高身長くんは抱かれたい!

こまむら

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第7話

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離れたくないと思ってしまったんだ
また今度、まだそう言いたくなかった
寝顔見ていながら。
俺の作った朝ごはんを美味しいと食べている木元を見ていて、募った。
今日は休みと言っていた。
でも俺には仕事がある。
木元が暇ならもう一緒に連れて行ってしまおう、そう思うより先に口は動いていた
何だか色々嬉しい事を言ってくれて居たが、あまり高く望みを持っては自害することになる。気にしない、気にしない。
スケジュールを決めなければ彼はダラダラと惰性する傾向があるからそこしっかりしないと、とスマホで時間を確認した後口を開いた。
「15時から18時までで、天王寺でなんやけど。行ける?」
「お~ええよ。電車で行くんか?」
ご飯を頬張り、左の頬をリスのように膨らませてこちらを見る
小動物の様でとても愛らしかった
「いや車出すわ。買いもんしたかったら早めに行くし」
「ほならな、楽器屋行きたいねんな。ギターのメンテナンス頼まれててな、やっと弦張れば終われんねん」
彼の仕事はギター講師
楽器メーカーの店と同じ店舗内でギターを教えている
そこそこ人気があるらしく鼻高々にそう教えてもらった。
分かったわ、と返事をしてパソコンの前に座る
俺の仕事は2つ。
表向きはプログラマー
もう一つは配信サイトでのゲーム実況
長くやって来てココ最近はゲーム実況だけでそこそこの稼ぎが出るようになった為
表向きの仕事は会社勤めと木元には言ってあるが頼まれた時のみの非常勤完全リモート。
辞めると言ったが何処も人手不足、こちらの条件を飲んでまで置いておきたかったらしい。
SNSへ今日のイベントの告知を投稿する
整理券が配られる、いわば先着順
混雑が予想されるからその旨も伝える
有難い話だ。
「僕はその間何してればええん?カフェは入れるんかな?」
振り返ればカチャカチャと綺麗に食べ終わった食器を重ねている所だった。
「関係者用の席があるからそこでもええし…たまに俺の配信出てくれてるから飛び込み参戦でもおもろいんちゃう?」
「えっ?それはアカンやろ…みんな『みやび』を見に来てるんやろ?ブーイングされるわ…」
意外と君のファンは多い。と伝えた
配信中は『太郎』と呼んでいて、不規則だが一緒にゲームをする
そして『太郎』はゲームも上手い。多分器用なんだと思う。
食器をシンクへ降ろすと嬉しそうにはにかみながらそうかぁと呟いた。
「まぁけど、関係者席に座るわ。僕も普通にカフェは楽しみたい。なんならちょっとグッズも欲しい」
純粋にこのゲームの1ファンである木元はちょっと楽しみにしてくれているようで良かった。
正規のオープン日は明日で、今日は景気づけで呼ばれた。
だからゲームのファンというより、俺のファンでいてくれる人達の来店が今日だけは多いと思う。
「ほんじゃ13時に出るから準備しといてや」
「分かったーじゃあ僕はこの前置いてったギターでも触ってようかな」
先週仕事帰りに来た時に木元はギターを忘れた。
平気なんかと聞いたが、何本もあるしへーきやぁと笑っていた。
そういえば、ちゃんと木元がギターを触ってるところなんて見た事ない。
ちょっと嬉しくて、作業をさっと終わらせて隣で聴いてようかな、なんて思うとタイピングは少し加速した。
寝室とは他の物を置いてる部屋へ取りに行き戻ってきた木元はソファに深く腰をかけ、カバーのジップを開けた。
「そうや、置いてったのアコギか。丁度ええな」
誰に言うでもなくそうボヤくと取り出して、コードを刻むわけでもなく弦をポンっと鳴らした。
「なんやチューニングからか。そりゃそうか偉いな僕は」
そそくさと作業を終わらせた、というより切り上げた俺はキッチンでコーヒーを入れていた。
「チューニングってそんなすぐズレるんかいや」
