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まだ届かない声(Side:ユージーン)

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(Side:ユージーン)

 アウストブルク行きを一ヶ月後に控え、終わらせなければいけない仕事をこなして行く。
 一度ひとたびアウストブルクへ行くとなれば、二~三ヶ月は国を空けても大丈夫な位の下準備が必要だ。

 お祖母様達に話を聞くだけでなく、フェアランブルでは調べられない精霊や魔法についても色々知りたいし、行き帰りの旅程にも時間がかかる。

 幸か不幸か、家の事も領地の経営も長年使用人達に丸投げしていたので、正直私が数ヶ月いなくてもハミルトン伯爵家は普通にまわっていくだろう。

 頼もしい様な、情けない様な……

 思わず自嘲気味な笑いが出るが、とにかく今自分が出来る事をやっていくしかない。
 アナを一人でアウストブルクへ行かせるという選択肢はあり得ないので、留守を任せられる使用人達の存在に素直に感謝するとしよう。

 
 カーミラ王女殿下と色々と相談もしたかったが、さすが王女殿下は多忙を極めていて、約束が出来たのは夜会から二週間後の事だった。

 それまでの間に、アナが希望していたダンセル男爵夫妻との食事会や他国の使者との交流の時間を持つ。
 使者との交流はとても有意義で実りある物となったのだが、ダンセル男爵夫妻との食事会ではちょっとした問題が起こった。

 ダンセル男爵夫妻には、普段マリーが働いている邸を見て貰おうと伯爵邸へ招待したのだが、何とそこにマリーへのお見合い写真を持って来たのだ。

 マリーに縁談の話があると知り、真っ先に私の脳裏を掠めたのは領地の伯爵邸のコック、ベーカーの事だった。
 ベーカーは誰がどう見てもマリーの事を好いていて、その一途さは邸の中でも評判だ。

 私個人の感想としてはマリーもベーカーを憎からず思っていると思うのだが、もちろん雇用主である私が使用人達の人間関係に口を出せる訳がない。

 まぁ、私が口を挟むよりアナが上手くやるだろう……

 そう思って気乗りしなさそうにお見合い写真を見るマリーと、そんなマリーを見つめているアナの様子を伺っていたのだが、どうもおかしい。

 アナは『そっかー、マリーもお嫁に行く様な年頃なのね』と、妹の成長を見守る姉の様な表情で事の成り行きを見守っている。

 え? 止めないの?

 いや、確かに使用人の色恋に口を挟む物ではないが、てっきりアナなら上手く事を納めるかと……。


『オレ、いや私には料理しか出来ないっすから』

 そう言って、マリーの為の料理を作りながら不器用に笑うベーカーの笑顔が頭を過ぎる。


 ちょ、ベーカーーー!!
 誰か! ベーカーの純情な感情がー!?


 私だって、必ずベーカーの思いが報われればいいとか、そんな風に思っていた訳ではない。
 でも、こんな終わり方はあんまりではないか!?

 とはいえ、マリーの気持ちも知らず雇用主が使用人の縁談に口を出すなどもってのほかだ。
 どうして良いか分からず、結果なんだか挙動不審になってしまう。

 結局、マリー本人が『私はずーっとアナスタシア奥様のお側にいます!』と、この縁談を突っぱねたお陰で事なきを得た訳だが、挙動不審になった私を、不思議そうにアナが見つめていた。


 そして、その夜の事だ。

 アナに、何故マリーのお見合い話にあんなに慌てていたのかと聞かれたのだ。

 思わず、『いや、だってベーカー!』と大きな声を出してしまったのだが、アナは一瞬キョトンとした後、目を輝かせ始めた。

「えっ、ベーカーってそうなんですか!?」

 ……気付いてなかったのか!?

 アナはいつも人をよく見ている。
 信用出来るか出来ないかを見定める目も確かだし、その人間の立ち回りや話し方、服装等からどういった人物なのかを見抜く洞察力もずば抜けている。

 そんなアナが、気付いていなかっただと!?

「いや、普通気付くだろう!? かなり分かりやすかったぞ?」

 『邸でも周知の事実だったぞ』と続けると、頬をプッと膨らませたアナが抗議してきた。

「そんな事言って、旦那様だってダリアとマーカスの事ずっと気付いてなかったじゃないですか……」
「いや、あれは気付かないだろう!? ダリアもマーカスも全然表に出してなかったではないか。邸の者も皆気付いていなかったぞ?」

 だからこそ、あの二人が交際を始めた時はそれはそれは大騒ぎになったのだ。
 歳の差もあるし、かなり衝撃的な組み合わせだった。
 
「よく見てれば気付きますよ。ダリアの視線もやたら強かったし、何というか、取り繕ってる感じが不自然だったじゃないですか」
 
 アナは不思議そうに首を傾げる。

 ……! 

 もしかして……何かを隠そうとしたり、取り繕おうとしている事に関してアナは敏感なのか?

 そして、誰が見ても分かる程のあからさまな好意には鈍い。


 ……これは、何か危なっかしくないか?

 アナは賢い。私よりも余程したたかに逞しい。
 でも、どこかアンバランスなのだ。
 何故か何処か、危うい。

「旦那様?」

 考え込んだ私に、不思議そうにアナが声をかけて来る。
 そのキョトンとしたあどけない表情を見ていると、何だか堪らない気持ちになって思わずアナをギュウッと抱きしめた。


 ———守りたい。

 自分の方がアナより余程未熟な人間なのに。
 それなのにこんな風に思うのは烏滸おこがましいのかもしれないが、それでも私はアナを守りたいのだ。

 自分の力不足が歯痒くて仕方ない。

 何故私はあんなにヘラヘラと日々を無駄に過ごしてしまっていたのかと、かつての自分への憤りすら感じる。
 今、ニューボーンする前のオールドユージーンが目の前に現れたら殴り飛ばしてしまいそうだ。




 だから、晩餐の日にカーミラ王女殿下から聞いた話は私にとってまさに渡りに船だった。
 
 気が付けば私は王女殿下にこう尋ねていた。


「王女殿下、私も……精霊使いになる事は出来ますか?」



 ——— ……おもい……て。……。



 自分の力が足りないというのなら、誰かの力を借りたっていい。私のちっぽけなプライドなんぞいくらでも捨ててやる。




 ——— ぼくを、おもいだして。ジーン

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