そうだ。奴隷を買おう

霖空

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調達(暢達)1

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「そういえば、これ、出来たので見て欲しいのですが」

 そう言ってフェデルから渡されたのは、一枚の紙だった。
 ずらり、と日付と料理名が示されている。恐らく献立表だろう。
 然し、料理名という事は、辛うじてわかるのだが、具体的に、どんな料理を表しているのか、がさっぱり分からん。これではただのカタカナの羅列では無いか。

「やり直し」
「な、何故です?」

 紙を突き返した私に、困惑している。

「料理名だけでは、どんな料理なのか分からん。何なら、名前なんて無くてもいいから、味と材料と調理の仕方を書いた方が、まだ理解できる」
「料理名分からないんですか……?」
「分かるものもあるんだが、分からないのが多いな……」

 前の世界でも存在する料理名だったのかもしれない。然し、ごく普通の高校生が、フランスやら、イタリアやらの料理名なんて、分かる訳ないんだよなあ。中国料理なら、ある程度予測は出来なくはない……かもだが。いや、やっぱ分からないだろ。

「……分かりました。もう少し分かりやすくなるように、書き直しておきます」

 頭を下げ、紙を何処かにしまうフェデル。
 何となく、申し訳ない気持ちになったが、それは口に出さない事にした。別に、私がやって欲しい事、と言う訳ではないからな。なんなら、辞めてもらっても、一向に構わない。


 私が立ち上がり、部屋を出ると、フェデルは何も言わずについて来る。このままトイレに向かったら、どんな顔をするのだろうか?と思わなくもなかったが、流石に、そんなことはしない。別に行きたくもないしな。
 ではどこに向かっているのかと言うと、厨房だ。少し早めだが、別に早くて困る事まないだろう、と思って向かっている。暇だしな。

 ……然し、どこに行くかも聞かずに、黙ってついてくる辺りは、流石だな、と思う。執事ってそういう物なのだろうか?……最早、ストーカーと大差ないのでは?

「厨房に向かっているのですか?」

 暫く何も言わずに歩いていると、聞かれた。意外とバレるのが早いな、と思ったが、この城内に関して、かなり詳しいのだろうし、私の行ける場所が限られている事も考慮すると、妥当か。と思い直した。

「そうだな」
「……少し、早すぎる気がしますが」
「遅いよりはいいんじゃないか?下準備なんて、早めにやっても損はないだろう」
「……まあ、そうですが」

 暇だから、別にいいではないか。それともなんだ?部屋に籠って、2人きりで過ごせと?別に、読書していいなら、普通にありなのだが、やはり、やるべき事は、さっさと終わらせておきたい。ゆっくりするのは、それからでもいいだろう。


 ♱


 食堂に着くと、ヤニックに驚いた顔で出迎えられた。

「……思ったより早いんですね」
「寧ろ。お前がいたことに驚いている自分がいる」
「まあ、料理は下準備が大事ですからね」

 そう言って苦笑いした。
 確かに、レシピとか見てると、一時間そのまま放置……とかザラにあるよなあ。それが唐突に出てくるのが怖くて、初めて見るレシピは、作る前に読むようにしているが。
 ……こいつ大人数の食事を、一人で、三食分作ってるんだよな?もしかして、起きてる間は、ずっとここに居るのだろうか?
 そこまでは行かないまでも、結構な時間、ここに閉じ籠っているのかもしれない。料理人もなかなか大変だな……。

「……と言う事で、何か手伝う事はあるか?」
「うーん、そうですねえ……」

 急に言われて、困ってしまったのか、考え込んでいる。一流の料理人ならまだしも、ちょっと料理齧ってるだけの奴に、仕事を用意するのも、大変なのだろう。もう一人に至っては、潜在能力はともかく、今の所、只の足手まといだしな……。
 フェデルの、『ほら、迷惑だったじゃないですか、大人しく、帰りましょう?』とでも言いたげな表情が、腹立つ。私だけなら、まだマシだった、つーの。

 フェデルを睨みつけようとしたその時、

「あ」

 と声を上げたものがいた。

 彼の表情からして、フェデルの物ではない。無論、私の声でもない。
 そうなると、声の主が必然的に決まってくる。私は彼の方を見た。

「丁度、足りなくなっていた物があるんですよ。買ってきてくれませんか?」

 パン、と手を叩いて、さも名案を思い付いた、とでも言いたげな顔をした。まあ、悪くはない話だが。

「フェデル。紙と書く物を持ってこい」
「ちょ、ちょっと待ってください。買い物って何処に行くつもりなんですか?」

 割とノリノリな私を見て、不安に思ったのだろう。フェデルが、慌てて止めに入る。

「城下町でも、下の方の市場、ですかね……」
「駄目です!!!」

 何の抵抗もなく答えた、ヤニックに、被せる様に、拒否するフェデル。
 ヤニックの驚きようから察するに、恐らく、そんなに危険な場所ではないのだろう。何なら、安全まで言えそうな気がする。それを、全力で否定する、フェデルよ……。私が非力なのは同意するが、流石に過保護過ぎなのではないか?

