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ハミルトン・シルク

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 私がエイダさんから貰った布を抱えて客間の前まで戻って来ると、廊下で待っていたダリアが慌てて駆け寄って来た。

「奥様、こんな大きな物をお持ちになって! 私がお預かりしますわ。この布がどうかしたのですか?」
「さっき、ドレスを作るのにシルクがいいから在庫を確認しようって話しているのが聞こえて。……この布を使って貰えないかと思ったの」

 大人しくダリアに布を渡しながら、そう説明する。
 話を聞いたダリアは、布をまじまじと見つめながら言った。

「確かに、この布の質感はシルクによく似ていますね。私は仕立てに関しては素人なので、職人達に聞いてみましょうか」
「ええ!」

 私達が客間に入ると、仕立て屋さん達は軽く荷物をまとめて私を待ってくれていた。
 打ち合わせがひと段落し、デザインの方向性も決まったからそろそろ店に戻るのだろう。待たせてしまって申し訳ない。

「ごめんなさい、お待たせしたわね」
「いえいえ、とんでもございません。どう致しましたか?」
「実は、さっき素材にはシルクが良いというお話をしていたのを聞いて、この布を使って頂けないかと思ったの」

 私がそう言うと、ダリアがさっと一歩前にでて布を広げる。
 仕立て屋さん達は興味深そうに布に顔を寄せた。

「ほう、これは『ハミルトン・シルク』ですね!』
「ハミルトン・シルク?」
「失礼致しました。私共がそう呼んでいるだけで、正式な名称と言う訳ではないのです。何せこの布は市場に出る事がほとんどありませんので……。少し触ってみても構いませんか?」
「もちろんですわ」

 私がそう言うと、3人の仕立て屋さん達は真剣な表情で布を見分し始めた。何事か話し合いなから、布を触ったり、光に翳してみたりしている。

「これは、私共が見た事のあるハミルトン・シルクの中でも最高品質の物ですね! 織られた方の腕も相当良い。奥様は、この布を一体どこで?」
「私の知り合い……の、商会のお嬢さんが、地元のご婦人が織った物を譲り受けたの。そのお嬢さんは『この布がとても素晴らしいから是非もっと広めたい』と私の所に持って来てくれたのよ」
「なるほど! もしそうなったら私共としても非常に有り難い事です」

 仕立て屋さん達が言うには、仕立ての依頼の中には『この布を使って欲しい』と、お客様が素材を持ち込む依頼も多いらしいのだが、その中に時々とても品質の良い布が混ざっている事に気が付いたそうだ。
 そして、その布の質感がシルクによく似ている事と、この領地で伝統的に織られている物なのだという事が分かり、仕立て屋さん達の間で段々と『ハミルトン・シルク』と呼ばれる様になったらしい。

「大体は『自分が織った布で自分の服を作りたい』とか『娘や孫の服を作りたい』といったご依頼が多いですね。何度か商売として布を売って貰えないか打診した事もあるのですが、断られてしまって…」

 残念そうに苦笑いする仕立て屋さん達。

「そのお嬢さんに、是非とも頑張って欲しいとお伝え下さい。私共もハミルトン・シルクが市場に出回ればとても有り難いのです!」
「まぁ、そうなのね! プロの方にもそう言って頂けるなんて嬉しいわ。……それで、どうかしら? ドレスの素材としては使えそう?」

 私がそう尋ねると、仕立て屋さんは大慌てで頭を深く下げた。

「ああっ! 失礼致しました。勿論です。いつもハミルトン・シルクは普段着に仕立てる事が多くて……。それも勿論素敵な事なんですが、一度ドレス作りに使って腕を奮ってみたいと思っていたんですよ。こんな機会を与えて頂き、職人冥利に尽きます」

 少し興奮しながらニコニコ話す仕立て屋さん。この人は余程服を仕立てるのが好きなのだろう。
 3人は、早速店に戻って話し合いの続きをしよう、とか早く作業に取り掛かりたい、とか言いながら目を輝かせて帰って行った。

「素敵なドレスになりそうですね、奥様」
「ええ、何だか私も少しワクワクしてきたわ! ドレスの事よろしくね、ダリア」
「もちろんですわ、奥様。…………(うちの奥様に恥かかせようなんて考えた人間に、目にもの見せてくれますよ)」

 ん? 最後ダリア何か言ったかな? 小さな声で聞こえなかったけど……。


 気が付けば、外はもうすっかり暗い。
 今日一日の、何と長かった事か…。

 怒涛の様な展開に頭がクラクラしそうだが、その前に私のお腹が『ぐぅっ』と鳴った。

「ダリア、お腹空いちゃった」
「このお時間ですもの、当然ですわ。今日は伯爵様も帰って来られてベーカーが張り切っていたので、きっと凄いご馳走が出ますよ!」

 ご馳走! うわぁー、楽しみ!

 私がスキップでも踏みそうな勢いで食堂に向かっていると、丁度執務室から出て来た旦那様と出くわした。

「旦那様も今からお食事ですか?」
「ああ、アナとの晩餐も久しぶりだな」

 何だか、今日の旦那様はご機嫌が良い。
 王都にいる時と少し感じが違うのは、やはり領地に帰って来たからだろうか?

 旦那様にとっては、領地は故郷みたいな物なのかもね!


 その日の夕食はダリアの予想通りとても豪華だった。

 使用人のみんなは絶対に私と一緒に食卓を囲んではくれないので、実は領地に来てから食事はいつもひとりぼっちだったのだ。
 給仕はしてくれても、やはり一緒に卓を囲むのとは違う。

 今日は旦那様がいるので、久しぶりに1人ではない食卓が少し嬉しかった。

 ——旦那様は相変わらず仏頂面だけど。

 でも、話し方は少し柔らかく感じた。

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