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第34話 ローゼン公爵の能力
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ローゼン公爵の勘違いからの誤解が解け、落ち着きを取り戻したクリストフは、クリストフの侍女エレナが取り分けてくれたビスケット付きのケーキを食べようとして、フォークを持った手を止めた。
先ほどは婚前交渉などと言うとんでもない話が出たために有耶無耶になってしまったが、「毒味」の件について明らかにしなければならない。ちらりと視線を上げると、ローゼン公爵もクリストフを見ていた。
「……閣下」
エレナも「毒味」については何も知らなかったようだ。おずおずとローゼン公爵に問いかける。
「お毒味の件なのですが、閣下御自からご担当されるのでしょうか?」
「もちろんだ」
「で、ですが、王宮内には王族専用の毒味役がいるとか。毒に対する訓練を積んでいるとも聞きますし、専門の担当者に任せた方がよろしいのでは」
「君の意見はもっともだ。だが、私にも考えがあってな」
そのとき、貴賓室の扉が叩かれた。ただ一人始終冷静だったローゼン公爵の侍従アルベルトの姉イルザが扉を開け、バルトル侯爵家の上級使用人らしき女性に「何でもない」と答える。おそらく、騒動が扉の外まで聞こえたのだろう。
ふと、クリストフは急に違和感を覚えた。周囲の空気が歪み、また整えられたような感覚。そして、部屋全体が何かに包まれている気がする。
天井から床までぐるりと見回すと、すっかり元の顔色に戻ったローゼン公爵が目を細めて扉を見ていた。
「ねぇ、何か変じゃない?」
「何か、とは」
クリストフの問いかけにローゼン公爵は片眉を持ち上げた。逆に問われてしまったが、うまく説明できない。空気が変わったなどと言っても目に見えるものではないのだ。クリストフは答えられずにクリームのついたビスケットを口に放り込んだ。
爽やかな酸味のあるクリームが、甘いビスケットの味を引き立てる。今しがた感じた空気の変化は気のせいだったのかもしれない。口の中に広がる新しい味に、ほんの少しの違和感はすぐに忘れ去られてしまった。
「お口に合いましたか?」
「うん!美味しいよ。皆も食べてみたら?」
エレナやアルベルトにケーキを勧めながら、次にクリストフが目をつけたのは、ジュースだと思われる飲み物だった。白花の館の朝食に出るジュースは明るい黄色で甘酸っぱい味だが、バルトル侯爵が用意した瓶の中身は苺のような色である。もしや苺のジュースなのではないか。
高まる期待に勝手に瓶に手を伸ばすと、またしてもローゼン公爵がそれを先に奪い取ってしまった。
「アルベルト」
ローゼン公爵の呼びかけにアルベルトが急ぎグラスを手に持ち、ローゼン公爵から瓶を受け取って、手早く中身をグラスへと注ぐ。また毒味をする気だ。
「待ってよ!」
クリストフはソファから降りて立ち上がった。今度はローゼン公爵に飛びかかりはしない。グラスを持った手に狙いを定める。
だが、伸ばした手が届く前にグラスはすぐに遥か頭上へと持ち上げられてしまった。こんなときに背の高さを利用するなんて卑怯だ。クリストフはローゼン公爵を見上げて睨んだ。
「よこせよ!」
クリストフは飛び跳ねた。しかし馬鹿にしたような笑みがクリストフを見下ろしてくる。
「『毒味』をする、と申し上げましたでしょう?」
「そんなの必要ないよ!」
「いいえ、必要です」
ローゼン公爵は左眉を持ち上げた。
「そうやって貴方様は安易に物を口にされようとする。王族としての自覚をお持ち下さい。館の食事は私が管理していましたが、これはバルトル侯爵家の者が作ったもの。あのベルモント公爵の手下が紛れ込み、この飲み物に何か仕込んでいたらどうするのですか?」
「だからってあんたが先に飲むことないだろ!本当に毒が入ってたらどうするんだよ!」
「それだからこそ、私が貴方様より先に飲むのですよ。全く……『毒味』の意味がお分かりでないとは」
