上 下
16 / 23

16.私の力

しおりを挟む
 こんなことなら来るんじゃなかった。そう思ったとき、外が少しずつ騒がしさを増してきた。まだ他に誰も気づいてはいないらしい。

「どうしたの?」

 様子を見に行こうと立ち上がった私に気づいたナディヤに、なんでもないと誤魔化して外に出る。
 騒がしいのはどうやら魔王城の入口のあたりらしい。

「おいしっかりしろ!」
「布が足りないぞ!」

 これはただ事ではないと足を速めた先にあったのは、傷だらけどころか血まみれで倒れこむ魔族の姿。それも一人二人ではない。魔王城を守っていた魔族たちが介護しているが、十数人の手当てをたったの数人で行えるはずもなく、ただ力なく横たわっている人たちも多い。
 一体何事だろう。そう尋ねるより先に身体が動いた。怪我人が多いなら、まとめて治療すれば良い。その場にしゃがみ込み、ただただ強く念じる。いつものおまじないはいらない。

「……」

 この力を使うとき、私の身体は淡い緑の光に包まれる。使う力が強いほど、その光もまた輝きを増す。

「なんだこの光は……」

 ざわつきに別のものが混ざり、私の周りにも人が集まりだす。でもそんなことはどうだっていい。怪我の程度が思ったより酷かったらしく、なかなか治った感覚にならず一心に祈る。健やかなる心身を取り戻せますよう。
 何度も何度もただ繰り返す。
 遠いところから驚いた声があがり、治療が上手くいったことを確信した。目を開くと、私の周りと怪我をしていた人たちの周りに人が集まっていた。

「……っ」

 立ち上がろうとしてよろめいたところを誰かに支えられる。眩暈が収まるのを待っていると、視界の端で誰かが向かってくるのが見えた。
 切り刻まれた服に、血まみれの身体。けれど怪我はない。たった今治療した人だろう。

「あんたが治してくれたのか?」
「ええ。もう痛くはありませんか?」
「すっかり元気だ。感謝する」

 次から次へと同じような風貌の人が訪れ、驚きと喜びを口にした。一通りその感謝に答えおわったところで、ようやく一息つくことができた。最初に支えてくれてずっと後ろにいた魔族を振り向くと、物珍し気な視線を向けられる。

「ナディヤのとこのもう一人の娘か……?」
「はい。リラといいます」
「戦えないとは聞いていたが、そんな力を持っていたとは見直した」
「ありがとうございます。あの、あなたは?」
「イゾッタの番だ。フィルベルテという」

 私も知っている。イゾッタさんの旦那さんは魔王城の偉い人だと。
 支えてもらっていた体を起こして、居住まいを正す。

「いつもイゾッタさんにはお世話になっています。さっきも、支えていただいてありがとうございました」
「お互い様だろう。それより、大丈夫か? あまり顔色が良くないぞ」

 心配そうな表情でのぞき込まれ、問題ないと答えようと頷いたその時、焦った様子でナディヤが階段を駆け下りてきた。

「ちょっと何やってるのリラ!」

 その後ろにはロイス兄さん。シルヴェさんと続く。

「怪我人がいたから治していただけだよ」

 大したことはないと笑顔を向けたが、しかめっ面が返ってきた。

「力の使いすぎよ! ほんっと酷い顔してるんだから」
「そう? 元気だけど」

 体感はちょっとした貧血程度なんだけどと伝えた瞬間、シルヴェさんに抱き上げられた。

「説得力の欠片もないな」

 視界がぐっと広くなり、普段は遠いシルヴェさんの顔が近くなる。心なし、非難の視線を向けられているような気もするが、相変わらず無表情だ。

「あのっ降ろしてください。大丈夫です!」

 真正面から抗議するが、すっと視線が反らされる。ナディヤの方を見て、確認を取る。

「ここで面倒を見よう。休めば治るのだろう?」
「ええ。それじゃあお願いするわ」

 私のことは置いてけぼりでまた話がまとまった。憮然とした表情でいると、リラが顔を覗き込む。

「それじゃあたしたちは帰るから、安静にしているのよ」
「ちょっとナディヤ!」
「シルヴェになら安心して任せられるから、僕も安心だ」

 私の文句は聞くつもりはないらしい。二人は手を振って帰っていく。フィルベルテさんも、シルヴェさんが来ると同時に一礼して去ってしまい、私はなすがままになるしかなかった。
 憮然とした表情のまま私は魔王城の一角へと連れていかれた。使われることなどあるのだろうかと思ってしまうが、きちんと客室があるらしい。

「あまり無茶をしては困る。どういう理屈で力を使って言うのかはわからないが……」

 心配してくれているのは事実なので、私も態度を少し和らげた。

「ちょっと体力と集中力を使うだけでどうということもないんですよ。ナディヤが大げさなだけなんです」

 それにしては酷い顔色だったと顔を顰めるシルヴェさんは、手ずから飲み物を入れてくれた。ありがたく受け取り、口をつける。

「人数も多かったですし。傷が深い人も多かったのでそのせいかと。普段は、ナディヤしか治療することがないので、慣れてないんですよ」
「ならば余計に気をつけないと。いざというときに彼女たちを救えなくては困るだろう」
「……そうですね」

 それはそうだ。今は一緒にいずとも、私たちは同じグループで専属の治療者で。
 傷ついた人をほっとけない気持ちはある。それでも一番はナディヤとロイス兄さんなのだ。
 シルヴェさんは、俯いてしまった私の頭をぽんぽんと撫で、立ち上がった。もう行ってしまうらしい。

「とにかく休むがいい。必要なものがあればそこのベルを鳴らせば誰か来る」

 長居をするでもなく去っていったシルヴェさんを見送り、私はベッドにもぐりこむ。眠って早く元気になろう。そうすればきっと安心してくれるだろうから。疲れに身を任せて目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

私が妊娠している時に浮気ですって!? 旦那様ご覚悟宜しいですか?

ラキレスト
恋愛
 わたくしはシャーロット・サンチェス。ベネット王国の公爵令嬢で次期女公爵でございます。  旦那様とはお互いの祖父の口約束から始まり現実となった婚約で結婚致しました。結婚生活も順調に進んでわたくしは子宝にも恵まれ旦那様との子を身籠りました。  しかし、わたくしの出産が間近となった時それは起こりました……。  突然公爵邸にやってきた男爵令嬢によって告げられた事。 「私のお腹の中にはスティーブ様との子が居るんですぅ! だからスティーブ様と別れてここから出て行ってください!」  へえぇ〜、旦那様? わたくしが妊娠している時に浮気ですか? それならご覚悟は宜しいでしょうか? ※本編は完結済みです。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

処理中です...