盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜

文字の大きさ
91 / 105
あの時は、そんなつもりじゃなかった。なのに気付けば恋に落ちていた

1

しおりを挟む
 半分だけ血が繋がった男から呪いを受け、光を失ってからーーアシェルは暗闇の中をさ迷い歩くような日々だった。

 煌眼では無くなったアシェルは、日常の風景に溶け込んでいた精霊の姿は、もう見ることができない。数年経てば当たり前に聞こえていた精霊の声すら忘れてしまった。

 加えて、王位継承を剥奪されたアシェルの元から家臣だと思っていた人達が次々に去っていった。

 己が何のために生きているかもわからなくなったアシェルは、いっそ全てを捨てて隠遁生活を送ろうと人知れず何度も考えた。

 きっとその方が楽に生きていける。悔しさも、苦しみも、遣る瀬無さも、もう抱えたくなかった。

 そんなふうに幾たびも自暴自棄になっても、それでも望みは捨てきれなかった。

 だからアシェルは、遥か昔の恋物語に縋った。精霊姫と初代の国王の悲恋は、市井の民にとってはただのおとぎ話に過ぎないが、アシェルにとったら最後の切り札だった。

 精霊姫の生まれ変わりを、妻に娶る。

 煌眼を失ったアシェルが再び玉座を狙うためには、もうその手段しか残されていなかった。

 アシェルに呪いをかけた第一王子ローガンの魔力は、さして強いものではなかった。ただ人を呪う才能だけはあった。

 そんなローガンは欲深く短絡的思考の持ち主で、精霊姫の生まれ変わりなどはなから信じてはいなかった。

 実際、精霊姫の生まれ変わりなどこれまで一度も現れたことが無かったからそう思うのは致し方ないのかもしれない。

 しかしアシェルは秘密裏に探し続けた。いっそ執念と呼ぶべきそれで、探し求めた。

 そうして、見付けた。胸に雪花の紋章を刻む少女ーーノアを。


 


 その日は、いつもと何ら変わらなかった。

 官僚の尻拭いの為に面倒な書類を片付けて、精霊姫の生まれ変わりかもしれない少女を迎えに行ったグレイアスの報告を待っていた。

 穏やかな昼下がり。

 政務室の窓は閉め切っていて風の音一つ聞こえない。側近達は廊下に待機させていたから、静寂だけが響いていた。

 そんな中、不意に懐かしい声が聞こえた。

「ハヤク、ハヤク」
「コッチ、コッチ」
「ハシッテ、ハシッテ」

 言葉を覚え始めた幼子のような声が一つではなく幾つも聞こえて、アシェルは息を呑んだ。

 あまりに久方ぶりの為、これが精霊たちの声だと気付くのにしばしの時間を要した。

「チョット、モタモタシナイデ」
「ハヤク、コッチニキテ」

 苛立つ精霊たちの声に、アシェルは考える間もなく乱暴に窓を開けると、窓枠を飛び越えて外に出た。

 それからは精霊たちの声だけを頼りに、ただただがむしゃらに走った。その声に従わなければ一生後悔するという予感があった。

 どれくらい走っただろうか。城の作りは熟知しているが、無我夢中で走ったせいで正確な位置が把握できていない。

 上がる息を整えながら、アシェルは物音とつま先だけの感覚でここがどこなのか探ろうとする。

 しかし、すぐにそんなことはどうでも良くなった。

 なぜなら、。これまで暗闇でしかなかった視界に、突然、騎士に肩担ぎされた一人の少女が映り込んだのだ。

「……っ!!……っ……っ!!」 

 声を出すことができないのだろうか。少女は口をパクパクさせながら手足をばたつかせていた。

 しかし少女を担いでいる騎士は表情を変えずに、そのまま城内へ消えていった。

 ーーそれは、時間にして数秒の出来事。

 しかしアシェルにとったら一生忘れることができない出来事だった。




(今思い返してみても、とんだ出会いだったな) 

 ほんの少しだけ苦笑しながらアシェルは目を開いた。

 黒い毛に覆われた鋭い牙と爪を持つ魔獣が、今まさに唸り声をあげて自分に飛びかかろうとしている。

「ははっ。イーサンもなかなか見栄えの良い魔獣を連れて来てくれたものだ。申し分ない。……おい、悪く思うなよ」

 ニヤリと口の片側を持ち上げたアシェルは、指を弾いて魔力を形にする。

 己の魔力で作られた光り輝く剣は、しっくりと手に馴染んでいた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

妹なんだから助けて? お断りします

たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...