飼い猫はご主人を食べる

箱庭でのせいかつ

初夏の田畑

ここでの生活も大分慣れてきた初夏。

僕のお腹はあれから少し減って、
お肌もサラサラツルツルになって、
毛量も普通になってきた。
太もものお肉が擦れあって痛いのも無くなった。

健康的なちょいポチャおじさんに変化したのだ。

ただ、これ以上痩せると神様が怒るから、これを維持するようにってフクが言ってた。
神様はこういう体型が好きなんだって…
確かに筋肉でカチカチの膝よりはぜい肉が付いてる方がいいのかもしれない。
天然の座布団だな。

僕は田んぼを見ながら清々しい空気を吸い込む。

「結構イネも育ってきたね」
「うむ、美味い米が取れると良いな」
「うん…でも、本当に病気とか無いんだよね？」
「うむ」

長雨とか、逆に全く降らないとか、暑すぎるとか、寒すぎるとか…。
露地栽培は作物の出来が天候に左右されるので病気が無いだけで上手くいくわけじゃない。
病気が無ければ上手くいくんなら、農薬を使っている農家はいつも豊作になるはずだ。

とはいえ、病気が無いというのは有難い。
その為に農薬を撒いているんだから。

「無農薬有機栽培か…。
　オーガニック野菜って高いんだよね。
　誰が買うんだろうって思ってたよ」
「ご主人だって売ってたでしょ？」
「うん、だから買う人を見たときちょっと驚いた。
　僕は買った事も食べたこともないから…
　田舎で食べてたのも、有機肥料じゃないし」

自分ちが食べる分は農薬を使わないけど、肥料はどうしても必要で、そうなると化学肥料のほうが安いし便利だ。臭いもそれほどじゃない。

「堆肥とか作らないの？」
「自分とこで作ってる人はほとんどいないよ。
　生ごみを肥料にするやつはたまに見るけど…」

堆肥は発酵が終わるまでとにかく臭い。
生ごみも、同じく。

「俺が子どもの時は、草を混ぜたりしてたな」
「へえー、刈敷かっしきだ」

何せ1000年前のことだ。
堆肥もまだ一般的じゃなかったのかもしれない。

肥料の歴史か…
なかなか興味深い話だな。

「フクの子どもの頃は？」
「ふむ、灰を撒いているのは見たかな…」
「じゃあボタンの子どもの頃って？」
「うーん…ぼく、町の生まれだから分かんない」
「都会っ子だったんだね」

そっか、昔はネズミを捕るために猫を飼ってたんだから、家で飼われてるとそこまで行動範囲が広くないんだな。
田舎だと地域猫的な飼われ方したりもするけど。

「さて、畑のほうへ行って作業しよう」

田んぼから移動して畑へ。
青虫を捕るのに専念する僕ら…

最初はたとえ虫でも神域の生き物だし、駆除していいのかな…なんて思ってたけど、よく考えたら「神域のニワトリ」という場所によっては神様のお使い的な扱いのものを食べてるんだし今更だった。

ごめんね、次は畑以外の場所で生まれてくるんだよ…って思いながら青虫を摘んでは踏んづける。
ナメクジも同様。
ごめんね、次は長生きできるとこへ生まれておいでね、って思いながら潰す。

日が高くなって、少し暑くなってきた。
初夏の陽射しは、現世のより柔らかくて爽やかだ。

「さて、そろそろ昼にしようか」
「うん、お腹すいたね」
「今日のおにぎりはおかかだぞ～」
「わーい」

お昼はおにぎり、お漬物、ゆで卵。

塩やおかかはどこから来るんだろう…
現世で買ってくるのかな。
でもお金って稼ぎようがないよな…

うーん。

「おかか美味しい！」
「アクセントのゴマがいいね」
「ありがとご主人」チュッ。
「ひゃっ」

でもそんな謎、みんなとワイワイやってるうちに、そんな疑問はどうでも良くなっちゃうんだ。

お昼を食べたら水撒きだ。
それからトマトの剪定…つき過ぎた実の間引きも。

ゆったりと日々の暮らしが続いて行く。

人間をやめつつある僕は、人生で一番人間らしい生活をしていた。