17 / 23
17.迷い
しおりを挟む
目覚めた後、シルヴェさんに家まで送ってもらった私。家に入ると、真剣な表情のナディヤとロイス兄さんが待っていた。
「そろそろ決めようか」
私たちが魔族側に付くか、中立を取るか。
そう切り出したナディヤはもう気持ちを決めているように見えた。椅子に腰かけて向かい合って座る。
「あたしたちが魔族の味方につけば、もうオラニ王国には帰れない。それは分かってるでしょ?」
「勿論。といっても、ナディヤはもう戻るつもりはないように見えるけど」
「ええ。あたしはオラニ王国に未練はないもの。でもあなたが戻りたいというのなら、それは考えなくちゃ」
はっきりとした答え。ナディヤの隣に座るロイス兄さんを見る。同様に意思は固まっているらしい。
「僕にもないよ。ナディヤとリラがいればほかには何も必要ないから」
「あるのはリラ、あなたでしょ」
覚悟を決めた二人に見つめられ、私は目を伏せる。
結局、初めから悩んでいたのは私だけ。私の譲れないものが何もないから、望みが他者に依存しているから迷うのだ。二人の譲歩も本心には違いないだろうけれど、気持ちは既に定まっている。二人に比べて私の気持ちなんてたいしたものじゃない。そして私が今持っている唯一の願いは二人から離れないこと。だったら答えは一つしかない。
「エルヴダハムにつく。もう、戻らないわ」
そう決めた。あとはこの地を守り抜くだけだ。
けれど、心のどこかで本当にこれでいいのかという葛藤は、自室に戻ってからも消えることはなかった。
それからしばらくは一進一退の攻防を繰り返す日が続いた。とはいえ、臨戦態勢をとった魔族が圧されるようなことはなく、怪我人も幸いにしてほとんどいなかった。私の役割と言えば、親が警備に出払った家の子供を預かることくらい。それも近所の住人が日替わりで請け負っているため、こうやって暇を持て余す日もあった。そういったつかの間の休息は、落ち着かない心を鎮めるのように紙に向かって絵を描いた。そうしていれば何も考えずに済んだからだ。
昼過ぎ、一心に紙に向かっていると誰が訪ねてきたようで扉をノックする音が聞こえた。
玄関を開けると無表情のシルヴェさんが立っていた。
「入っても良いか?」
ここのところ玄関を空けた途端に走り込む子供たちを相手にしていた私は、律儀に許可を求める姿に逆に新鮮さを覚えた。中に招き入れ飲み物を用意する。
「ちょっとお待ちくださいね」
一旦、紙を横に除けようとすると、その手は止められた。
「続けてて良い。それも俺の目的の一つだ」
絵を描きながらで良いと言われても、シルヴェさんに見られていると思うと落ち着かない。結局絵はそのままに、私は向かい合って座った。
「今日はどうしたんですか?」
休みなのであろうシルヴェさんは魔王城で見かけるときよりも幾分かラフな服を着ているものの、横には剣が握られていて今が非常事態であることを思い知らされる。シルヴェさんもいずれ戦いに赴くんだろうか。なんとなく不安になっていると、シルヴェさんが口を開いた。
「お前の気持ちを確かめに来た」
「え?」
何を言われたのか分からず、首を傾げる。私たちがエルヴダハムの住人として戦うと答えたときに、シルヴェさんも同席していた。今更何を確かめるというのだろう。
「決めたと言っても、まだ迷っているんだろう」
心の内を見透かされているような視線に、咄嗟に逃げるように目を伏せた。
「そんなことは……ありませんが」
「これはただの雑談だ。誤魔化す必要はない」
「いえ、本当に……。エルヴダハムにはお世話になっていますから」
答えながらなんとなく胸の中が重くなっていく。嘘はついていない。でも。
「帰りたいんだろう」
「……」
わざと言葉にしなかった言葉を遠慮なしに告げられて、現実を受け入れざるを得ない。
「お前が絵を描いているのは話に聞いている。オラニ王国の風景らしいな」
目の前に置いていた絵を指される。言われた通り、かつて住んでいたオラニ王国にある村や山並みを描いていた。
「……帰りたくないわけでは、ありません」
「ではなぜ味方をする。あの二人に何か言われているのか?」
「いいえ。私は、私たちは幼いころから今まで三人で生きてきたのです。懐かしいだなんて消極的な理由で、自分を持つ二人に反対する気にはならない」
「だが、諦めきれないからこそ、こうして絵に描いているんだろうし、決めたはずなのに迷ってもいる」
すっかりと見通されているらしい。断言されて、言い訳を諦めた。
「その通りです」
「あの二人は二人で生きることを決めた。お前も自分のことは自分で道を探すんだ」
「道……?」
「一番大切なのはなんだ?」
その答えは決まっている。何度も自問自答してきたのだから。
「そろそろ決めようか」
私たちが魔族側に付くか、中立を取るか。
そう切り出したナディヤはもう気持ちを決めているように見えた。椅子に腰かけて向かい合って座る。
「あたしたちが魔族の味方につけば、もうオラニ王国には帰れない。それは分かってるでしょ?」
「勿論。といっても、ナディヤはもう戻るつもりはないように見えるけど」
「ええ。あたしはオラニ王国に未練はないもの。でもあなたが戻りたいというのなら、それは考えなくちゃ」
