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守る力(Side:ユージーン)

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(Side:ユージーン)

「しかし、最近のハミルトン伯爵家の躍進ぶりには目を見張る物がありますな」
「本当に。私も妻からハミルトン・シルクのドレスを強請られましてな。手に入れるのに苦労しましたよ」
「いやいや、ハミルトン夫人は流行を生み出すのが実に上手い。結婚当初の噂など、あてにならないものですなぁ」

 アナと二人で出席した王家の夜会。

 私としては片時もアナから離れたくは無かったのだが、男同士の社交というのも当主としてどうしても避けては通れない。

「……とはいえ、アレですな。これだけ活躍の目覚ましい夫人となると、家の中にまた別の癒しを求めたくなるのが男心という物ではありませんかな?」
「確かに、ハミルトン夫人はいささか外での活動が多い様ですからな。これから益々活躍されるであろう伯爵を支えるには、こう、内助の様な物があった方が」

 始まったか。

 要するに、自分の派閥の下位貴族の令嬢を、妾か第二第三夫人にどうかと言いたいのだろう。
 吐き気がする。

 繰り返されるくだらない話に心底うんざりした私は、話している相手に気付かれない程度にアナを目で追った。
 
 クンツを護衛に付けているから大丈夫だとは思うが、金色の髪をふわふわさせながら可憐に会場を歩くアナの姿を遠目に見て顔を赤らめている男共は一人や二人じゃない。

 ああ、あんなに可愛いドレスを着せるんじゃなかった。何で王都ではあんな肩を出すデザインが流行っているんだ。


 くっ、妻が可愛過ぎてツラい……!


 会場ではセレスティア殿下とアウグスティン殿のファーストダンスが始まっている。

「私にとって、妻が側にいてくれる以上の癒しはありませんよ。それでは、愛する妻にダンスの申し込みをしなければなりませんので、私はこれで失礼致します」

 ポカンとしている高位貴族当主達に丁寧に礼を取ると、足早にアナの元へと向かう。
 アナはセレスティア殿下達の後に続いて踊り始めたアレクとカーミラ王女殿下のダンスに見惚れているのか、うっとりとホールを見つめていた。

 そして、そんなアナに声を掛けたそうにしている男達……。

『クンツ、威嚇レベルをアップだ!』

 アナのドレスのリボンからヒョコンと顔を出しているクンツに、必死にハンドサインを送ると、クンツは『任せとけ!』と言わんばかりにこちらにVサインを送って来た。何とも頼もしい。

 よし、明日は王都で人気の洋菓子店で山程マカロンを買って来てやろう。

 今頃、フォスとカイヤも会場の周りを見回ってくれているはずだ。
 あのマカロンはアナも気に入っていたし、精霊トリオとアナが嬉しそうにマカロンを頬張る姿を想像すると思わず笑みが溢れる。



 ……と、油断したのがいけなかった。

 アナの所へ向かう途中、一人の令嬢に声をかけられたのを皮切りに、気が付けば未婚の令嬢や若い夫人に囲まれてしまったのだ。
 早くアナの所へ行きたくて気ばかり焦るが、『女性には誠実に』とお祖父様から散々言い聞かされているせいか、どうしても無視は出来ない。
 ダンスは断り、質問の返事は全て最低限。
 出来るだけ塩対応にしているつもりなのだが、全く諦める気配が無いのはどういう訳だ。

 ここはもう、多少強引にでも突破するしかないか? と思っていた時、救いの声が聞こえた。

「ひどいですわ、旦那様。妻を一人にしてこんな所でお喋りなんて。私、ずっと待っておりましたのよ?」

 アナ! 良かった無事だったか!

 令嬢で出来た人垣の向こうでスッと手を差し伸べるその姿はさながら女神の様で、私は夢中でその手を取りに行く。

 アナと別行動していたのはほんの数十分だが、とんでもなく長く感じた。今日はもう絶対離れまいと心に固く誓う。


 その後はアレクに無礼を働いた貴族達にカーミラ王女殿下が天誅を下したり、相変わらず領地経営に余念がないアナが他国の使者達から色々と情報を聞き出したりしているうちに、概ね無事に夜会は終了した。
 フェアランブルの貴族として、自国の恥を他国に晒したこの夜会を、無事終わったと言っていいのかは少し悩む所ではあるのだが……。


 
 翌日は、夜会でしっかり頑張ってくれたフォスとクンツとカイヤに山盛りのマカロンを振る舞った。

『わーい、やったー! ユージーン太っ腹!』
『アナのクッキーが一番だけど、王都も美味しいお菓子が沢山あるよね』
『僕ねー、領地のパンも好きだよ!』

 キャッキャとはしゃぎながらマカロンを頬張る精霊トリオを見ていると心が和むが、ふと最近よく考えるある事が頭をよぎった。


「……なぁ、私にも精霊と契約は出来ると思うか?」


 アナのご両親がいなくなった日に、アナを襲った男達の正体は未だに分からないままだ。
 アナはまだ狙われているかもしれないし、貴族社会でその存在感を増す事は、それだけ危険に晒される事にも繋がる。
 
 私にもっとアナを守れる力があればいいのだが、今更付け焼き刃の筋トレをした所で、戦う事を本職とした人間と渡り合えるとは到底思えない。

『え? ユージーンも精霊と契約したいの?』
『僕たちの誰かがユージーンと契約し直してあげようかー?』
『無理に契約しなくても、力にはなるけど?』

 精霊トリオがマカロンを食べる手を止めて、不思議そうに私を見る。

「いや、三人にはしっかりアナを守って欲しい」

 アナの力を削いだのでは本末転倒だ。

『ユージーンと契約したい精霊を募集してあげようか? ドジャーンと集まるよ!』
「いや、どじゃーんとはいらないのだが……でもそうか、当然契約するなら相手の精霊が必要か」


 領地に沢山いる精霊達に声をかければ、確かに私と契約してもいいと言ってくれる者もいそうだが……。
 何だかピンと来ない。

 最初から契約をするつもりだった訳でも無く、自然な流れで絆を深めて、結果的に契約に至ったアナとこの三人の精霊の関係性は稀有な物だったのだなと改めて思う。


 私の精霊……か。


 ———て。


「うん? 何か言ったか?」
『『『ううーん』』』


 ———して、…………ン。


 そういえば、アウストブルクには『精霊使い』という者がいるのだったか。

 私にも、なれるのだろうか?
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