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18.大切な故郷
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「二人といること」
シルヴェさんは大きく首を振った。
「違うな。それは他者に依存した願いであって、お前の人生じゃない」
「では何が私の人生だというのですか」
「それを探すんだ。守りたいもの、やり遂げたいもの、なにかがある」
謎解きのような言葉に困惑を隠せない。
二人のことを大切に思うだけではダメなんだろうか。
「まぁいい。急にそんなことを言ったところで、困るだけだろう。自分の望みを見つけた時にに、帰る選択肢もあるということをただ覚えていればいい」
「……帰れませんよ。私はオラニ王国に敵対するんですから」
「いいや。お前が望むなら帰れる。忘れるな」
何を言ってるんだろう。意味は分からなかったけど、あまりにも真剣に言うものだから、勢いに押されて頷いた。
「良い子だ」
なぜか頭を撫でられ、それが嫌じゃない自分にも気づく。
「本題は終わった。絵の続きをすればいい」
「来客中にそんなこと」
「いいから。それとも、子供にはその姿を見せておいて、俺には見せられないとでも?」
「いえ」
「気にするな。描きながら話し相手になってくれればいい」
「分かりました」
言われるがままに描き始める。赤をとって、紙へ乗せる。次は黒。シルヴェさんは黙ったまま私を見守っていたが、見られていると思うとなんとなく気恥ずかしい。気まずさを誤魔化すように私から話しかける。
「見ていても退屈ではありませんか?」
子供たちは絵を描くという行為自体が物珍しく楽しんで取り組んでいるが、絵は観賞用であって、実用的ではないから魔族には好かれないのだと知っている。ましてや、見ているだけなんて、時間の無駄ではないだろうか。
少し待っても返事がなく、シルヴェさんをみるとうっすらと微笑んでいた。
「え……?」
驚いてそんなシルヴェさんを見ていると、私の動きが止まったのを見てシルヴェさんが不思議そうに視線を向けてくる。
「どうした?」
その顔つきはすっかり無表情に戻っていて、不思議と残念に思った。
「見ていても退屈ではありませんか?」
再び問いかけると、シルヴェさんは心外そうに口を開いた。
「絵を描くという行為自体に特に意味は見出さないが、絵自体には関心がある。それに、お前が楽しそうにしていれば、俺にとっても楽しいことだ」
変なことをいうものだ。ただ、シルヴェさんが楽しいというのなら、それで良いのだろう。机越しに見てくるシルヴェさんが気になりながら再び筆を動かした。その間もシルヴェさんの話は続く。
「絵はこの国にはないものだが、良いものだな」
「どういうところが気に入りましたか?」
「その場に行かなくても、お前が描けばその場の様子を知ることができる。地形や暮らし、風景といったあらゆる情報が視覚的にわかるのは良いことだ」
「シルヴェさんらしいですね」
ただ記憶にとどめておくにもったいない風景を描いてきた私にとって、その見方は初めてのものだったけれど、新鮮で面白く感じた。
「でも、見たままのものを描いているとは限りませんよ?」
丁度描き始めたばかりの子供を指さす。これは、ここで子供たちが遊んでいればいいなと思って付け加えたものだ。そう言えば、シルヴェさんは深く頷いた。
「それは描くものの指向性の問題だろう。情報伝達のために描いたわけではなく、自分のために描いているのだからそういう要素があってもいい。ただ、見たままを描くというそういう目的にも使えるという話だ」
なんにでも利点を見つけるのは、魔王を支えるシルヴェさんの職業病のようなものなのだろうか。
「ところで、ここはどこの絵だ?」
オラニ王国のことは少しでも知っておきたいのだろうか。でも、残念ながらその期待には答えられそうにない。手を止めてシルヴェさんの方を向く。
「これは私たちの故郷です。ミラーテスという村でした」
「でした?」
眉をしかめている様子から、答えは何となくわかっているのだろう。私は答えを告げた。
「もうありません。この村は……流行り病が広がってしまい焼き払われたのです」
国からの兵士が村に火をつけた時、本来ならば村人全員が殺されるはずだった。けれど抵抗した何人かの大人たちと一緒に、私たち三人は逃げおおせることが出来た。その後はばらばらになってしまって誰一人として再開することはなかった。
「それでお前たちは」
「稼がなければ生きていけませんから冒険者として。村でも狩りはしていましたから、日銭を稼ぐくらいはできたんですよ」
それでも最初は装備もなく土地勘もないところで苦労も多かった。私もロイス兄さんもなかなか自分の能力に気づくことはなかった。一緒に剣をもって戦ったが、ナディヤ頼みになってしまうことを心苦しく思わない日はなかった。自分の治療の力に気づいたときは、これで私も自分の役割を見つけられたと思ったものだ。
正直なところ、あまり良い思い出ではない。でもこうして何度も描いているというのは、それだけ心に残っているということなのだろう。
シルヴェさんは視線を彷徨わせている。何て言えばいいのか分からないのだろう。今まで出会った人たちもそうだったからよくわかる。
「気にしないでください。もう帰れない場所ですけど、こうやって絵の中に残しておけばいつでも見ることはできるんですよ」
少し無理があったものの笑顔を浮かべて見せる。シルヴェさんからは無表情が返ってくる。そのまま無言で立ち上がったシルヴェさんを視線で追うと、シルヴェさんは机を回り込んできて、馴染みのない香りと共に後ろから抱きしめられた。
