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55.私の場所は
しおりを挟む「どうしたんですか?」
会いたいと思った人が目の前に。
でも、何故か強く抱きしめられている状態で。石鹸の香るシャツ越しの体温を強く感じた私は、ドキドキしてしまう。
「帰ったのかと」
先に口にしたのは彼だった。帰るって六花のいる場所に? お父さんやお母さん、お兄にい、友達の所に?
私の心は動揺より困惑に近い感情だ。
「とても強い力を温室から感じた。それだけの力なら──」
それは、私に帰って欲しくないって解釈かな。間違っていたら、どれだけ自惚れているんだと笑い者だよね。
「帰るって思いもしなかった」
力が緩んだので正直な気持ちを言葉にしていく。
「六花に会えたんです。正確には見れたというか。皆がコンパクトに込めてくれた力のお陰だと思う」
私の記憶よりも鏡の先に映るりっちゃんの姿は大人になっていて。
でも、六花はりっちゃんだ。
「そうか」
興奮気味に話す私の言葉をちゃんと聞いてくれる。水色の瞳が細まり、少し笑ったとわかる。
「ヒイラギも力をかなり使ったようだ。過剰に使用すれば枯渇し死に至るが。珍しい例だろうな」
腕の中の温かさとは違い頬に触れた手は冷たくて。その手は私の髪に移動していく。
「珍しい?」
髪を指がすいていくのも意識しちゃうけど、最後が気になった。
「ああ。髪は私と同じ、瞳は…新芽の色だ」
フランネルさんの顔が更に近づいてきたので、つい体がのけ反りそうになりながらも耐えてって…え?
どういう意味?
「髪が同じ? 目の色が新芽って緑色?」
鏡って温室にあったかなと周囲を見渡しかけ、右手に握ったまたの玩具のコンパクトを見て、蓋を開けた。
「誰これ?」
驚いたら、鏡に半分映る顔も同じ表情をした。小さいコンパクトを動かし髪も確認してみる。
「…私じゃん」
毛先を摘まんだ動きをし鏡の向こうと何回もチェックし、現実を受け入れがたいけど。
「ないよコレは! いえ、色は素晴らしい! だけど造りが平坦なままじゃあ無理があるでしょ!」
これが鼻が高くてクッキリの顔なら問題ない。しかしカラーコンタクトをいれたような違和感だよ。
「以前の色も良いがこの姿も悪くないと思うが」
「なんちゃってと生粋じゃ雲泥の差です!」
私はひねくれモード突入だ。そんな私を浮上させる言葉が。
「嘘は言わぬ。それに、その瞳の色と濃さは訓練すれば植物を成長させたり病を治せる力を操れるだろう」
全く力がなくなったわけじゃない? 私はこの世界の人ではないから蝶々さんはいないし、鍵を閉じた今、誰よりも弱いんじゃないのかな。
「効果は薄いが人にも使えるだろう。植物に偏っているのは、あの黄色の素がそう望んだのか」
フランネルさんは、私のコンパクトごと手を握り独り言のように呟く。思案顔の目と合う。
「くどいようだが、帰らなくてよかったのか?」
問われ、さっきよりも考えた。
「はい。此処に居させてもらえますか?」
私の前に影ができた。
「それは、私の近くにいてくれると言うことか?」
高い鼻と低い鼻先が微かに触れ合う。
「はい」
さっき、会いたいと強く思ったのは、この人だ。
「では温室ではなく夜は屋敷で休むか? そういう意味で聞いているのだが」
「はい。一段落しそうなので、夜は部屋で寝ますよ」
なおも確認されたので不機嫌な答え方になった。案の定ため息をつかれる。
「やはり伝わってないな」
だから、ちゃんと睡眠とるよ。ムッとし抗議しようとしたら。
「だからっ」
その先の言葉は吸いとられた。
最初は軽く試すように。
それが深くなる。
「私が言いたいのは、こういう意味だ」
この先も。
私の前から影がなくなる時、耳元で小さく囁か、思わず耳を押さえた。
「……はい」
一気に顔が赤くなる。自分の顔なんて見えてないけど熱いからわかる。
「本当か? やっぱなしはないぞ?」
私の口調を真似してきた。からかうような言い方に腹が立つ。
「イケメンカモンですよ!」
思わず出た言葉は自分でも残念レベルだろう。しかも彼には意味がわからない!
「何で笑って! ちょっ、いきなり抱えないで下さい!」
体が浮いたと気づいた時には、既に横抱きにされていて。
「肩に担いでもよいが、苦しいのだろう? 部下達にあれはないと何故か叱られた」
前に訓練場での時か。
うん、とても苦しかったし逆さまは辛い。
「暴れると胸元がよけい開くからやめてくれ」
その声に羽織っていた上着を直す。
あ、もしかして。
「タオルで髪をふこうとした時、そっけなかったのは」
「ああ、そうだ。襲えと誘われているようなものだ。何故そんな薄い寝衣なんだ? まあ、これからどうせ服は意味ないだろうが」
「私の趣味じゃないですよ! 最近やたら薄いのが私も気になって…え、後半何て言いました?」
さらっと今、とんでもない事を言われたような。
「そのままの意味だ。ああ、明日は休みだから大丈夫だ」
何が大丈夫?
「わ、私は大丈夫じゃないですよ!」
「大丈夫だ、無理はさせない」
「だから!」
「かなり待ったぞ。諦めろ」
部屋に入るままで、言い合いは続いた。
そんな煩い声に使用人達が気がつかないはずもなく。皆が静かにガッツポーズをとりあっていたなんて柊は知るよしもなかった。
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