「ズレるズレる。よりこれはわざとやな」
スマホを取り出し、チューニングアプリを起動させた木元は左手で1弦からポン、ポンと音を鳴らしながら弦を締めていく。
「わざと?そのままにしといたら楽なんちゃう」
「ちゃうねん、そのままにしといたら楽なんやけどなネックが歪むねんな」
ネックってここな、と右手をスルスルと滑らせる。
俺は音楽には滅法弱い。
流行りの音楽は高校生の時で止まっている。
当たり前にギターの事なんて何も知らない。
ふぅんと返事を返し、沸いた湯をインスタントコーヒーの入ったマグカップへ注ぐ。
「僕さぁ、左利きやろ?やから何やっても皆と同じように出来んくて。箸持てば肘が右利きとバトルするしハサミは切れんし改札もスっと通れるようになるまで時間かかるしな」
誰が聞いたでもなくポツポツと話す。
返事はしないでコーヒーを啜る音で返事とした。
「やけどな、左利きですっごいギターが上手いギタリストのライブ映像見たんよ。これや!おもて。アホやからオカンにギターねだってやっすいアコギ買ってもろてそこからギターしかやってへんから、こいつしかおらんのよ。」
話の途中で聴こえる音が、ポイーン、ポイーンと少しずつ綺麗な音に変わっていく。
普段音楽が響かない部屋に、綺麗なギターの音が響くといつものインスタントコーヒーが美味しかった。
「優しくせなね、こいつと喧嘩する訳には行かんから」
優しい表情だった。
見た事が無いくらい優しい表情だった。
素直にカッコイイと、横顔を見て思った。
「ようわからんけど、木元今めちゃくちゃかっこええよ」
言ってからクサイ台詞やなと恥ずかしくなった。
スマホに向かっていた目線がこちらへ向いたと思うと
「それはどういう意味や?」と返ってくる。
「どういう意味って?」と疑問に疑問で聞くと
「鑑賞物に言っとるのか。ライクかラブか。やな」
何でそんなこと聞くんや、と思った。言おうかと思ったがあまりに木元が真剣な表情だったからいえなかった。
「その質問内容なら8割ラブやな。木元のギター弾いてる姿見たん初めてやから、鑑賞物2割。」
「そうかぁ。よっさんからのラブなら嬉しいな。ほんまは鑑賞物10が嬉しいんやろけど」
「それこそどういう意味や?やな。」
友達に言われたから嬉しいのか
好きな人に言われたから嬉しいのか。
ライクかラブか。
ライクだろうから聞きたくもないが
矛盾とはこの事なんだろう。
1回寝たからか?
良かったと褒められたからか?
少しでもヤキモチを妬いてくれたからか?
俺は一体何に期待したんだろうか。
会話の間行っていたチューニングは終わったようで
6弦を一辺倒に弾いた音で我に返る。
「その質問はこの曲当てたら教えてあげよう吉村くん。」
言い終わるや否や、膝の上で待っていたアコースティックギターが口を開き綺麗な音色を響かせる。
聴いても分からんよ、早々に諦めていた俺はスマホの音源聴き取りを初めて起動した。
綺麗な曲だ。
何も分からない俺はただ、楽しそうに足でリズムを取り、ギターを弾く木元に魅入っていた。
俺の代わりに聴いていてくれたスマホの画面には『検索結果が出ました』と一緒に曲名が出ていた。
タイトルは『揺れる』
それと一緒にアコースティックギターを抱え、髭を生やした男性がこちらを見ている画像が出ていた。
スクロールすると歌詞が表示されていたのでツラツラと読んでいく。
友達だと思っていた人に惹かれつつある自分の心情を歌った物だった。
いい歌詞だと純粋に思う。
綺麗なメロディで少しだけ悲しそうな曲調。
ふと木元を見れば楽しそうにパクパクと口ずさんでいるようだった。
彼にもそういう思いを抱いた経験があるのだろうか。
この歌詞に共感して賛同して。
少しだけ落ち込む自分がいた。
俺はそうはなれない、なれたとしても木元を世間一般の幸せに導くことはしてあげられない。


俺は見なかったことにして静かにスマホを閉じた。



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