「俺に毒を盛る奴なんかいないよ!殺したって意味ないだろ!」
「殺される可能性があると以前ご説明いたしました。重要な話をすぐにお忘れになられては困りますね」
「いいからよこせよ!毒が入ってたってあんたが飲むことないんだよ!」
「いいえ。これは私の役目です」
そう言ってローゼン公爵はひと息にグラスの中身を飲み干してしまった。
クリストフの心臓が大きく胸を打ち、呼吸が止まった。体が凍りついたように冷たくなっていく。本当にあのジュースに毒が入っていたとしたら。ローゼン公爵の体に何かあれば。
喉を抑えて苦しみだすローゼン公爵の姿が目前に映し出され、狼狽えるアルベルトやエレナ、イルザの姿まで見えるようだった。また失ってしまう。そんな声が心の奥から聞こえてきた。
クリストフはすでに飛び跳ねるのは止めていた。ローゼン公爵の服の裾をぎゅっとつかみ、震える瞳でローゼン公爵を見上げている。夜の色の瞳がそれを受け止めた。冷たい視線が眼鏡の奥でふと優しげに細められたのは、大丈夫だと言っているのだろうか。
「……殿下、ご安心ください。私は無事です。毒には多少耐性がありますから」
クリストフはそれでもローゼン公爵の服の裾を離さなかった。
「嘘だよ。だって毒なんだよ?」
「嘘ではありません。毒は入っていなかったようですね」
「でも……」
クリストフは眉尻を下げた。
「もうやめてよ。毒が入ってたら死んじゃうよ」
「ですが、貴方様に毒入りのものを食べさせるわけにはいきません」
「俺だって、あんたに毒なんか食べさせたくないよ」
「我々とは立場が違います。貴方様は、そのお立場により様々な人を助けることができるようになるのですから」
「ここにいる皆だって俺を助けてくれるでしょ?王族っていう立場だからって俺を助けてくれる人が死んでもいいなんて、そんなこと思えないよ。俺のせいで……あんたが毒で苦しむなんて嫌だよ……」
エレナが瞳を潤ませた。アルベルトも珍しく神妙な顔つきをしている。イルザは真剣な表情でクリストフを見つめた。ローゼン公爵は大きく息を吐き出すと、その三人に指示をした。
「君達、部屋から出ていなさい。呼ぶまで入ってこないように」
戸惑うエレナを連れて、イルザとアルベルトは頷いて部屋を出た。
「どうしたの?」
ローゼン公爵はクリストフの問いかけにすぐには答えず、クリストフをソファに座らせた。ローゼン公爵の服の裾から手が離れ、所在なさげに空をかく。ローゼン公爵自身は座らずにクリストフの前に片膝をつき、真っ直ぐにクリストフを見つめた。
「殿下。私に毒は効きません」
「……どういうこと?」
「どのような毒を飲んでも死ぬことはないということです。苦しむことすらありません」
「それが、耐性があるってことなの?」
「いえ、本当に何の毒も効かないのです」
改めてグラスに苺色の液体が注がれる。ローゼン公爵はクリストフにグラスを持たせてくれた。
「今からお話することはご内密に願います。ハーマン子爵令嬢にもお話にならないでください」
真剣な声音に、ジュースへの渇望などどこかへ行ってしまったようだ。クリストフはグラスを握り締めた。
「これは私の魔力を使った能力です」
「えっ」
「我がローゼン公爵家固有の力となります。毒があることは分かりますが、毒を飲んでもそれに害されることはありません」
「魔法なの?」
「魔力を操るわけではないので魔法とは言い難い。これは私の意志とは関係なく私の体内で常時発動している力なのです。ただし、魔力は消費されます」
初めて聞く話だ。クリストフは急に好奇心が湧いてきて、ローゼン公爵の言葉に聞き入った。
「これは貴方様にしかお伝えいたしません。貴方様をお守りするための力なので、他の者に知られては意味がありませんから」
「俺のため?」
「えぇ、貴方様のための力です」
冷えていた体が急に熱を帯びてくる。クリストフは照れくさい気持ちになって、ローゼン公爵を見ていられなくなり視線を下げた。心に湧き出たものを誤魔化そうと、両手の指を意味もなくつけたり離したり、落ち着きなく動かし続けた。
