期限付きの聖女

波間柏

文字の大きさ
上 下
55 / 56

55.私の場所は

しおりを挟む

「どうしたんですか?」

会いたいと思った人が目の前に。

 でも、何故か強く抱きしめられている状態で。石鹸の香るシャツ越しの体温を強く感じた私は、ドキドキしてしまう。

「帰ったのかと」

 先に口にしたのは彼だった。帰るって六花のいる場所に? お父さんやお母さん、お兄にい、友達の所に?

 私の心は動揺より困惑に近い感情だ。

「とても強い力を温室から感じた。それだけの力なら──」

 それは、私に帰って欲しくないって解釈かな。間違っていたら、どれだけ自惚れているんだと笑い者だよね。

「帰るって思いもしなかった」

 力が緩んだので正直な気持ちを言葉にしていく。

「六花に会えたんです。正確には見れたというか。皆がコンパクトに込めてくれた力のお陰だと思う」

 私の記憶よりも鏡の先に映るりっちゃんの姿は大人になっていて。

でも、六花はりっちゃんだ。

「そうか」

 興奮気味に話す私の言葉をちゃんと聞いてくれる。水色の瞳が細まり、少し笑ったとわかる。

「ヒイラギも力をかなり使ったようだ。過剰に使用すれば枯渇し死に至るが。珍しい例だろうな」

 腕の中の温かさとは違い頬に触れた手は冷たくて。その手は私の髪に移動していく。

「珍しい?」

 髪を指がすいていくのも意識しちゃうけど、最後が気になった。

「ああ。髪は私と同じ、瞳は…新芽の色だ」

 フランネルさんの顔が更に近づいてきたので、つい体がのけ反りそうになりながらも耐えてって…え?

どういう意味?

「髪が同じ? 目の色が新芽って緑色?」

 鏡って温室にあったかなと周囲を見渡しかけ、右手に握ったまたの玩具のコンパクトを見て、蓋を開けた。

「誰これ?」

 驚いたら、鏡に半分映る顔も同じ表情をした。小さいコンパクトを動かし髪も確認してみる。

「…私じゃん」

 毛先を摘まんだ動きをし鏡の向こうと何回もチェックし、現実を受け入れがたいけど。

「ないよコレは! いえ、色は素晴らしい! だけど造りが平坦なままじゃあ無理があるでしょ!」

 これが鼻が高くてクッキリの顔なら問題ない。しかしカラーコンタクトをいれたような違和感だよ。

「以前の色も良いがこの姿も悪くないと思うが」
「なんちゃってと生粋じゃ雲泥の差です!」

 私はひねくれモード突入だ。そんな私を浮上させる言葉が。

「嘘は言わぬ。それに、その瞳の色と濃さは訓練すれば植物を成長させたり病を治せる力を操れるだろう」

 全く力がなくなったわけじゃない?  私はこの世界の人ではないから蝶々さんはいないし、鍵を閉じた今、誰よりも弱いんじゃないのかな。

「効果は薄いが人にも使えるだろう。植物に偏っているのは、あの黄色の素がそう望んだのか」

 フランネルさんは、私のコンパクトごと手を握り独り言のように呟く。思案顔の目と合う。

「くどいようだが、帰らなくてよかったのか?」

問われ、さっきよりも考えた。

「はい。此処に居させてもらえますか?」

私の前に影ができた。

「それは、私の近くにいてくれると言うことか?」

 高い鼻と低い鼻先が微かに触れ合う。

「はい」

 さっき、会いたいと強く思ったのは、この人だ。

「では温室ではなく夜は屋敷で休むか? そういう意味で聞いているのだが」
「はい。一段落しそうなので、夜は部屋で寝ますよ」

 なおも確認されたので不機嫌な答え方になった。案の定ため息をつかれる。

「やはり伝わってないな」

 だから、ちゃんと睡眠とるよ。ムッとし抗議しようとしたら。

「だからっ」

その先の言葉は吸いとられた。
最初は軽く試すように。
それが深くなる。

「私が言いたいのは、こういう意味だ」

この先も。

 私の前から影がなくなる時、耳元で小さく囁か、思わず耳を押さえた。

「……はい」

 一気に顔が赤くなる。自分の顔なんて見えてないけど熱いからわかる。

「本当か? やっぱなしはないぞ?」

 私の口調を真似してきた。からかうような言い方に腹が立つ。

「イケメンカモンですよ!」

 思わず出た言葉は自分でも残念レベルだろう。しかも彼には意味がわからない!

「何で笑って! ちょっ、いきなり抱えないで下さい!」

 体が浮いたと気づいた時には、既に横抱きにされていて。

「肩に担いでもよいが、苦しいのだろう? 部下達にあれはないと何故か叱られた」

前に訓練場での時か。

 うん、とても苦しかったし逆さまは辛い。

「暴れると胸元がよけい開くからやめてくれ」

その声に羽織っていた上着を直す。

あ、もしかして。

「タオルで髪をふこうとした時、そっけなかったのは」
「ああ、そうだ。襲えと誘われているようなものだ。何故そんな薄い寝衣なんだ? まあ、これからどうせ服は意味ないだろうが」
「私の趣味じゃないですよ! 最近やたら薄いのが私も気になって…え、後半何て言いました?」

 さらっと今、とんでもない事を言われたような。

「そのままの意味だ。ああ、明日は休みだから大丈夫だ」

何が大丈夫?

「わ、私は大丈夫じゃないですよ!」
「大丈夫だ、無理はさせない」
「だから!」
「かなり待ったぞ。諦めろ」

 部屋に入るままで、言い合いは続いた。


 そんな煩い声に使用人達が気がつかないはずもなく。皆が静かにガッツポーズをとりあっていたなんて柊は知るよしもなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

フラれた女

詩織
恋愛
別の部のしかもモテまくりの男に告白を… 勿論相手にされず…

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

処理中です...