前世の私が邪魔して、今世の貴方を好きにはなれません!

当麻月菜

文字の大きさ
27 / 44
第2章 前世の私の過ちと、今世の貴方のぬくもり

14

しおりを挟む
「──迷子になるなんて、まったく困った婚約者だ」

 しばらくフェリシアを抱きしめていたイクセルの腕がほんの少しだけ緩んだと思ったら、ため息交じりの声が降ってきた。

 ついさっきまで鳴り響いていた雷の音も、激しい雨の音も聞こえない。あたたかい暗闇の中、イクセルの声だけが、フェリシアの全てになる。

「ご、ごめんなさい。あの……どうして……ここに?」

 謝罪をしたと同時に、至極純粋な疑問が生まれる。

 顔を上げてじっとイクセルの顔を見つめれば、彼はバツが悪そうに横を向いた。

「ま、まぁ……なんていうか……やっぱり、お仕置きをされないままでは、どうも居心地が悪くてね」
「……なんですの、それ」

 せっかく今世の自分を繋ぎとめることができたというのに、俊也と同じように、わかりやすい嘘を吐くのはやめてほしい。
 
 そんな気持ちから、つい軽く睨んでしまったフェリシアに、イクセルは探るような視線を返す。

「それで、貴女はどうしてこんな森の中で一人でいるんですか?」
「え、別に……ちょっと……」
「散歩にしては、随分深い森の中におられるようですけど?」

 ごもっともな指摘に、フェリシアは口ごもる。森をさまよい歩いた理由なんて、言えるわけがない。
 
 しかし、誤魔化そうとしたところで、現在フェリシアは取り調べを得意とするイクセルの腕の中にいる。こんな状態では、嘘などすぐに見破られてしまうだろう。

「……見つけて欲しかったから」

 しばらく悩んで答えれば、イクセルは返事をする代わりに抱きしめる腕に力を込める。

「まったく、かくれんぼをする歳でもないでしょう。それで、何があったんですか?」
「……なにも、ありませんわ」
「貴女は嘘を吐くのが下手だ」

 お前のことなど何でもお見通しだ、と言わんばかりのイクセルの口調に、フェリシアの心が揺らぐ。

「言ったところで、何も変わりませんもの」
「そうとも限らない。言葉にして吐き出せば、心が安らぐときもあります」
「……話してしまったら、貴方はわたくしのこと、幻滅するわ。きっと」

 だからお願い。これ以上、踏み込まないで。

 それを伝える代わりに、イクセルの上着をぎゅっと握って、フェリシアは首を横に振る。

 なのに彼は抱きしめている片方の腕を外したかと思えば、びしょびしょになったフェリシアの髪をそっと撫でた。

「幻滅なんてしませんよ。たとえ貴女が誰かを殺していようとも、私だけは貴女の味方です」
「っ……!」
「言ってみなさい。今日のことはすべて忘れて差し上げますから」
 
 その言葉はフェリシアにとって抗い難い誘惑だった。揺らぎ始めていた心の天秤が、カタリと傾く。

「わたくし、大切な人を傷つけてしまったの。でも……もう、その人には会えないの!謝ることすらできないのっ」

 髪を撫でるイクセルの手がピタリと止まった。

 しかしフェリシアは、それに気付かない。

「大事にしてくれてたのに酷い態度を取っちゃったの!傷つけていることすら自覚できなくて、最後は自分の手で壊しちゃった。今、すごく謝りたい。許してもらえなくてもいいから、ちゃんと”ごめん”って伝えたかった……!」

 せきを切ったように溢れる後悔と懺悔に、イクセルは黙って耳を傾けてくれている。

 そこに安堵を感じ、語ることで気持ちを楽にしようとする自分に嫌気が差す。

「……やっぱり、こんなの駄目ですわ」

 吐き出すだけ吐き出し自我を取り戻したフェリシアは、イクセルの胸に両手を当てて、ぐいっと腕を伸ばして物理的に距離を取る。

「駄目じゃない。私が許すよ」

 フェリシアにされるがままになっていたイクセルは、ポツリと言った。

「え?……だ、駄目です。そ、それに……貴方が許してくださっても、わたくしは自分を許すことができません」
「なら、その過ちをずっと抱えて生きていけばいい」
「っ……!」