「先ほど、この部屋に何かしたか、とお尋ねになりましたね?」
「う、うん」
「他の者がいたのでお伝えできませんでしたが、部屋から外に音が漏れないようにいたしました」
「それもあんたの能力なの?」
「えぇ、殿下。殿下の秘密をお守りするための力です」
「他にも何かできるの?」
「まぁ、色々と」
ローゼン公爵は少しいつもの偉そうな態度に戻って、眉を持ち上げてみせた。
「……俺のためなの?」
クリストフはもう一度聞いた。聞いておきたかった。ローゼン公爵は穏やかな瞳で頷いてくれた。
「決して、誰にもお話にならないてください。約束してくださいますか?」
「うん」
その応答を受け、ローゼン公爵はすぐに立ち上がった。
「さて。では、私が毒味をしても問題ありませんね?」
示す視線の先にはクリストフが待ちかねていた軽食がある。
「うん……」
「まだ何か?」
「分かったけどさ、ちょっと心配なだけ」
それから、クリストフより先に美味しそうな軽食を食べる姿が何となく悔しいだけだ。そう思ったことはローゼン公爵には黙っておくことにした。
ローゼン公爵は部屋から出ていたエレナとイルザ、アルベルトを呼び戻し、クリストフが納得してくれたと説明した。それから、次々と軽食を口にして、全てに毒がないことが確認できたため、やっとクリストフはご馳走にありつけたのだった。
クリストフがにこにことしながら軽食を頬張っていたとき、ローゼン公爵がそっと耳元で囁いた。
「追加で一つだけお伝えしておきます。私には、貴方様がどこにいても分かる力もございます」
どきりとしてクリストフはローゼン公爵を見た。そこにはあったのはいつもの嫌味な、あの顔だ。
「えぇ、ですから、研究所でのお勉強帰りに勝手にシモーナ商会の菓子店などに寄らぬ方が良いでしょう。それから、いまだに厨房に忍び込んで一体何をお召し上がりになっているのですか?」
全てバレている。クリストフは青褪めた。
王宮やローゼン公爵家に出入りしているシモーナ商会の系列の菓子店に行ってみて、営業担当のウーゴに頼んで新作のビスケットをもらったことも、厨房で作られるビスケットが美味しくて、こっそり一枚盗んで食べたことも。
「護衛やハーマン子爵令嬢に口止めまでしたようですが、私を見くびらない方がよろしいかと。そのようなことをされるから、ビスケットがお好きだなどという噂が広まるのですよ」
にやりと笑うローゼン公爵の顔を見て、「貴方様のため」という言葉が絶望の色をまとい、クリストフの頭の中にいつまでも響き続けた。
先ほどは婚前交渉などと言うとんでもない話が出たために有耶無耶になってしまったが、「毒味」の件について明らかにしなければならない。ちらりと視線を上げると、ローゼン公爵もクリストフを見ていた。
「……閣下」
エレナも「毒味」については何も知らなかったようだ。おずおずとローゼン公爵に問いかける。
「お毒味の件なのですが、閣下御自からご担当されるのでしょうか?」
「もちろんだ」
「で、ですが、王宮内には王族専用の毒味役がいるとか。毒に対する訓練を積んでいるとも聞きますし、専門の担当者に任せた方がよろしいのでは」
「君の意見はもっともだ。だが、私にも考えがあってな」
そのとき、貴賓室の扉が叩かれた。ただ一人始終冷静だったローゼン公爵の侍従アルベルトの姉イルザが扉を開け、バルトル侯爵家の上級使用人らしき女性に「何でもない」と答える。おそらく、騒動が扉の外まで聞こえたのだろう。
ふと、クリストフは急に違和感を覚えた。周囲の空気が歪み、また整えられたような感覚。そして、部屋全体が何かに包まれている気がする。
天井から床までぐるりと見回すと、すっかり元の顔色に戻ったローゼン公爵が目を細めて扉を見ていた。
「ねぇ、何か変じゃない?」
「何か、とは」
クリストフの問いかけにローゼン公爵は片眉を持ち上げた。逆に問われてしまったが、うまく説明できない。空気が変わったなどと言っても目に見えるものではないのだ。クリストフは答えられずにクリームのついたビスケットを口に放り込んだ。
