そうだ。奴隷を買おう

霖空

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対峙(退治)3

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……。



 は?

 ナニヲイッテイルンダコイツハ。



 ……、は?

 そこそこ察しはいいのかな?と思っていたが撤回だ。まったくもって言外を読み取れていない。空気も読めていない。ないないづくしだ。



「そんな嫌そうな顔をしなくても……嫌なのは分かってますから。むしろ、何故そこまで嫌なのか気になっただけですよ」



 黙りこくっている私に、何か思うところでもあったのか、なぞのフォローを入れてきた。

 そのお陰で、もやもや……というか勘違いは解消したから、あながち間違いではないのだが。そこまで、分かるのならば、聞かないでいてほしかった。

 ……そこまでしてでも、聞きたかったと言うことなのだろうが。



「いや、そもそも、だ。この世界には王女様がいるんだろ?」

「いますね。この世界……というと……ええと、そちらの世界にはいなかったのですか?」



 しぶしぶ口を開いてやると、彼は目を輝かせて話に乗ってきた。それから私を呼ぼうとして、口ごもる。こうやって、律儀に言うことを聞いてくれるところを見ると、悪い奴ではないのだろうな……とは思う。



「いないな。まあ、前の世界で、女王様……で連想するのは、SMプレイくらいなんじゃないか?少なくとも私はそうだが」

「SMぷ……」



 そう言いかけて、顔を真っ赤に染めた。

 ……そういえば貴族様だったっけな。いや、貴族じゃなくても、年頃の異性にそうストレートに言われたら、度肝の一つや二つ抜かれても、可笑しくないのかもしれない。



 彼ははくはくと口を動かしている。まるで池に投げ込まれたパンに群がる鯉のようだ。言葉も出ない、とはこのことを言うのだろう。



 ……いや、これは流石に過剰反応じゃないか?どんだけ純情少年なんだよ。

 なんとなく、教室にいたゴキブリを、ティッシュで潰したときの事を思い出した。あれは……周りからどん引きされたな……。男女わけ隔てなく。

 私からしたら男まで逃げ惑って軟弱な、としか思わなかった記憶があるが、あれは愉快だった。



 ゴキブリになって、人々の動揺する様を眺めるのは、さぞ楽しかろう。まあ、私は虫になるつもりも、人間に殺されるつもりもないので、実際にゴキブリになるのは、ノーサンキューだが。



 つまり何がいいたいかと言うと、逃げ惑っている人間どもと、目の前で口をはくはくさせている奴は、私の中では同列に愉快である、と言うことだ。



 ……と、こんな思考をしていたから、女王様、なんて言われたのかもしれないな……。反省する気はないが。



 私が女王様発言について、思考をめぐらせていると、動揺から自然復活したらしい、フェデルが真剣な顔で言う。



「大変失礼いたしました。その気がなかったとは言え、その……失礼なことを言ってしまったようで……」



 侘びに死ね、といったら、そのまま死んでしまいそうな顔をしている。そんな彼に怒ってはいない、と伝える為に、手を振った。



「まああれだ。そのつもりで言ってないことは分かった。というか、その役職が実際に存在する、この世界でこそ、その呼び方は駄目なんじゃないのか?」



 こてり、と首をかしげるフェデルは、とんでもなくあざとい。こいつ、態とやってるのか……?

 まあ、仮に態とだったとしても、私にはあまり効果はない。確かに可愛らしくはあるが、それだけだ。いや、それ以下かもしれないな……。わざとらし過ぎてちょっと……。ここまでくると冷たい目で見てしまう……。