「一応聞くが、何故駄目なんだ?」
「危険だからです!」

 まあ、同じ勇者と城内で話すだけで、危険とか言い出すやつだからな……。そういう事言いだすのは分からんでもない。

「危険なのか?」

 私は、ヤニックに視線を向ける。

「い、いえ?僕は一回も危険な目には、合ってないですけど……?」

 首を捻りながら答えた後、何の気なしに見たであろう、フェデルの顔を見て、ビクリ、と肩を震わせた。相当怖い顔をしていたからな。無理もない。

「貴方と違って主様は、女性なんですよ!」

 フェデルは興奮しているのか、ビシィッ!とヤニックを指した。彼は素直に答えただけだと言うのに……。
 言っていることは分からんでもないが、やはり無理があるようにも思う。
 狙うにしても、もう少し、器量の良い者や、価値の高い者を狙うのではないか。と言う事だ。この世界に関して言えば、今の所、前の世界よりも、美男美女の割合が多い気がするし、いや、場内からまともに出たことがない、私ではまだ判断できないが、顔の作りから察するに、外人っぽいんだよな。この国の人々。だからこそ、バリバリ日本人な私的には、良い顔立ちしているように見えるのだが、美的感覚が違うと言われれば、それまでだ。何とも言えなくなってきた。
 とは言え、身代金に関して言うなら、40人くらいいる勇者を攫うより、貴族攫った方が、余程金になるだろう。我々が、攫われても、金を払ってもらえるかどうかも怪しい。ってか、払う場合、何処が払うんだろうか?まさか、市民から搾取した税金から……とは言うまい。そんなことしたら、革命起こされても何も言えんのでは?知らんけど。

「では、その市場とやらには、女性はいないのか?」
「いえ?そんなことはないですよ」

 即答であった。またフェデルから睨まれて、震えている辺り、お前も少しは学習しろよ、と思わないでもないが。いや、私の問いに答えるべきだと捉えられてる辺り、正しい認識だ、と褒めるべきなのかもしれない。

「だそうだが?」

 と、フェデルの目線を向けると、彼はうっ、と言葉に詰まった。いや、別に攻めている訳ではないのだが……。

「然し、その瞳と髪の色で、確実に勇者である、とバレてしまいます。まだこの世界に来たばかりの勇者なら、如何にか出来るかもしれない。そう思った輩に狙われても、可笑しくないのですよ?」
「髪と目の色でバレるのか」
「黒は、この国では珍しいですからね。特に、目も髪も、となると、ほぼほぼ勇者だと断定されるでしょう。勇者が召喚された事は世間でも知られていますし」

 ほーん。色んな髪色、瞳の人間がいるのに、黒目、黒髪は珍しいのか。薔薇みたいな感じか?
 まあ、薔薇の場合はそれ以上に青いのが珍しい、と言うか存在しないのだが。それはさておき。

「然し問題点はそれだけなのか?」
「それだけとは何ですか!結構重要な問題点だと思いますが?」

 カっと目を見開いているフェデルを鼻で笑う。いや、心配してくれているというのは、分かるんだがな。そういうのはあまり性に合わん。

「髪に関してなら、大きめの帽子でも被れば何とかなるんじゃないか?」
「脱げたら、バレるじゃないですか!」
「あ、帽子なら、僕持ってますよ」

 同時に話すな。
 要らん事を言って、フェデルに睨まれ、怯えてる辺り、態とやってるのか、天然でやってるのか、判断が難しい。こちらとしては、助け舟以外の何でもないので、味方はしてやるが。

「それはいいな。ついでに、私に合うサイズの服はないか?」
「昔の服ならありますが……その、みすぼらしいですよ?」
「いやいや、それが逆に良いんだよ」
「そうなんですか!じゃあ、取りに行ってきますね!」

 嬉しそうに、走りだそうとするヤニック。……なんかこいつもワンコっぽいな。
 そんな彼を、フェデルが遮る。
 カバディか?

「待ってください。ダメです。私が許可しません」

 ……お前に何の権限があるというのだろうか。なんかもう、動揺していて、自分でも何を言っているのか、理解できてなさそうである。
 ……説得しなきゃならんのだろうな、これは。二人係でやれば、勝てそうな気はしなくはなかったが、喧嘩するよりは、話す方が楽だ。強いて言うなら、もう少し早く話してた方が、楽だったのは間違いないが、まあ、自業自得だ。適当に流せば、流されてくれるかもしれない、と甘い考えを持ったのがダメだったのだろう。

 私は、フェデルの肩を、ポンと叩いた。
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