そして私は惰眠を貪る

猫枕

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 それが都合の良い勝手な感情だということは自分でも理解していた。

 だけどラルスはリーヴィアの屈託のない笑顔を見た時に、何故か胸がずっしりと重くなるような感覚になった。


 ラルスはリーヴィアとジャンが仲良く入っていったカフェに遅れて入ると観葉植物の鉢植えで遮られた隣の席に陣取った。

 ラルスが無視をするようになってから、それに比例するように女子達から嫌がらせを受けるようになったリーヴィア。

 次第に笑顔が消えていってひっそりと目立たないようにしているリーヴィア。

 そのリーヴィアがジャンと明るい声で楽しそうに話している。

 昔、幼い頃水路でカエルやイモリを捕まえて遊んでいた頃のように。

 「あんな風に昔の川筋が道になって残ってるなんて感動したわ」

「そんな風に言ってくれると嬉しいな。
 地形に興味を持ってくれる人は少ないからね」

「そんな事ないと思うわ。私、地図を見るのも大好きなのよ。
 自称『突端マニア』なんだから」

「なにそれ?」

「地図上で岬とか台地の先端とか見るのが大好きなの。実物はなかなか見られないけど」

「川の中州とか好き?」

「好き~」

 いつも沈んだ顔をしているリーヴィアがラルスには見せることのない笑顔でジャンと話している。

「あのさ、ドゥルスト川の河岸段丘見たことある?」

「一度見てみたいのよ。あそこ列車の駅からも遠いからなかなか行く機会なくて」

「今度一緒に行かない?」

「いいけど、どうやって?」

「駅で貸自転車借りて行けばいいよ」

「・・・私、自転車乗れないわ」

「僕が後ろに乗せてあげるよ」

「ホント?」

 ラルスはリーヴィアがジャンの自転車の後ろに乗ってそよ風の吹く田舎道を進んでいくところを想像して、苦い気持ちになった。

 自分は散々リーヴィアを蔑ろにしてコリーナといちゃついてきたというのに。

「このあとどうする?」

「図書館に戻る?改修工事の変遷とそれに伴って水害がどんな風に鎮静化していったか、とか調べたらいいんじゃないかな?」

「うん。時間があれば放課後毎日残って模型とか作れるんだけどね」

「5人全員で協力できれば出来るんだろうけど、2人じゃ無理だよね」

 ここでラルスはリーヴィアとジャンが研究発表の為に2人で協力して何か調査していることを知った。

 コリーナとの約束を反故にして2人だけで相談して楽しそうに川かなんかのことを調べてるってわけだ。

 もっともコリーナは最初から来るつもりもなかったわけだからリーヴィアが約束を反故にした、というのはちょっと違うかも知れない。

 だけど不安気に待ちぼうけを食らうリーヴィアを慰めるつもりだったラルスは、来ないリーヴィアを頭頂部を焦がしながら2時間近く待ち続けたことに勝手に被害者意識を持っていた。



「・・・だけどあの3人はどういうつもりなのかな?何もしなけりゃ卒業できないのに」

「・・・コリーナさんは有力者の娘だから単位くらいどうとでもなるのかもね」

「学校も権力者の前には平伏すのか?
 ま、そんなもんかも知れないよな。

 じゃ、ダ・シルバさんと彼女のお気に入りだけは何もしなくても卒業できて、僕達だけ落第ってこと?」

「・・・そこまで考えてるかは分からないけど、私のことが気に入らないのは間違いないと思うわ。
 ディドロさんのことは巻き込んじゃって申し訳無いけど」

「ディドロさん、なんてヤメてよ。
 ジャンって呼んでくれる?」

「じゃ、私はリーヴィアで」

 リーヴィアは嬉しそうに頬を赤らめながら、

「なんだか私達友達みたい」
 
 とジャンに言った。

「もう友達だろう?」

「私、友達少ないからジャンが友達になってくれて嬉しいな」

「・・・リーヴィアはどうしてそこまでダ・シルバさん達に目の敵にされてるの?」

「・・・私がラルス・ヴァルノーさんの婚約者だからじゃない?形だけだけど」

 ラルスは他人行儀にヴァルノーさんと呼ばれてムッとした。

「・・・リーヴィアはヴァルノーさんのことが好きなの?」

「全然」

 ここでラルスはそこはかとなく傷ついた。

 リーヴィアのことなんか何とも思っていなかったけど、学園一のイケメンの自分のことを「全然好きじゃない」と即答されたことが彼のプライドを傷つけたのかも知れない。

 つくづく勝手な男だ。

「・・じゃ、婚約解消したらいいんじゃない?
 向こうもホラ、他の女の子に夢中みたいだしさ、そのせいで君も嫌がらせに遭ってるんでしょ?」

「できるもんならしてるわよ!」

 リーヴィアは少し大きな声を出してから、ゴメンと言って気を落ち着かせるようにレモネードを一口飲んだ。

「自分の両親にも何度も言ったし、ヴァルノーさんのお母様にも直談判したけど、ゼリーほどの感触もなかったわ」

 ここでラルスは驚いた。

 リーヴィアが直接婚約の解消を申し出ていることを知らなかったからだ。

 ラルスの中では母親が何故だかこの結婚に執着していることは知っていたが、心のどこかでリーヴィアも自分に執着しているのではないかと思っていたからだ。

 ラルスはリーヴィアの為にこの結婚は回避しなければいけないと思ってはいたが、その一方で日常的に繰り返される嫌がらせに黙って耐えるリーヴィアはそうしてまで自分との結婚を望んでいるのだ、と思っていたのだ。

 だからリーヴィアが、「できるもんならしてるわよ!」と言った吐き捨てるような口調にラルスは少し傷ついた。



 




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