぅぅ~~!! てっちゃんいじわるだぁ!!』
「だったら飛ぶ時は、私が安全ピンと一緒にあずかっておいて、戻ってきたらつけるってのはどうかな?」

 羽原なりに、あれこれタロウが喜びそうなことを考えての結果なんだろうが、さすがにピンク色のキーホルダーやぬいぐるみを乗せて飛ぶのは勘弁してほしいぞ……。

「飛んでいない時につけておく分には、かまいませんよね?」
「……点検項目に、それを外すこともきちんと入れておけよ? それとこれはうちの整備班内だけでの機密事項ということで、野上曹長の了解を得ること。それが最低限の条件だ」
「分かりました。タロウちゃん、朝倉さんからオッケーでたからあっちに戻ったら注文するね」
『わーい!! だったらピンク色にするの我慢する~~♪』
「いやだから、まずは野上曹長の許可だろうが……」

 絶対にうちの飛行隊は幼稚園化してるよな。やれやれ、頭が痛くなってきた……。
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