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それから二週間ほどが経ち、校内で囁かれる例の噂話も落ち着き始めていた。
秋晴れの爽やかな空の下、矢野は朝の冷たくなり始めた外気を濃紺のブレザーにまとい、学校までの道のりを自転車で駆け抜ける。
矢野は夜にアルバイトをしているということもあり、朝はめっぽう弱い。毎朝遅刻ギリギリの登校だ。
滑り込むように校門を抜けると、歩いている者は一人もいない。ホームルームは既に始まっている時間だ。
体育館裏の自転車置き場に自転車を停めて校舎内の階段を一段飛ばしで三階まで駆け上がる。矢野が息を切らしながら教室の扉を開けると、予想以上に音が響いて教室内の視線を一斉に浴びた。
「……遅れました」
矢野が掠れた声で言うと、生徒たちは再び前に視線を戻す。
「おはよう、矢野くん。もう少し早く起きられるようにね。机の上の進路相談のプリントは来週明けまでに提出してください」
呆れたような微笑でそう言った担任の女性教師は、矢野と入れ替わるように教室から立ち去った。
すぐに教室はざわめき始め、数名の男子生徒が「今日は間に合ったな」などと矢野に声をかけてくる。
授業の開始時刻には間に合ったため今日は遅刻扱いにはならないが、矢野は二学期に入ってから既に何度か遅刻をしていた。
すっかり眠気の覚めた矢野がリュックの中身を取り出していると、ますます目が覚めるような甲高い声が聞こえてくる。
「ねぇねぇ、大ニュース! 高センと小川先生結婚だって!」
あまりの声量に矢野や周囲の生徒が振り返ると、高瀬のクラスの女子が二名入ってきて矢野のクラスの女子達と大騒ぎをしている。
「えぇーっ! マジで?」
「今朝のホームルームで高センが発表したの!」
「やっぱり噂通りだったんだ!」
「へぇーマジかぁ……っていうか一時間目、高センの授業じゃん! なんか言ってくるかな?」
そんな噂話もすっかり忘れていた矢野は、そう話しかけてくる前の席の男子生徒に「……どうだろうな」と気のない返事をしながらペットボトルのお茶に口を付けた。
火照った体に水分がひんやりと染み渡る。外は寒いけれど冷たいお茶にしてよかったと思いながら矢野が二口目を口に含むと、ざわついていた教室が突然静まり返りヒソヒソ声へと変わる。
矢野が生徒たちの注目する先を見てみると、少し疲れたような様子で教室へ入ってくる高瀬の姿があった。お茶を流し込みゴクリと喉が鳴る。
「おはよう」
教壇に上がりそう挨拶した高瀬はどこか余所余所しい。返事をする生徒たちも浮き立つ様子で高瀬の言葉を待った。
「……えー、ではテキストの百七ページから――」
「あのっ、先生! 小川先生と結婚するんですか?」
チャイムが鳴り、何事もないかのように授業を始めようとする高瀬にしびれを切らした女子生徒の一人が思い切って発言すると、周りの友人達が悲鳴のような声を上げる。
「あー……情報が早いな。うん、来年にな。というわけで受験前なんだから授業に集中するぞ」
高瀬はきまりの悪い様子でそう言って授業を始めようとする。それを飲み込むどよめきが教室に広がり、ノリの良い男子生徒が「おめでとうございまーす」と声を上げると一斉に拍手と歓声が湧き上がった。
「ハハハ、ありがとな。おーい、始めるぞ、授業」
なかなか止まりそうにない騒ぎに高瀬は困惑の表情を浮かべながらもまんざらでもない様子で言う。
矢野は無表情のまま両手をペチペチと数回叩いて顔の赤くなった高瀬をぼんやりと眺めていた。
秋晴れの爽やかな空の下、矢野は朝の冷たくなり始めた外気を濃紺のブレザーにまとい、学校までの道のりを自転車で駆け抜ける。
矢野は夜にアルバイトをしているということもあり、朝はめっぽう弱い。毎朝遅刻ギリギリの登校だ。
滑り込むように校門を抜けると、歩いている者は一人もいない。ホームルームは既に始まっている時間だ。
体育館裏の自転車置き場に自転車を停めて校舎内の階段を一段飛ばしで三階まで駆け上がる。矢野が息を切らしながら教室の扉を開けると、予想以上に音が響いて教室内の視線を一斉に浴びた。
「……遅れました」
矢野が掠れた声で言うと、生徒たちは再び前に視線を戻す。
「おはよう、矢野くん。もう少し早く起きられるようにね。机の上の進路相談のプリントは来週明けまでに提出してください」
呆れたような微笑でそう言った担任の女性教師は、矢野と入れ替わるように教室から立ち去った。
すぐに教室はざわめき始め、数名の男子生徒が「今日は間に合ったな」などと矢野に声をかけてくる。
授業の開始時刻には間に合ったため今日は遅刻扱いにはならないが、矢野は二学期に入ってから既に何度か遅刻をしていた。
すっかり眠気の覚めた矢野がリュックの中身を取り出していると、ますます目が覚めるような甲高い声が聞こえてくる。
「ねぇねぇ、大ニュース! 高センと小川先生結婚だって!」
あまりの声量に矢野や周囲の生徒が振り返ると、高瀬のクラスの女子が二名入ってきて矢野のクラスの女子達と大騒ぎをしている。
「えぇーっ! マジで?」
「今朝のホームルームで高センが発表したの!」
「やっぱり噂通りだったんだ!」
「へぇーマジかぁ……っていうか一時間目、高センの授業じゃん! なんか言ってくるかな?」
そんな噂話もすっかり忘れていた矢野は、そう話しかけてくる前の席の男子生徒に「……どうだろうな」と気のない返事をしながらペットボトルのお茶に口を付けた。
火照った体に水分がひんやりと染み渡る。外は寒いけれど冷たいお茶にしてよかったと思いながら矢野が二口目を口に含むと、ざわついていた教室が突然静まり返りヒソヒソ声へと変わる。
矢野が生徒たちの注目する先を見てみると、少し疲れたような様子で教室へ入ってくる高瀬の姿があった。お茶を流し込みゴクリと喉が鳴る。
「おはよう」
教壇に上がりそう挨拶した高瀬はどこか余所余所しい。返事をする生徒たちも浮き立つ様子で高瀬の言葉を待った。
「……えー、ではテキストの百七ページから――」
「あのっ、先生! 小川先生と結婚するんですか?」
チャイムが鳴り、何事もないかのように授業を始めようとする高瀬にしびれを切らした女子生徒の一人が思い切って発言すると、周りの友人達が悲鳴のような声を上げる。
「あー……情報が早いな。うん、来年にな。というわけで受験前なんだから授業に集中するぞ」
高瀬はきまりの悪い様子でそう言って授業を始めようとする。それを飲み込むどよめきが教室に広がり、ノリの良い男子生徒が「おめでとうございまーす」と声を上げると一斉に拍手と歓声が湧き上がった。
「ハハハ、ありがとな。おーい、始めるぞ、授業」
なかなか止まりそうにない騒ぎに高瀬は困惑の表情を浮かべながらもまんざらでもない様子で言う。
矢野は無表情のまま両手をペチペチと数回叩いて顔の赤くなった高瀬をぼんやりと眺めていた。
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