はっきりとした答え。ナディヤの隣に座るロイス兄さんを見る。同様に意思は固まっているらしい。
「僕にもないよ。ナディヤとリラがいればほかには何も必要ないから」
「あるのはリラ、あなたでしょ」
覚悟を決めた二人に見つめられ、私は目を伏せる。
結局、初めから悩んでいたのは私だけ。私の譲れないものが何もないから、望みが他者に依存しているから迷うのだ。二人の譲歩も本心には違いないだろうけれど、気持ちは既に定まっている。二人に比べて私の気持ちなんてたいしたものじゃない。そして私が今持っている唯一の願いは二人から離れないこと。だったら答えは一つしかない。
「エルヴダハムにつく。もう、戻らないわ」
そう決めた。あとはこの地を守り抜くだけだ。
けれど、心のどこかで本当にこれでいいのかという葛藤は、自室に戻ってからも消えることはなかった。
それからしばらくは一進一退の攻防を繰り返す日が続いた。とはいえ、臨戦態勢をとった魔族が圧されるようなことはなく、怪我人も幸いにしてほとんどいなかった。私の役割と言えば、親が警備に出払った家の子供を預かることくらい。それも近所の住人が日替わりで請け負っているため、こうやって暇を持て余す日もあった。そういったつかの間の休息は、落ち着かない心を鎮めるのように紙に向かって絵を描いた。そうしていれば何も考えずに済んだからだ。
昼過ぎ、一心に紙に向かっていると誰が訪ねてきたようで扉をノックする音が聞こえた。
玄関を開けると無表情のシルヴェさんが立っていた。
「入っても良いか?」
ここのところ玄関を空けた途端に走り込む子供たちを相手にしていた私は、律儀に許可を求める姿に逆に新鮮さを覚えた。中に招き入れ飲み物を用意する。
「ちょっとお待ちくださいね」
一旦、紙を横に除けようとすると、その手は止められた。
「続けてて良い。それも俺の目的の一つだ」
絵を描きながらで良いと言われても、シルヴェさんに見られていると思うと落ち着かない。結局絵はそのままに、私は向かい合って座った。
「今日はどうしたんですか?」
休みなのであろうシルヴェさんは魔王城で見かけるときよりも幾分かラフな服を着ているものの、横には剣が握られていて今が非常事態であることを思い知らされる。シルヴェさんもいずれ戦いに赴くんだろうか。なんとなく不安になっていると、シルヴェさんが口を開いた。
「お前の気持ちを確かめに来た」
「え?」
何を言われたのか分からず、首を傾げる。私たちがエルヴダハムの住人として戦うと答えたときに、シルヴェさんも同席していた。今更何を確かめるというのだろう。
「決めたと言っても、まだ迷っているんだろう」
心の内を見透かされているような視線に、咄嗟に逃げるように目を伏せた。
「そんなことは……ありませんが」
「これはただの雑談だ。誤魔化す必要はない」
「いえ、本当に……。エルヴダハムにはお世話になっていますから」
答えながらなんとなく胸の中が重くなっていく。嘘はついていない。でも。
「帰りたいんだろう」
「……」
わざと言葉にしなかった言葉を遠慮なしに告げられて、現実を受け入れざるを得ない。
「お前が絵を描いているのは話に聞いている。オラニ王国の風景らしいな」
目の前に置いていた絵を指される。言われた通り、かつて住んでいたオラニ王国にある村や山並みを描いていた。
「……帰りたくないわけでは、ありません」
「ではなぜ味方をする。あの二人に何か言われているのか?」
「いいえ。私は、私たちは幼いころから今まで三人で生きてきたのです。懐かしいだなんて消極的な理由で、自分を持つ二人に反対する気にはならない」
「だが、諦めきれないからこそ、こうして絵に描いているんだろうし、決めたはずなのに迷ってもいる」
すっかりと見通されているらしい。断言されて、言い訳を諦めた。
「その通りです」
「あの二人は二人で生きることを決めた。お前も自分のことは自分で道を探すんだ」
「道……?」
「一番大切なのはなんだ?」
その答えは決まっている。何度も自問自答してきたのだから。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?


子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】偽物聖女として追放される予定ですが、続編の知識を活かして仕返しします
ユユ
ファンタジー
聖女と認定され 王子妃になったのに
11年後、もう一人 聖女認定された。
王子は同じ聖女なら美人がいいと
元の聖女を偽物として追放した。
後に二人に天罰が降る。
これが この体に入る前の世界で読んだ
Web小説の本編。
だけど、読者からの激しいクレームに遭い
救済続編が書かれた。
その激しいクレームを入れた
読者の一人が私だった。
異世界の追放予定の聖女の中に
入り込んだ私は小説の知識を
活用して対策をした。
大人しく追放なんてさせない!
* 作り話です。
* 長くはしないつもりなのでサクサクいきます。
* 短編にしましたが、うっかり長くなったらごめんなさい。
* 掲載は3日に一度。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる