報酬を踏み倒されたので、この国に用はありません。

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17.迷い

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 目覚めた後、シルヴェさんに家まで送ってもらった私。家に入ると、真剣な表情のナディヤとロイス兄さんが待っていた。

「そろそろ決めようか」

 私たちが魔族側に付くか、中立を取るか。
 そう切り出したナディヤはもう気持ちを決めているように見えた。椅子に腰かけて向かい合って座る。

「あたしたちが魔族の味方につけば、もうオラニ王国には帰れない。それは分かってるでしょ?」
「勿論。といっても、ナディヤはもう戻るつもりはないように見えるけど」
「ええ。あたしはオラニ王国に未練はないもの。でもあなたが戻りたいというのなら、それは考えなくちゃ」

 はっきりとした答え。ナディヤの隣に座るロイス兄さんを見る。同様に意思は固まっているらしい。

「僕にもないよ。ナディヤとリラがいればほかには何も必要ないから」
「あるのはリラ、あなたでしょ」

 覚悟を決めた二人に見つめられ、私は目を伏せる。

 結局、初めから悩んでいたのは私だけ。私の譲れないものが何もないから、望みが他者に依存しているから迷うのだ。二人の譲歩も本心には違いないだろうけれど、気持ちは既に定まっている。二人に比べて私の気持ちなんてたいしたものじゃない。そして私が今持っている唯一の願いは二人から離れないこと。だったら答えは一つしかない。

「エルヴダハムにつく。もう、戻らないわ」

 そう決めた。あとはこの地を守り抜くだけだ。
 けれど、心のどこかで本当にこれでいいのかという葛藤は、自室に戻ってからも消えることはなかった。




 それからしばらくは一進一退の攻防を繰り返す日が続いた。とはいえ、臨戦態勢をとった魔族が圧されるようなことはなく、怪我人も幸いにしてほとんどいなかった。私の役割と言えば、親が警備に出払った家の子供を預かることくらい。それも近所の住人が日替わりで請け負っているため、こうやって暇を持て余す日もあった。そういったつかの間の休息は、落ち着かない心を鎮めるのように紙に向かって絵を描いた。そうしていれば何も考えずに済んだからだ。

 昼過ぎ、一心に紙に向かっていると誰が訪ねてきたようで扉をノックする音が聞こえた。
 玄関を開けると無表情のシルヴェさんが立っていた。

「入っても良いか?」

 ここのところ玄関を空けた途端に走り込む子供たちを相手にしていた私は、律儀に許可を求める姿に逆に新鮮さを覚えた。中に招き入れ飲み物を用意する。

「ちょっとお待ちくださいね」

 一旦、紙を横に除けようとすると、その手は止められた。

「続けてて良い。それも俺の目的の一つだ」

 絵を描きながらで良いと言われても、シルヴェさんに見られていると思うと落ち着かない。結局絵はそのままに、私は向かい合って座った。

「今日はどうしたんですか?」

 休みなのであろうシルヴェさんは魔王城で見かけるときよりも幾分かラフな服を着ているものの、横には剣が握られていて今が非常事態であることを思い知らされる。シルヴェさんもいずれ戦いに赴くんだろうか。なんとなく不安になっていると、シルヴェさんが口を開いた。

「お前の気持ちを確かめに来た」
「え?」

 何を言われたのか分からず、首を傾げる。私たちがエルヴダハムの住人として戦うと答えたときに、シルヴェさんも同席していた。今更何を確かめるというのだろう。

「決めたと言っても、まだ迷っているんだろう」

 心の内を見透かされているような視線に、咄嗟に逃げるように目を伏せた。

「そんなことは……ありませんが」
「これはただの雑談だ。誤魔化す必要はない」
「いえ、本当に……。エルヴダハムにはお世話になっていますから」

 答えながらなんとなく胸の中が重くなっていく。嘘はついていない。でも。

「帰りたいんだろう」
「……」

 わざと言葉にしなかった言葉を遠慮なしに告げられて、現実を受け入れざるを得ない。

「お前が絵を描いているのは話に聞いている。オラニ王国の風景らしいな」

 目の前に置いていた絵を指される。言われた通り、かつて住んでいたオラニ王国にある村や山並みを描いていた。

「……帰りたくないわけでは、ありません」
「ではなぜ味方をする。あの二人に何か言われているのか?」
「いいえ。私は、私たちは幼いころから今まで三人で生きてきたのです。懐かしいだなんて消極的な理由で、自分を持つ二人に反対する気にはならない」
「だが、諦めきれないからこそ、こうして絵に描いているんだろうし、決めたはずなのに迷ってもいる」

 すっかりと見通されているらしい。断言されて、言い訳を諦めた。

「その通りです」
「あの二人は二人で生きることを決めた。お前も自分のことは自分で道を探すんだ」
「道……?」
「一番大切なのはなんだ?」

 その答えは決まっている。何度も自問自答してきたのだから。
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