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56.フランネルは、幸福を知る
しおりを挟む「ヒイラギ様が残られ安堵致しました」
執事のレイヴィルが、カップを置きながら話しかけてきた。執務室にいる時に彼から話しかけてくるのは珍しかった。
「ああ」
「帰還方法はなかったと耳にしておりましたので、あれ程の力の放流を感じて驚きました」
「ああ。ないと聞いている。だが」
彼女ならば。
「不可能を可能にできると思わされる」
帰還させる為には力が足りない。陣も高度だと聞いているのにヒイラギを見ていると根拠がないのにも関わらずそう感じる。
「現に一昨日、叶っただろうな」
彼女の双子の妹の玩具からは、幾人もの力と素が混じり合い今までにない力を感じた。
屋敷に一人戻るのはいつもの事だが、あれが寂しさかと自分の湧き出た感情に驚いていた矢先だった。
名残惜しいという思いを切り離し、自室に着いた時、窓から見えた先の光と放たれた力に急ぎ戻れば。
「──不思議な娘だ」
もう間に合わないだろうと分かっていたが、鍵を開けた。
そこには、居ないはずの彼女が立っていた。
『帰るって思いもしなかった』
思わず加減をせず抱きしめ呟きが漏れてしまえば、彼女から予想外の言葉をもらったのだ。
私は、安堵してよいのか?
家族に生涯会えない事を意味しているのを彼女はどこまで理解している?
『くどいようだが帰らなくてよかったのか?』
『はい。此処に居させてもらえますか?』
酷な尋ね方した私にあっさりと返し逆に問われ、その内容に大人げない行動をした自覚はある。
だが、後悔はしていない。疎い彼女にはハッキリ示さないと理解してもらえないのだ。
全ての色持ちだった彼女の髪や瞳は変化したが、彼女はどのような姿でも変わらないだろう。
「失うのが怖いな」
唯一の人。
この満ち足りた生活が嬉しく、また壊れたらと恐れが生まれた。
「それは当たり前の感情です」
レイヴェルの唯一がこの世を去り随分経つ。彼の首に鈍い銀色の鎖が見える。その下には微笑む絵姿を入れたロケットがあるのだ。
若い頃、一度だけその絵を見せてもらった記憶がある。
「奥様が心穏やかに健やかに過ごせるよう、フランネル様も体調管理に気を配り国をお守り下さい。いえ、いざとなれば奥様の事だけをお考え下さい」
国より妻を護れと。
「お前が、そんな言葉を口にするとは」
名を呼ばれたのも幼少期以来だ。
「出過ぎた真似をし申し訳ございません」
「いや」
腰を深く曲げる彼に顔を上げさせた。
「私は、戦に国の揉め事に彼女を利用したくない」
色が全色でないとはいえ稀有な存在だ。
私は、あの不思議な店で手に入れた石を出し服にしまっていた古き指輪の不自然に窪んだ穴にそれは難なくおさまった。対となるもう一つは彼女が持っている。
「レイヴェル、私が不在の際には、必ず彼女を守れ」
「御意」
出来る限りの事をしよう。
この幸福を失わないように。
私の唯一
✻✻✻END✻✻✻✻✻
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