報酬を踏み倒されたので、この国に用はありません。

白水緑

文字の大きさ
上 下
18 / 23

18.大切な故郷

しおりを挟む
「二人といること」

 シルヴェさんは大きく首を振った。

「違うな。それは他者に依存した願いであって、お前の人生じゃない」
「では何が私の人生だというのですか」
「それを探すんだ。守りたいもの、やり遂げたいもの、なにかがある」

 謎解きのような言葉に困惑を隠せない。
 二人のことを大切に思うだけではダメなんだろうか。

「まぁいい。急にそんなことを言ったところで、困るだけだろう。自分の望みを見つけた時にに、帰る選択肢もあるということをただ覚えていればいい」
「……帰れませんよ。私はオラニ王国に敵対するんですから」
「いいや。お前が望むなら帰れる。忘れるな」

 何を言ってるんだろう。意味は分からなかったけど、あまりにも真剣に言うものだから、勢いに押されて頷いた。

「良い子だ」

 なぜか頭を撫でられ、それが嫌じゃない自分にも気づく。

「本題は終わった。絵の続きをすればいい」
「来客中にそんなこと」
「いいから。それとも、子供にはその姿を見せておいて、俺には見せられないとでも?」
「いえ」
「気にするな。描きながら話し相手になってくれればいい」
「分かりました」

 言われるがままに描き始める。赤をとって、紙へ乗せる。次は黒。シルヴェさんは黙ったまま私を見守っていたが、見られていると思うとなんとなく気恥ずかしい。気まずさを誤魔化すように私から話しかける。

「見ていても退屈ではありませんか?」

 子供たちは絵を描くという行為自体が物珍しく楽しんで取り組んでいるが、絵は観賞用であって、実用的ではないから魔族には好かれないのだと知っている。ましてや、見ているだけなんて、時間の無駄ではないだろうか。
 少し待っても返事がなく、シルヴェさんをみるとうっすらと微笑んでいた。

「え……?」

 驚いてそんなシルヴェさんを見ていると、私の動きが止まったのを見てシルヴェさんが不思議そうに視線を向けてくる。

「どうした?」

 その顔つきはすっかり無表情に戻っていて、不思議と残念に思った。

「見ていても退屈ではありませんか?」

 再び問いかけると、シルヴェさんは心外そうに口を開いた。

「絵を描くという行為自体に特に意味は見出さないが、絵自体には関心がある。それに、お前が楽しそうにしていれば、俺にとっても楽しいことだ」

 変なことをいうものだ。ただ、シルヴェさんが楽しいというのなら、それで良いのだろう。机越しに見てくるシルヴェさんが気になりながら再び筆を動かした。その間もシルヴェさんの話は続く。

「絵はこの国にはないものだが、良いものだな」
「どういうところが気に入りましたか?」
「その場に行かなくても、お前が描けばその場の様子を知ることができる。地形や暮らし、風景といったあらゆる情報が視覚的にわかるのは良いことだ」
「シルヴェさんらしいですね」

 ただ記憶にとどめておくにもったいない風景を描いてきた私にとって、その見方は初めてのものだったけれど、新鮮で面白く感じた。

「でも、見たままのものを描いているとは限りませんよ?」

 丁度描き始めたばかりの子供を指さす。これは、ここで子供たちが遊んでいればいいなと思って付け加えたものだ。そう言えば、シルヴェさんは深く頷いた。

「それは描くものの指向性の問題だろう。情報伝達のために描いたわけではなく、自分のために描いているのだからそういう要素があってもいい。ただ、見たままを描くというそういう目的にも使えるという話だ」

 なんにでも利点を見つけるのは、魔王を支えるシルヴェさんの職業病のようなものなのだろうか。

「ところで、ここはどこの絵だ?」

 オラニ王国のことは少しでも知っておきたいのだろうか。でも、残念ながらその期待には答えられそうにない。手を止めてシルヴェさんの方を向く。

「これは私たちの故郷です。ミラーテスという村でした」
「でした?」

 眉をしかめている様子から、答えは何となくわかっているのだろう。私は答えを告げた。

「もうありません。この村は……流行り病が広がってしまい焼き払われたのです」

 国からの兵士が村に火をつけた時、本来ならば村人全員が殺されるはずだった。けれど抵抗した何人かの大人たちと一緒に、私たち三人は逃げおおせることが出来た。その後はばらばらになってしまって誰一人として再開することはなかった。

「それでお前たちは」
「稼がなければ生きていけませんから冒険者として。村でも狩りはしていましたから、日銭を稼ぐくらいはできたんですよ」

 それでも最初は装備もなく土地勘もないところで苦労も多かった。私もロイス兄さんもなかなか自分の能力に気づくことはなかった。一緒に剣をもって戦ったが、ナディヤ頼みになってしまうことを心苦しく思わない日はなかった。自分の治療の力に気づいたときは、これで私も自分の役割を見つけられたと思ったものだ。
 正直なところ、あまり良い思い出ではない。でもこうして何度も描いているというのは、それだけ心に残っているということなのだろう。
 シルヴェさんは視線を彷徨わせている。何て言えばいいのか分からないのだろう。今まで出会った人たちもそうだったからよくわかる。

「気にしないでください。もう帰れない場所ですけど、こうやって絵の中に残しておけばいつでも見ることはできるんですよ」

 少し無理があったものの笑顔を浮かべて見せる。シルヴェさんからは無表情が返ってくる。そのまま無言で立ち上がったシルヴェさんを視線で追うと、シルヴェさんは机を回り込んできて、馴染みのない香りと共に後ろから抱きしめられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

処理中です...