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しおりを挟むリーヴィアとジャンは古地図片手に旧市街を歩き回っていた。
「この通りが昔の川筋なんだ」
細く緩やかに蛇行している道をジャンが示す。
「本当だ。言われてみると昔は川だった痕跡があるわね。周囲より低くなってるし」
二人は昔の川筋を辿りながら現在の地図に色を塗っていった。
二人が楽しそうにあーだこうだと言いながら歩いていると、老人に呼び止められた。
「君たちは何をしてるんだね?」
「学校の課題で治水工事の歴史について調べているんです」
「ウエストリバーの付け替え工事に伴って埋め立てられた川の跡を歩いているところです」
老人は長いヒゲを撫でながら、おぅおぅと変な感心するような声を立ててから、
「ここに川があったことを思い出す者もめっきり居なくなった」
と懐かしそうにいった。
「ここで道が大きく湾曲しとるだろ?
大雨が降ると洪水が起きてな」
老人が72年前の大水害についての思い出話をするのをジャンとリーヴィアは真剣にメモに取った。
「実際に住まれていた方からお話を聞けるとは、大変参考になります」
それに気を良くした老人は幼い頃のエピソードを織り交ぜながら、
「付け替え工事と言っても元の川を完全に埋め立てたわけではない。
一部暗渠として残っているところがあるんだ」
と古い市場になっている一角を案内してくれた。
市場には独特の雰囲気が漂っていて、リーヴィアはゾクゾクした。
「なんだか外国に旅行に来たみたい。
・・・外国に行ったことは無いんだけど」
老人は少し気まずそうに、
「この辺はカロン人が集まるコミュニティなんだ」
とポツリと言った。
カロン人は戦争の時に強制労働をさせる為に連れてこられた。
そして戦後も自国に帰らずにこの国に留まる人達がいる。
この国の中にはカロン人を差別する人間が少なからずいて、近年融和政策が取られてはいるものの、両者は緩やかに分断されている。
危険な川沿いにどのように集落が形成されていったかを老人は遠慮がちに教えてくれたが、多分にセンシティブな内容を含んでいたので、そのことをレポートに書くかどうかは要話し合いだな、とリーヴィアとジャンはお互いに思っていた。
老人にお礼を言って別れた二人は繁華街に戻ってカフェで一休みすることにした。
「いままで歩いた場所とおじいさんの話の内容を整理しよう」
二人がニコニコと笑いながら、「この店でどう?」「ちょっとお高くない?」「じゃ、こっちにする?」と店を物色している様子をラルスが見ていた。
校門前に馬鹿みたいに突っ立って待ちぼうけを食らったラルスは少しイラついていた。
待ちぼうけと言っても、リーヴィアがラルスと約束していた訳でもなくラルスが勝手に待っていただけなのだが。
そのラルスの視線の先に楽しそうに会話するリーヴィアとジャン・ディドロの姿を認めてラルスは嫌な気分になった。
『俺はリーヴィアの事を考えて今日話し合いをしようと思って炎天下で待っていたのに』
いつものように不安気にオドオドと現れるはずのリーヴィアが約束をすっぽかしてディドロと仲良くカフェでお茶をしようとしている。
そのことがラルスを苛つかせた。
自分は婚約者を放っぽいて女の子と遊び歩くクズの役割を買って出て、来たる婚約破棄に於いてリーヴィアに瑕疵がないように気を遣っているのに。
いつも被害者面してオドオドしてるくせに、いつの間にかちゃっかりジャン・ディドロなんかと仲良くなってデートしてるなんて。
大体ジャン・ディドロなんて女みたいな顔した奴のどこが良いんだよ。
ラルスはもう何年も見たことのない柔らかな笑顔をジャンに向けるリーヴィアを見て何故か胸がジリジリした。
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