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あの時は、そんなつもりじゃなかった。なのに気付けば恋に落ちていた
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アシェルの挑発に応えるように魔獣は尖った爪を振り下ろす。
しかしアシェルは難なくそれを避け、逆に魔獣の爪を踏み台にして高く跳躍した。
剣を構えると同時に、視界の端にノアが見えた。
ワイアットに羽交い絞めされている彼女は、今にも泣きださんばかりの表情だった。
(ああ……ノアが私を見ている)
初めて彼女を目にした時、胸の奥で焼き切れそうな感情が暴れた。
あの時はそれに名前を付けることができなかった。しかし、今はこの気持ちが何なのか明確にわかる。
欲しい。手に入れたい。一生、傍に置いておきたい。
そんな独占欲で誤魔化したくなる愚かな感情ーー恋だ。
生涯、味わうことなど絶対に無いと思っていたそれはとても凶暴で、ノアの前でだけはアシェルはただの男になってしまった。
自分でも目を逸らしたくなる程のもう一人の自分が持つ残忍な思考を、彼女は根こそぎ奪い取ってくれた。いとも容易く。
「……女は強い男に惹かれる。これでノアが私に惚れてくれるなら安いもんだけどね」
跳躍したアシェルは、突きの体勢を取る。切っ先は寸分狂いもなく魔獣の眉間に向かっている。
片思いのぼやきができるぐらい、アシェルは余裕だった。
対して魔獣はたかだか人間一人と甘く見ていたのだろう。知性の欠片も無さそうな外見とは裏腹に、苛立ちの咆哮をあげる。
「ーーうるせぇんだよっ。お前は私の踏み台になれっ」
何の踏み台なんだと思わずツッコミを入れたくなるような意味不明かつ粗野な言葉を吐いたアシェルは、その身に似合わない豪快さで魔獣に一撃を喰らわせた。
人間であれ、動物であれ、魔獣であれ、眉間は総じて生きとし生けるものの急所である。
例にもれず夜会会場に乱入してきた魔獣もアシェルの鬼気迫る一撃で、あっさりと痙攣し、そのままどさりと地面に倒れ。黒い霧となり飛散した。
この全ては時間すれば、わずか数分の出来事だった。
軽々と着地したアシェルは、ぐるりと辺りを見渡す。会場は水を打ったかのように静まり返っていた。
無理もない。突然凶暴な魔獣が現れたと思ったら、今度は盲目の第二王子があっさり退治したのだ。しかもその王子は現在進行形で目を開けている。
(まぁ、確かにリアクションに困る展開だろうな)
指を鳴らして剣を消したアシェルは、呆れ顔で笑う。
そうすれば招待客の一人と目が合った。かつて忠誠を誓った男は、ばつが悪そうにすぐに目を逸らした。
アシェルは更に低く笑った。まるで「私は全部覚えているぞ」と訴えかけるように。
会場の空気が重くなる。招待客たちは居心地の悪そうな顔でいる。窮地を救ってくれた英雄を褒め称えるより、己の保身を守ることの方が大切なようだ。
そんな中、ただ一人、純粋にアシェルの身を案じていた者の声が響いた。
「で、で、で、殿下!殿下っ、殿下!!ーー……あ、あの……ちょっと失礼します。ごめんなさい。失礼、失礼」
転がるように人混みを掻き分けこちらにやって来るのは、アシェルが切望している少女。
「ノア、走ったら危ないよ」
「危ないのは殿下です!!もうっ、本当に!もうっ、もう!!」
涙混じりに怒りの声をあげるノアが愛しくて、アシェルはこみ上げてくる感情のままノアを強く抱きしめた。
(好きだ。ノアが好きだ)
柔らかい髪。ほっそりとした身体。愛らしい声。
そのどれもが魅力的でかけがえのないもので、守りたくて手放せない。
「……で、殿下ぁ。怪我は……な、ないですか」
苦しそうにしながらも、自分の身を案じてくれるノアにアシェルはほんの少しだけ腕を緩めて微笑む。
「大丈夫、どこも怪我してないよ」
「そ、そうなんでーー え?え!?殿下、目、目、目がぁ!!」
「ああ」
今頃になってようやく盲目では無いことに気付いたノアに、アシェルはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