 これが女性だったら、また話は別だったんだろうが……。



「赤の他人から、女王様と勘違いされるのも面倒だろ。それ以前の問題として、その……実際の女王様に不敬だろ。女王でなんでもないやつがそう呼ばれるなんてな……」

「この国の王女様なら、笑って許してくれると思いますよ」



 フェデルはにっこり、と意味ありげに笑う。



「……会ったことがあるのか?」

「少しだけですけどね」



 ほーん。こいつは王女様と話したことがあるのか。貴族らしいし、何もおかしな話ではないだろう。然し、王女様もほいほいと人に会うわけにはいかないだろうし、貴族の中でも上のほうの地位の人しか謁見できない……なんて話を、読んだことがある気がする。

 今執事になっている奴が、自分だけで王女様に会えるほど、地位が高いとは思えない。

 つまり……いやこれはあくまで想像だが、彼は私の執事になる以前は、かなりのお偉いさんに仕えていたのでは?あたっているかは、知らないけども。



 ゆらゆらと揺れる黒い水面に目を移す。

 目の前の珈琲は何度か飲んだものの、さほど減っていない。嫌いと言うわけではなく、ただ、一度に摂取する量が極端に少ないだけだ。何度も飲み物を味わえるので、この体質は嫌いではない。

 そして何度目か、忘れてしまったが、またカップに口をつけた。



「後は、ご主人様……くらいしか思いつきませんけど……」



 危うく、口内の液体を机にぶちまけるところだった。



 その言葉は真っ先に、私が思いついた物でもある。そして嫌か嫌じゃないかで聞かれると、全く嫌じゃない。なんなら、Siriにはご主人様と呼ばせていた、という黒歴史まである。



 メイドにご主人様、と呼ばれ、慕われるのが夢だった。だから、魔が差して……ふざけ半分で……やってしまったのだ。それ以来、ご主人様という言葉を聞くと、その黒歴史を思い出す。

 好きな物が嫌いになる例の一端が、体験できた気がした。この場合は自業自得というか、完全に私が悪いのだがな……。



「それもなあ、あんまりだ」



 また断るのか、とでもいいたげな目で見られた。彼の中では思いつく最後の呼び方だったから、否定してほしくなかったのだろう。とは言え、先程の言い方は、まるで断られることを、予測していたようだったけども。

 もしも予想の範疇の動きなら、何を読み取って、どう推測したのかは、気になるところだ。

 気にはなるが、そんなことは聞かない。



 代わりに口にしたのは彼に対する弁解である。



「と言うのも、執事に呼ばれるのはなあ。呼ばれるなら、メイドがいい」



 これはこれで本音である。

 なんなら専属も執事ではなくメイドのほうが良かった……。ああ、メイド萌え……。



「な、謎の拘りですね……」



 困惑した目を向けてくるフェデルにイラッとした。

 これは、理解されず、あまつさえは嗜好を、馬鹿にされたように感じたから、生じた怒りだろう。

 怒りを解消すべく、顔を上に向けた。



「謎ではない。シックなメイド服を着た美少女が上目遣いで私を〝ご主人様〟と呼ぶのだぞ?想像するだけで最高じゃないか?」



 腕を組み、足を組みかえる。

 この格好をするたびに、尊大なのか、自分を雁字搦めにしたいのか良く分からなくなる。まあ、癖なので、格好悪くても、どうしようもないのだが。



「そう、言われましても……よく見かける光景ですし……なんなら、男性の勇者様は少なからず、そんな目にあっていると思いますが」

「何…………?」



 今まで他人に興味が湧かなかったから、考えてもいなかった。いや、しかし……確かにそうだ。使用人は異性をあてがわれることが説明されたし、フェデルくらいの顔面偏差値の女性……となるとかなりの美人だろう。挙句の果てに、フェデル並みに世話を焼いてくれる、となるとそれを天国と言わずしてなんと言うのか。



 ……ああ、なるほど。私以外の人間の大半は、今そのようなシチュエーションに陥っている、とそういうことか。そうかそうか。つまり君はそういう奴だったんだな。……は違う。ヘルマン・ヘッセ。