シルヴェさんは大きく首を振った。
「違うな。それは他者に依存した願いであって、お前の人生じゃない」
「では何が私の人生だというのですか」
「それを探すんだ。守りたいもの、やり遂げたいもの、なにかがある」
謎解きのような言葉に困惑を隠せない。
二人のことを大切に思うだけではダメなんだろうか。
「まぁいい。急にそんなことを言ったところで、困るだけだろう。自分の望みを見つけた時にに、帰る選択肢もあるということをただ覚えていればいい」
「……帰れませんよ。私はオラニ王国に敵対するんですから」
「いいや。お前が望むなら帰れる。忘れるな」
何を言ってるんだろう。意味は分からなかったけど、あまりにも真剣に言うものだから、勢いに押されて頷いた。
「良い子だ」
なぜか頭を撫でられ、それが嫌じゃない自分にも気づく。
「本題は終わった。絵の続きをすればいい」
「来客中にそんなこと」
「いいから。それとも、子供にはその姿を見せておいて、俺には見せられないとでも?」
「いえ」
「気にするな。描きながら話し相手になってくれればいい」
「分かりました」
言われるがままに描き始める。赤をとって、紙へ乗せる。次は黒。シルヴェさんは黙ったまま私を見守っていたが、見られていると思うとなんとなく気恥ずかしい。気まずさを誤魔化すように私から話しかける。
「見ていても退屈ではありませんか?」
子供たちは絵を描くという行為自体が物珍しく楽しんで取り組んでいるが、絵は観賞用であって、実用的ではないから魔族には好かれないのだと知っている。ましてや、見ているだけなんて、時間の無駄ではないだろうか。
少し待っても返事がなく、シルヴェさんをみるとうっすらと微笑んでいた。
「え……?」
驚いてそんなシルヴェさんを見ていると、私の動きが止まったのを見てシルヴェさんが不思議そうに視線を向けてくる。
「どうした?」
その顔つきはすっかり無表情に戻っていて、不思議と残念に思った。
「見ていても退屈ではありませんか?」
再び問いかけると、シルヴェさんは心外そうに口を開いた。
「絵を描くという行為自体に特に意味は見出さないが、絵自体には関心がある。それに、お前が楽しそうにしていれば、俺にとっても楽しいことだ」
変なことをいうものだ。ただ、シルヴェさんが楽しいというのなら、それで良いのだろう。机越しに見てくるシルヴェさんが気になりながら再び筆を動かした。その間もシルヴェさんの話は続く。
「絵はこの国にはないものだが、良いものだな」
「どういうところが気に入りましたか?」
「その場に行かなくても、お前が描けばその場の様子を知ることができる。地形や暮らし、風景といったあらゆる情報が視覚的にわかるのは良いことだ」
「シルヴェさんらしいですね」
ただ記憶にとどめておくにもったいない風景を描いてきた私にとって、その見方は初めてのものだったけれど、新鮮で面白く感じた。
「でも、見たままのものを描いているとは限りませんよ?」
丁度描き始めたばかりの子供を指さす。これは、ここで子供たちが遊んでいればいいなと思って付け加えたものだ。そう言えば、シルヴェさんは深く頷いた。
「それは描くものの指向性の問題だろう。情報伝達のために描いたわけではなく、自分のために描いているのだからそういう要素があってもいい。ただ、見たままを描くというそういう目的にも使えるという話だ」
なんにでも利点を見つけるのは、魔王を支えるシルヴェさんの職業病のようなものなのだろうか。
「ところで、ここはどこの絵だ?」
オラニ王国のことは少しでも知っておきたいのだろうか。でも、残念ながらその期待には答えられそうにない。手を止めてシルヴェさんの方を向く。
「これは私たちの故郷です。ミラーテスという村でした」
「でした?」
眉をしかめている様子から、答えは何となくわかっているのだろう。私は答えを告げた。
「もうありません。この村は……流行り病が広がってしまい焼き払われたのです」
国からの兵士が村に火をつけた時、本来ならば村人全員が殺されるはずだった。けれど抵抗した何人かの大人たちと一緒に、私たち三人は逃げおおせることが出来た。その後はばらばらになってしまって誰一人として再開することはなかった。
「それでお前たちは」
「稼がなければ生きていけませんから冒険者として。村でも狩りはしていましたから、日銭を稼ぐくらいはできたんですよ」
それでも最初は装備もなく土地勘もないところで苦労も多かった。私もロイス兄さんもなかなか自分の能力に気づくことはなかった。一緒に剣をもって戦ったが、ナディヤ頼みになってしまうことを心苦しく思わない日はなかった。自分の治療の力に気づいたときは、これで私も自分の役割を見つけられたと思ったものだ。
正直なところ、あまり良い思い出ではない。でもこうして何度も描いているというのは、それだけ心に残っているということなのだろう。
シルヴェさんは視線を彷徨わせている。何て言えばいいのか分からないのだろう。今まで出会った人たちもそうだったからよくわかる。
「気にしないでください。もう帰れない場所ですけど、こうやって絵の中に残しておけばいつでも見ることはできるんですよ」
少し無理があったものの笑顔を浮かべて見せる。シルヴェさんからは無表情が返ってくる。そのまま無言で立ち上がったシルヴェさんを視線で追うと、シルヴェさんは机を回り込んできて、馴染みのない香りと共に後ろから抱きしめられた。
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