そして私は惰眠を貪る

猫枕

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 ラルスは極力リーヴィアを無視することにした。

 二人の相性がどうしようもなく悪い、ということになればこの婚約は続行不可能ということになるだろう、と思ったからだ。

 ラルスの計画はこうだ。

 リーヴィアを放置する一方で複数の女の子と遊び歩いていれば、素行の悪さがリュネール家にも伝わって抗議の手紙の一通も届くだろう。

 両家が揃ったところでラルスがリーヴィアを侮辱するようなことを言う。
 
「リーヴィアには女の子としての魅力が無い。
 僕の好みと全く違う。
 結婚なんかしたくない」

 そんなことを言われれば流石にリーヴィアの両親もカンカンに怒って破談になるはずだ。

 ところが、ラルスがいくら女の子と遊び歩いても一向にリュネール家から苦言を呈されることはなかった。

 業を煮やしたラルスがリーヴィアの父ダヴィッドに面会を申し入れ、

「僕の素行の悪さを理由にして婚約を解消するようにヴァルノー家に申し入れてください」
 
 と頼んだが、

「う~ん、でもフェリクスがダメだって言うと思うよ。
 フェリクスはヨハンナのお願いには弱いからね」

 という何とも情けない返事しかもらえなかった。

 一体この人は一人娘を犠牲にしてまで父の言いなりになるなんて、どんな弱みを握られているのだろう?

 両家の間に金銭の貸し借りがあるわけでもないし、リュネールがヴァルノーと関係を絶っても特に不利益は無いはず。

 それとも父はそうなれば全力でダヴィッドの会社が立ち行かなくなるように嫌がらせでもするというのだろうか?

 染み付いたイジメられっ子根性がいい年をした現在に至るまでリュネール夫妻を呪縛しているのだろうか?

 だとしたら申し訳ない。

 申し訳ないけれど、いい加減克服して娘くらい守れよ、と思った。



 そんなわけでラルスにしてみれば、

『リーヴィアなんかに興味は無い』

 作戦を続行するくらいしか目下のところ手がない、といった状況なのだが、そのせいでリーヴィアが他の生徒達から中傷や嫌がらせを受ける事態に陥ってしまい、そのことについては申し訳無いと思っていた。

 何度かコリーナにリーヴィアをイジメないで欲しい、というようなことを言ったのだが、

「イジメてなんかないわよ。周りが勝手にやってるだけ」

 と取り合わない。

「アナタがさっさと婚約解消すればあの子も苦しまなくて済むんじゃない?」
 
「アナタ達の問題を私に非があるかのように言うのはヤメてよね」

 と最も至極なことを言われてしまう。

 
 諦めたようなため息をついて、極々限られた交友関係の中で息を潜めるようにしているリーヴィアを見ると、なんとも憐れな気分になる。


『オマエだってこんな状況は嫌だろう?

 自分のことなんだからさ、リーヴィアもハッキリと俺なんか嫌だって意思表示しろよ!』

 リーヴィアも直談判に行っていることを知らないラルスは、どうして自分ばかりが気を揉まないといけないのだろうか、と少々苛立っていた。

 そんな時、例の研究発表会のグループ編成が組まれた。

 気詰まりな雰囲気の中でいかにも身の置き場が無い、といった様子のリーヴィアを目の端で捉えながら、ラルスはどうしたもんだろう?と思案していた。

 おずおずと提案してきたリーヴィアをコリーナは完全にスルーした。
 ラルスがここでリーヴィアに賛同するようなことを言えばコリーナが腹を立てるに決まっている。
 ラルスが見ていない所でリーヴィアが余計に嫌がらせを受けると思うと黙っているしかなかった。

 結局この日は何も決まらず授業を終えた。

 そのあとコリーナが取り巻き連中とリーヴィアを陥れる算段をしているのを偶然聞いてしまった。

 嘘の約束で待ちぼうけをくらわせて笑い者にしようというのだ。


 彼女達は去年も同じような事をした。

 嘘の集合場所に放置されたリーヴィアは降り出した雨でずぶ濡れになったらしい。

 そのせいで風邪をひいて何日も学校を休んだリーヴィアは危うく肺炎一歩手前だったという。
 

「形だけでも婚約者なのに、あんまりじゃない?」

 廊下ですれ違ったヴェリタスがラルスを睨みつけた。

 リーヴィアは熱を出して寝込んでいるのよ、と。

 ヴェリタスはラルスがコリーナ達の計画を知っていて止めなかったと思っているようだった。

 きっとリーヴィアの中でも嫌がらせをしたメンバーの中に自分も数えられているのだろう、と思うとラルスの気分は落ち込んだが訂正する気にもならなかった。


 

 そして今日。またリーヴィアに待ちぼうけをくらわせようとコリーナ達が悪巧みをしていることか分かった。

 ラルスはこれを機会に一度リーヴィアと話し合おうと思って校門前に行った。

 朝10時前から2時間待ったが結局誰も来なかった。

 日射しが強く、午前中にして既に炎天下だ。


『流石にリーヴィアも同じ手には引っかからなかったか』

 ラルスはホッとしたような少し残念なような気持ちがした。

 彼の中では〝不安な表情で佇むリーヴィアに少しぶっきらぼうに声をかける自分〟のイメージが出来上がっていたからだ。
 ラルスはなんとなくそのまま家に帰りたくなくて市街地へ歩いて行った。


 

 

 


 
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