上 下
9 / 62
本編

第9話 『素敵な婚約者』 ③

しおりを挟む
「……落ち着いた?」

 それからしばらくしたころ、アイザイア様はただそれだけのお言葉を、私にかけてくださいました。その言葉に、私は少しだけ未だに流れていた涙を手で拭いながら、頷きます。

「……はい」

 ――どうして、私はあんなミス一つでここまで落ち込んでしまっていたのでしょうか。

 自然と、私の気持ちはそんな風に前向きになっていました。

 完璧じゃなかったら、ダメだ。完璧じゃないと……価値がない。人が文句をつけられないぐらい、完璧にならなくては。そう努力をしなければ。自然と、心がそう思ってしまっていた。だが……それは、結局自己満足でしかない。……それに、どれだけ頑張っても文句を言う人は言うのだ。

「……そっか。じゃあ、良かった」

 そんな風にアイザイア様に笑顔で言われると、胸の内が温かくなります。ですが、それを素直に口にすることは出来ず、私はただにっこりとした微笑みを浮かべていただけでした。素直に気持ちを伝えたい。そう、思ってはいるものの、なんだか照れくさくなってしまって、いつも結局伝えられないまま終わるのです。

 その後、アイザイア様と私はまた違う話で盛り上がりました。次のパーティーは王妃様の誕生日パーティーだろうかということや、美味しいスイーツショップが街にできたらしい、ということ。そんな普通の世間話を、楽しんでいました。

 ですが、話題が社交界の話になった時、私はふと嫌なことを思い出してしまいました。そのことが原因だと思います、どんどんまた気持ちが沈んでいくのです。

 それに、アイザイア様はいち早く気が付かれたようでした。そして、苦笑を浮かべられています。その苦笑は、きっと私が嫌だと思っていることを良く知っているからこそ、浮かべられたものだと思います。

「モニカ。次の夜会、あんまり気乗りしないんだね」
「……えぇ、まぁ」

 次の社交の場。それは、とある侯爵家で開かれる夜会でした。裕福であり、権力も持っている家が主催ということもあり、私の家であるエストレア公爵家も招待されています。しかも、王家の方もいらっしゃるのです。

 まぁ、王家の方がいらっしゃるというのは、私がこの夜会に招待された時点で、アイザイア様が私のエスコート役として参加する、ということが決まっただけなのですが……。

「まぁ、参加したくないのならば参加しなくてもいいけれどね。そう思うよ、俺はね」

 おっしゃられたお言葉。それが、アイザイア様の優しさだと私はよく知っています。ですが、いいえ、だからこそ、です。だからこそ……参加しないといけないのです。

 ――逃げたなんて、思われたくない。いつまでも、甘えてなんていられない。

 心にあったのは、その気持ちでした。いつもいつも、私に喧嘩を売ってくるその侯爵家のご令嬢。彼女を……今度こそ、見返してやるんだ。それに、いつまでもアイザイア様に甘えることは出来ない。

「……いいえ、私は参加しますわ。……せっかく、招待されているんですから」

 私はそう言って必死に不敵な笑みを浮かべていました。それに、先ほどまでめそめそしていた様子はなく、アイザイア様はただ一言「強くなったね」とだけ呟かれました。

 ――昔の私だったら、間違いなく悪口を言われたら、泣いていただろう。

 きっと、アイザイア様はそんなことを思っていらっしゃるのでしょう。

 ですが、アイザイア様のお心の中にはまた別の仄暗い感情が渦巻いていた。それに、私は気が付かなかったのです。だからこそ……あんなことが、起こってしまったのでしょう――……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

処理中です...