 突き放すイクセルの言葉に、フェリシアは息を呑む。

「誰かの手を借りてでも昇華したいわけじゃない。なら貴女はまだ未練があるのでしょう。それを無理にどうこうしなくていい。気が済むまで抱えて生きていけばいいじゃないですか」

 早口でまくしたてたイクセルは、ポタポタと雫が垂れる前髪を鬱陶しそうにかき上げ、大きく息を吐く。

 それはため息にしか見えなくて、この会話が強制的に終わったのだと悟った。でも、それはフェリシアの早とちりだった。

 大きな手が、俯いてしまったフェリシアの両頬を包み込む。イクセルのぬくもりを感じる前に顔を上げさせられ、フェリシアは否が応でも彼と目が合う。

「もう手が届かない相手への償い方なんて、私にはわかりません。国法ですら、どう裁いていいかわからないでしょう。そんな難解な問題と向き合いたいなら、じっくり悩めばいい。貴女の自由です。ただ……」
「ただ?」
「貴女が罪の償い方を見つけるまで、私はとことん付き合います」
 
 噛んで含むように言われ、フェリシアは涙が滲んで視界が揺れる。

「いいんですよ、今すぐ答えを見つけなくたって。じっくり考えていけばいい」

 逃げるか、目を背け続けるか、飲み込まれるか。そんな卑怯と絶望しかない選択肢だけと思っていたフェリシアに、イクセルはもう一つ選択肢を与えてくれた。

 冷え切っていた心が、じんっとあたたかくなる。

 きっとこれから先、弱い自分はまた強い後悔の念に苛まれるだろう。でも、イクセルの言葉を思い出しさえすれば、この先も立ち止まらずに生きていける。フェリシアは、心から思った。

 いつの間にか雨脚が弱まり、夕立が上がろうとしている。木々の隙間から、夕日が差し込み、視界が優しい色に染まっていく。

「ありがとうございます」

 フェリシアは、涙をこぼしながらイクセルに微笑む。

「どういたしまして」

 そう言って微笑み返すイクセルは、今まで見てきた中で一番素敵だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

愛しているのは王女でなくて幼馴染

岡暁舟
恋愛
下級貴族出身のロビンソンは国境の治安維持・警備を仕事としていた。そんなロビンソンの幼馴染であるメリーはロビンソンに淡い恋心を抱いていた。ある日、視察に訪れていた王女アンナが盗賊に襲われる事件が発生、駆け付けたロビンソンによって事件はすぐに解決した。アンナは命を救ってくれたロビンソンを婚約者と宣言して…メリーは突如として行方不明になってしまい…。

気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢ナターシャの婚約者は自由奔放な公爵ボリスだった。頭はいいけど人格は破綻。でも、両親が決めた婚約だから仕方がなかった。 「ナターシャ!!!お前はいつも不細工だな!!!」 ボリスはナターシャに会うと、いつもそう言っていた。そして、男前なボリスには他にも婚約者がいるとの噂が広まっていき……。 本編終了しました。続きは「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにします」となります。

ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~

緑谷めい
恋愛
 私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。  4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!  一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。  あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?  王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。  そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?  * ハッピーエンドです。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

あなたが幸せになるために

月山 歩
恋愛
幼い頃から共に育った二人は、互いに想い合いながらも、王子と平民という越えられない身分の壁に阻まれ、結ばれることは叶わない。 やがて王子の婚姻が目前に迫ると、オーレリアは決意する。 自分の存在が、最愛の人を不貞へと追い込む姿だけは、どうしても見たくなかったから。 彼女は最後に、二人きりで静かな食事の時間を過ごし、王子の前から姿を消した。

2度目の結婚は貴方と

朧霧
恋愛
 前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか? 魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。 重複投稿作品です。(小説家になろう)

処理中です...