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本編

第38話 『アランの告白』 ②

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「あっ、そうだ。モニカ様に一つ、お願いがあるのです」
「……お願い、ですか?」

 そんなことを考えていた私に告げられた、一つのお言葉。それは、聞いた当初は意味が分かりませんでした。だって、どうして今のお話の流れで「お願い」になるのでしょうか? そもそも、その「お願い」を私が叶えられるかどうかも、分かりませんし……。でも、聞くだけ聞いてみましょうか。私は、そう思いました。

「とりあえず、聞くだけならば……」

 私はそう言って、アラン様のお言葉の続きを待ちました。すると、アラン様は私から露骨に視線を逸らされて、頬を軽く染めていらっしゃいました。……その様子は、まるで恋する乙女のよう。……私も、アイザイア様の前ではこんな表情をしていたのかな、なんて思ってしまいます。

「……少しだけ、一緒にお話をしてほしいんです。あ、もちろん無理に、とは言いません。ほんの少しだけで、いいんです。……少しばかり、モニカ様とお話がしたくて……」

 アラン様は、そんなことをおっしゃって次に私の瞳をまっすぐに見つめていらっしゃいました。……私と、お話? そんなことが「お願い」の内容なのですか? そう思った私の頭の中には、何故かアイザイア様が浮かんでおりました。

 アラン様とお話をしていたことをアイザイア様が知れば、きっとお怒りになるでしょう。……ううん、私はお怒りになってほしいんだ。無関心だけは、止めてほしい。だって、無関心が一番辛いんだもの。それに、私ばっかりが嫉妬するなんて不公平でしょう? そう思った私は、アラン様の「お願い」を聞くことにしました。

「はい、それぐらいならば、いいですよ」

 そう言った私でしたが、後ろに控えていたヴィニーが「モニカ様……」と呟いたのが、聞こえてきてしまいました。後ろを振り向けば、そこには渋い顔をしたヴィニーが。もしかして、私の気持ちが伝わっていないのかしら? 私の、アイザイア様に嫉妬してもらいたいという気持ちが。私ばっかりが、嫉妬して。それがとても嫌なんですもの。

 そんなことを考えていた私の頭の中には、この間のビエナート侯爵家での夜会のことがすっかり抜け落ちていました。あの時、多分アイザイア様は嫉妬してくださっていたというのに。

「大丈夫よ、ヴィニー。少しばかりお話をするだけだから」

 なのに、私はそのことを思い出すことが出来なかった。だから、ヴィニーにそう言って笑いかけていました。少しだけ、ほんの少しお話をするだけ。たまには、いいじゃない。王宮の人以外の異性と会話をするのも、ちょっとは刺激になるじゃない。そんな、好奇心からの行動でした。好奇心は人を殺してしまうかもしれないのに。そんな言葉を、思い出すこともなかった。

 それから、私とアラン様はほんのしばしお話をすることになりました。立ち話なんて……とも思いましたが、ほんの少しだけという条件が付いていたので、私はその場で立ち話をすることを選びました。ただ、アラン様のお話に相槌を打ち、時折私の意見も言う。お話の内容は多岐にわたりましたが、メインは最近読んだ本のことでした。アイザイア様とは出来ない会話の数々。……それでも。

(……アイザイア様、だったらなぁ……)

 そう、思ってしまう私もいました。もしも、目の前の男性がアラン様ではなくて、アイザイア様だったら。そう思って、しまうのです。心の中にいらっしゃる男性は、いつだってアイザイア様。それ以外のお方なんて、想像もできない。今、アラン様と一緒に居るというのに。アラン様のことを、考えるべきなのに。

「……モニカ様?」

 そんな私のことを怪訝に思われたのか、アラン様がそんなお言葉を投げかけていらっしゃいました。だから、私は苦笑を浮かべることしか出来ませんでした。それを見られたアラン様は、何故かくすっと声を上げられて笑われます。……いったい、何がおかしいとおっしゃるのでしょうか?

「……いえ、アイザイア様のことを、考えていらっしゃいましたよね?」
「……えぇ、まぁ」

 アラン様のお言葉は、真実で。なんでバレてしまったのかは分からないものの、それでもそのお言葉を否定する気にはなれませんでした。だから、私は素直に認めたのです。アイザイア様のことを、考えていたということを。

 すると、アラン様は何処か少しばかり寂しそうな表情になってしまわれる。……いったい、どうなさったと言うのだろうか? どうやら、私は人の感情にかなり鈍いらしいです。だからこそ……アイザイア様を、怒らせてしまう。だからこそ、こうやって人を困らせてしまうのかもしれない。

「羨ましいんです」

 ポツリ、とアラン様からこぼれたお言葉は、そんなお言葉でした。羨ましい? いったい、何が? そう思ってしまいました。だって、アラン様だって恵まれたお生まれで、恵まれた育ちじゃない。確かに、お家のことはあるとは思うけれど……それでも、羨ましがることなんて私が知る限りでは、ないはずだ。

「……貴女に、そんなにも想っていただけるアイザイア様が、とても羨ましい。僕も……貴女に、そんな風に想ってほしいと思うのに」

 だから、私はアラン様のそのお言葉の意味を、すぐに理解することが出来ませんでした。あ、アラン様が……アイザイア様のことを、羨ましい? それも……

(私に想ってもらえるからって、それじゃあ、まるで――)

 ――アラン様が、私のことを好きみたいじゃない。

 そう、思った。
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