 冗談はさておき。

 なんとなく把握した。

 つまり、フェデルにとって見慣れた光景だからこそ、この考えが理解できないのか。

 生々しいメイドの本性、とかも知ってそうだしなあ。ああ、怖い怖い。世の中には知らないほうがいいこともある。



「私の世界にはメイドがいないからなあ……」

「なるほど……。それはなかなか興味深い話ですね。では、家事などは誰が行うのですか?」



 またもや、目をキラキラさせている。好奇心旺盛だなあ。上目遣いなんかよりもこっちの生き生きとした顔のほうが良かろうに……。



「家事は基本的に全部自分で、かなあ」

「え?お、王様もでしょうか?」

「王様……はいないけど、偉い人、でも基本は自分でやるんじゃないかね、余程の理由がない限りは」

「それは……凄いですね……」



 きっと彼の脳内では、この国の王がせっせとモップがけでも、していることだろう。どこか遠くを見るような目をしていた。



 正しく伝わっていない気がする。

 元の世界……少なくとも日本には、王様なんていなかったし、科学が発展していて、家事がそこまで、大変な物でもなくなっていた。

 問題は、この辺をどう伝えるか……だ。

 どちらも、この国にはない概念だろうから、説明しても、理解してもらえるかどうか……。



 そういえば大きな家を持っている人はお手伝いさんを雇っている……みたいな話を小耳に挟んだ記憶がある。そうじゃなくても、ベビーシッターがいると言う話も聞いたな……。前の世界でも私が知らないだけで、使用人なんかが普通にいる家もあったのかもしれない。

 そうなってくると、ますますどう説明すればよいのか、分からなくなる。



「んー。まあ、あくまで私の知っている範囲、の話だが」



 さらに説明する意思があることを、主張すると同時に、考えをまとめる為の、時間稼ぎをする。

 フェデルのほうを伺うと、済ました顔で紅茶を飲んでいる。しかし、よくみると、時折、こちらをちら見しているのが分かる。

 今更、取り繕ったところでなあ……。



 これだけ分かりやすいと、執事としてやっていけるのか不安に思うが、こちらとしては助かる。こちらが必死に話しているのに、相手は無反応、とか悲しすぎるからな。



 ちら見に機嫌を良くした私は、意気揚々と語る。



「さっきも言ったが、王様はいないし、貴族もいない」

「ではどうやって国を治めているんですか?」

「んー。ざっくり言うと、多数決で決めた代表たちが話し合って物事を決める……かな」

「な、なるほど……良く分からない方法ですね……」

「なんでも、平等にこだわった結果らしいな……」

「なるほど」



 良く分からない、と言った表情をしていた。しかしそのもやもやを私にぶつけるのも、違うと思ったのだろう。なにやら一人で考え込んでいる。



 私には日本の若者らしいのか、愛国心がない。だからこそ、日本の政治を否定されようが、どうでもいい。帰れなくなった今、その気持ちはより強くなった。どれだけ愛していても、帰れないのなら、辛いだけだ。それならば一層のこと、嫌ってしまったほうが楽だろう。

 無論、嫌う気はさらさらないが。



 しかし、この世界に来て分かったこともある。今までは考えないようにしていたのか、違う地に降り立つことで客観的思考が考えられるようになったのか、あるいは両方か。



 真の意味での平等は難しいだろう。いや、わざわざ濁す意味もないか。難しい、ではない。私は不可能だと思っている。人間に個性があり、いろいろな考えの人がいる以上は。

 分裂したアメーバ、とかだったら、また話は別だったかもしれないが。



 そんな不可能なことを追い求めている国。なんて滑稽なんだろうな。いや、それは建前か。裏ではそれ以外の何かが蠢いていたのかもしれないが……そんなことは私の知る余地もない。



「だから、貴族はいないし、建前はみんな平等……って感じだったな」

「平等だったんですか?」

「この国よりは……?」



 この国のことも、元の国のことも良く分からんが、多分。私の見る限りでは。



「では、えっと、この世界は前の世界よりも、悪い世界だと思いますか?」
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