けれど心の中は、違う感情が暴れていた。
(ねえノア……この後に起こる出来事を目にしても、どうか……どうか私を嫌わないでくれ)
しかしアシェルは難なくそれを避け、逆に魔獣の爪を踏み台にして高く跳躍した。
剣を構えると同時に、視界の端にノアが見えた。
ワイアットに羽交い絞めされている彼女は、今にも泣きださんばかりの表情だった。
(ああ……ノアが私を見ている)
初めて彼女を目にした時、胸の奥で焼き切れそうな感情が暴れた。
あの時はそれに名前を付けることができなかった。しかし、今はこの気持ちが何なのか明確にわかる。
欲しい。手に入れたい。一生、傍に置いておきたい。
そんな独占欲で誤魔化したくなる愚かな感情ーー恋だ。
生涯、味わうことなど絶対に無いと思っていたそれはとても凶暴で、ノアの前でだけはアシェルはただの男になってしまった。
自分でも目を逸らしたくなる程のもう一人の自分が持つ残忍な思考を、彼女は根こそぎ奪い取ってくれた。いとも容易く。
「……女は強い男に惹かれる。これでノアが私に惚れてくれるなら安いもんだけどね」
跳躍したアシェルは、突きの体勢を取る。切っ先は寸分狂いもなく魔獣の眉間に向かっている。
片思いのぼやきができるぐらい、アシェルは余裕だった。
対して魔獣はたかだか人間一人と甘く見ていたのだろう。知性の欠片も無さそうな外見とは裏腹に、苛立ちの咆哮をあげる。
「ーーうるせぇんだよっ。お前は私の踏み台になれっ」
何の踏み台なんだと思わずツッコミを入れたくなるような意味不明かつ粗野な言葉を吐いたアシェルは、その身に似合わない豪快さで魔獣に一撃を喰らわせた。
人間であれ、動物であれ、魔獣であれ、眉間は総じて生きとし生けるものの急所である。
例にもれず夜会会場に乱入してきた魔獣もアシェルの鬼気迫る一撃で、あっさりと痙攣し、そのままどさりと地面に倒れ。黒い霧となり飛散した。
この全ては時間すれば、わずか数分の出来事だった。
軽々と着地したアシェルは、ぐるりと辺りを見渡す。会場は水を打ったかのように静まり返っていた。
無理もない。突然凶暴な魔獣が現れたと思ったら、今度は盲目の第二王子があっさり退治したのだ。しかもその王子は現在進行形で目を開けている。
(まぁ、確かにリアクションに困る展開だろうな)
指を鳴らして剣を消したアシェルは、呆れ顔で笑う。
そうすれば招待客の一人と目が合った。かつて忠誠を誓った男は、ばつが悪そうにすぐに目を逸らした。
アシェルは更に低く笑った。まるで「私は全部覚えているぞ」と訴えかけるように。
会場の空気が重くなる。招待客たちは居心地の悪そうな顔でいる。窮地を救ってくれた英雄を褒め称えるより、己の保身を守ることの方が大切なようだ。
そんな中、ただ一人、純粋にアシェルの身を案じていた者の声が響いた。
「で、で、で、殿下!殿下っ、殿下!!ーー……あ、あの……ちょっと失礼します。ごめんなさい。失礼、失礼」
転がるように人混みを掻き分けこちらにやって来るのは、アシェルが切望している少女。
「ノア、走ったら危ないよ」
「危ないのは殿下です!!もうっ、本当に!もうっ、もう!!」
涙混じりに怒りの声をあげるノアが愛しくて、アシェルはこみ上げてくる感情のままノアを強く抱きしめた。
(好きだ。ノアが好きだ)
柔らかい髪。ほっそりとした身体。愛らしい声。
そのどれもが魅力的でかけがえのないもので、守りたくて手放せない。
「……で、殿下ぁ。怪我は……な、ないですか」
苦しそうにしながらも、自分の身を案じてくれるノアにアシェルはほんの少しだけ腕を緩めて微笑む。
「大丈夫、どこも怪我してないよ」
「そ、そうなんでーー え?え!?殿下、目、目、目がぁ!!」
「ああ」
今頃になってようやく盲目では無いことに気付いたノアに、アシェルはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
けれど心の中は、違う感情が暴れていた。
(ねえノア……この後に起こる出来事を目にしても、どうか……どうか私を嫌わないでくれ)
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