飼い猫はご主人を食べる

紫蘇

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箱庭でのせいかつ

猫神様の来訪 1

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初夏、と言えば梅雨。
この神域でも慎ましやかな梅雨がやってくる。

現世の梅雨は昨今災害を引き起こしたりもするけど、ここは穏やかそのものだ。
今日は畑仕事もそこそこに、縁側でみんなと寛ぐ。
朝からフクはどこかへ出かけていて、ボタンとスミが僕の両脇にくっついている。

「雨、やまないかな…」
「まあ、こういう日があってもいいよ。
 紫陽花が綺麗だね」
「そういえば青が好き?ピンクが好き?」
「んー…青かな。涼し気でいいよね」

庭には季節ごとの花や果樹が植えられている。
すでにびわとサクランボは収穫して、コンポートにしたりお酒につけたりして毎日少しずつ楽しんでいる。

特にサクランボは蛍光色のイラをピンセットで一生懸命駆除した甲斐もあって、豊作だった。
現世では高級フルーツなのに、食べ放題で嬉しかったな…。

「そういえばご主人、最近いい匂いがする」
「えっ、そう?人によって臭かったりするやつじゃなくて?」
「果物を食べてるから果物の匂いがするんじゃないか?」
「そんなもんかな…」

でも、確かに体臭は減ったと思う。

現世では売れ残りの弁当とPBの袋ラーメン、転職してからは賄いと袋ラーメンばかり食べていた。
別に袋ラーメンが好きなわけじゃないけど、簡単で安いし…
炊飯器なんて殆ど使ってないや。

「健康的な食事って、大事なんだね」
「ご主人、もやしぐらいしか野菜食べてなかっただろ」
「うん、まあ…もやしで袋ラーメンをかさましすれば、お腹いっぱいにはなるからなあ」

冷蔵庫にはセールの時に買った安いお酒だけが入ってて、調味料と言えば塩くらい。

「不健康だったなあ」
「…俺らの飯代のせいだろ」
「はは、お金があってもそんな生活だと思うよ?
 社会人になった最初はスマホ決済なんて使えなかったし、殆どが現金払いだからね。
 お金を卸す暇が無いから財布にお金がないんだよ。
 ペットショップではカード決済ができたから、それはありがたかったかな…」

そう言うとボタンは呆れたように言った。

「働き過ぎだよ、ご主人」
「僕らの世代はそれが普通だったんだよ。
 不況の中正社員にしてんだっていう意識がどうしてもあってさ、自分の代わりなんかいくらでもいるっていう状況がね…恐怖だったんだよ」
「恐ろしいね」
「うん、そういう時代さ。
 社会の奴隷…文句も言わずに死ぬほど働いて年金貰える歳になる前に死ぬのさ」
「怖いねえ」
「派遣や契約の人よりはずっとましだよ」

でも、安定の為に身を削る生活は終わった。
車もパソコンもテレビも無いけど、ここでの暮らしは豊かだと思う。
まあ、現世でも車は無かったけどね。

「そういえば、フクはどこへ行ったの?」
「神様を迎えに行ってる」
「そうなんだ……えっ?」
「猫神様が来るんだ、ご主人の座り心地を確認しに」
「ええっ…!!」

それって事と次第によってはここから追放されるやつ!?
どうしよう、緊張してきた。

「じゃ、じゃあお風呂に入って身を清めておかないと…」
「そこまでしなくていいって。
 ご主人の匂いが消えちゃうだろ」
「ええええ」

ほんとに?
本当にそうなの?

「でも、気に入られないといけないんでしょ」
「気に入らないって事は無いよ、大丈夫」
「ほんとに!?」

そうやって僕が慌てているうちに、玄関から鈴の音がした。

「…えっ」
「ああ、お越しになったみたい」
「だ、だれが…?」
「猫神様が」

嘘ッ!!
どうしよう!!

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