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公爵家の過去

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 アレクサンダーお義兄様に案内されて入った部屋は、普段は国外からの賓客をもてなす為に使われる部屋だけあってとても豪華な造りになっていた。
 私達が入って来た外扉の他にもう一つ内扉があるので、続きの間もあるのだろう。

 控えていた世話係にお茶の用意だけさせて下がらせると、部屋の中は私達3人だけになる。

「さて、改めて……久しぶりだね、アナスタシア。元気そうで本当に良かった」

 アレクサンダーお義兄様はそう言うとふわっと笑った。

 そう! この笑顔!!

 どちらかと言うと精悍な顔付きのお義兄様だが、笑うと目尻が下がって途端に少し人の良さそうな顔になる。その笑顔が私のお父さんにとても良く似ているのだ。

 公爵家……というか、貴族社会全体に対して警戒心バリバリだった私が、思わずお義兄様には気を許してしまったのは恐らくこの笑顔のせいだと思う。

「ハミルトン伯爵も、……手紙をありがとう。お陰で色々調べる事が出来たよ」

 手紙? 旦那様がお義兄様に?

 家同士で縁談が結ばれる位だ。当然ある程度の付き合いはあっただろうし、2人が顔見知りなのは不思議でもなんでもない。

 しかし、個人的に手紙をやり取りする様な仲だとは知らなかった。
 私が不思議そうに2人の顔を見比べていると、それに気が付いたお義兄様が旦那様に尋ねる。

「もしかして、アナスタシアには手紙の事を話してなかったのかい?」
「すみません……貴方の事を完全に信用して良いのか確信が持てなかったのです」
 
 おう! 何とまぁ馬鹿正直に!!

 焦った私は慌ててお義兄様を見たが、彼は気を悪くした様子も無く楽しげに笑っていた。

「はははっ! あのジーンがちゃんと人を疑える様になったか。良かった、君が当主になったと聞いた時は心配していたんだよ」

 ……ジーン……、愛称? ……愛称呼び!?

「お止め下さい、アレクサンダー殿! そんな昔の話……」
「君も昔みたいに、私の事をアレクと呼んでくれてもいいんだよ?」

 アレクーーー!!

 訳あり? 訳ありなのこの2人!?
 旦那と義兄が訳ありだなんて、大衆誌に連載される奥様御用達のドロドロ小説も真っ青な展開じゃないか!!

 私が空気になりかけていると、慌てて旦那様が説明を始める。

「すまん、アナ! 話しておけば良かったのだが、実は私とアレクサンダー殿は学友だ」
「それだけではないだろう? 私達は立派な幼馴染じゃないか」
「幼馴染……ですか?」
「ああ、私もハミルトン伯爵も幼少期に領地で過ごす事が多かったからね。よく一緒に遊んだんだよ」

 なるほど。ハミルトン伯爵家とフェアファンビル公爵家の領地は隣同士だ。そういう付き合いもあったのか……。

「ではまさか、クリスティーナも……?」
「いや、クリスティーナは昔から殆ど王都で暮らしていたからね。歳も少し離れているし、接点は無いよ」

 そうか、良かった。何かよく分からないけどホッとした。

「とにかく、今はその様な話をしている場合ではないでしょう? 時間は無いのに聞きたい事は沢山あるのです」

 そうだった。旦那様とお義兄様の小さい頃の話にも興味はあるけど、パーティの主役にいつまでもここにいて貰う訳にはいかないのだ。

「ああ、うん、そうだね。せっかく可愛い義妹いもうとと、義弟おとうとになった幼馴染に会ったのにゆっくり話も出来ないなんて残念だけど、確かに時間は無い。私が知っている事なら何でも話すつもりだよ、何を話せばいいのかな?」

 笑顔でそう促すお義兄様に感謝をしつつ、頭の中を整理する。聞きたい事は山ほどある。端的に効率良く聞いていかないと、絶対タイムオーバーだ。

「まず……私の両親に関してです。お義兄様は私の両親に関してどの様に聞いておられますか?」
「詳しくは知らないけれど、馬車の事故で亡くなったって聞いているよ。……辛かったね」

 お義兄様は鎮痛な面持ちでそう答えた。
 やはりお義兄様もそう聞かされているのか。
 私は曖昧に頷くと話を続ける。

「亡くなる前の事。例えば母がどこの誰だったのかとか、父が何故公爵家で冷遇されていたのかとか……そういう事は何かご存じではないですか?」

 お義兄様は私の発言を聞くと驚いた顔をした。

「アナスタシアのお父上……エドアルド殿が冷遇されていたというのは、一体どこで?」
「父から聞いていた話と、公爵家で過ごした2年の間に断片的に見聞きした事を繋げて考えた結果、そう判断しました。……間違っていますか?」
「いや……。恐らくだが、間違ってはいない。私自身も生まれる前の話だから確信はないけれど、父上達の話を聞く限りそういった事があったのだろうと感じている」
 
 自身が生まれる前の事とはいえ、公爵家で実際にあった話だ。何か思う所があるのか、お義兄様も苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「何故、父は冷遇されていたのですか?」
「エドアルド殿本人には何の非も無いんだ。不幸な出来事だったとしか言いようがないが……私の曽祖母、アナスタシアからするとお祖母様だね、そのお祖母様がエドアルド殿の出産の時に亡くなっているんだよ」
「…………!!」

 そう言えば、お父さんはお兄さんと20歳近く歳が離れていると言っていた。それはつまり、それだけお祖母様は高齢になっていたという事だ。
 ……この国の医療事情から考えるとかなり危険な出産だったのだろう。

「曽祖父様は、大変な愛妻家でね。曽祖母様を亡くされた悲しみは測りしれず、悪い事にその矛先が生まれてきたエドアルド殿に向いてしまったんだ」

 そんなの、お父さん悪くないじゃん!!
 自分の出産で母親が亡くなるだけでも悲しいのに、それを父親に恨まれるなんて!!

 私の気持ちが伝わってしまったのだろう。
 お義兄様は少し困った顔をして続けた。

「そんなのおかしいよね。私もそう思うし、エドアルド殿の兄にあたる私の祖父もそう思った。名前はアルフレッド。アナスタシアからすると伯父にあたるんだけど、この人の事は知ってる?」

 私は頷いて答える。

「父は、大好きな兄がいるとよく話していました。公爵家で唯一自分を可愛がってくれたと。自分の駆け落ちでそのお兄さんに迷惑をかけてしまった事もずっと気にしていました。……お名前は、今初めて知りましたけど」

 アルフレッド伯父さん……か。
 
「そうか。アルフレッドお祖父様は、母を亡くし父に冷遇される歳の離れた弟の事をいつも心配して、まるで自分の子供の様に可愛いがっていた。

……ただ、それがまた次の悲劇に繋がってしまったんだ」

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