爽やかな酸味のあるクリームが、甘いビスケットの味を引き立てる。今しがた感じた空気の変化は気のせいだったのかもしれない。口の中に広がる新しい味に、ほんの少しの違和感はすぐに忘れ去られてしまった。
「お口に合いましたか?」
「うん!美味しいよ。皆も食べてみたら?」
エレナやアルベルトにケーキを勧めながら、次にクリストフが目をつけたのは、ジュースだと思われる飲み物だった。白花の館の朝食に出るジュースは明るい黄色で甘酸っぱい味だが、バルトル侯爵が用意した瓶の中身は苺のような色である。もしや苺のジュースなのではないか。
高まる期待に勝手に瓶に手を伸ばすと、またしてもローゼン公爵がそれを先に奪い取ってしまった。
「アルベルト」
ローゼン公爵の呼びかけにアルベルトが急ぎグラスを手に持ち、ローゼン公爵から瓶を受け取って、手早く中身をグラスへと注ぐ。また毒味をする気だ。
「待ってよ!」
クリストフはソファから降りて立ち上がった。今度はローゼン公爵に飛びかかりはしない。グラスを持った手に狙いを定める。
だが、伸ばした手が届く前にグラスはすぐに遥か頭上へと持ち上げられてしまった。こんなときに背の高さを利用するなんて卑怯だ。クリストフはローゼン公爵を見上げて睨んだ。
「よこせよ!」
クリストフは飛び跳ねた。しかし馬鹿にしたような笑みがクリストフを見下ろしてくる。
「『毒味』をする、と申し上げましたでしょう?」
「そんなの必要ないよ!」
「いいえ、必要です」
ローゼン公爵は左眉を持ち上げた。
「そうやって貴方様は安易に物を口にされようとする。王族としての自覚をお持ち下さい。館の食事は私が管理していましたが、これはバルトル侯爵家の者が作ったもの。あのベルモント公爵の手下が紛れ込み、この飲み物に何か仕込んでいたらどうするのですか?」
「だからってあんたが先に飲むことないだろ!本当に毒が入ってたらどうするんだよ!」
「それだからこそ、私が貴方様より先に飲むのですよ。全く……『毒味』の意味がお分かりでないとは」
「俺に毒を盛る奴なんかいないよ!殺したって意味ないだろ!」
「殺される可能性があると以前ご説明いたしました。重要な話をすぐにお忘れになられては困りますね」
「いいからよこせよ!毒が入ってたってあんたが飲むことないんだよ!」
「いいえ。これは私の役目です」
そう言ってローゼン公爵はひと息にグラスの中身を飲み干してしまった。
クリストフの心臓が大きく胸を打ち、呼吸が止まった。体が凍りついたように冷たくなっていく。本当にあのジュースに毒が入っていたとしたら。ローゼン公爵の体に何かあれば。
喉を抑えて苦しみだすローゼン公爵の姿が目前に映し出され、狼狽えるアルベルトやエレナ、イルザの姿まで見えるようだった。また失ってしまう。そんな声が心の奥から聞こえてきた。
クリストフはすでに飛び跳ねるのは止めていた。ローゼン公爵の服の裾をぎゅっとつかみ、震える瞳でローゼン公爵を見上げている。夜の色の瞳がそれを受け止めた。冷たい視線が眼鏡の奥でふと優しげに細められたのは、大丈夫だと言っているのだろうか。
「……殿下、ご安心ください。私は無事です。毒には多少耐性がありますから」
クリストフはそれでもローゼン公爵の服の裾を離さなかった。
「嘘だよ。だって毒なんだよ?」
「嘘ではありません。毒は入っていなかったようですね」
「でも……」
クリストフは眉尻を下げた。
「もうやめてよ。毒が入ってたら死んじゃうよ」
「ですが、貴方様に毒入りのものを食べさせるわけにはいきません」
「俺だって、あんたに毒なんか食べさせたくないよ」
「我々とは立場が違います。貴方様は、そのお立場により様々な人を助けることができるようになるのですから」
「ここにいる皆だって俺を助けてくれるでしょ?王族っていう立場だからって俺を助けてくれる人が死んでもいいなんて、そんなこと思えないよ。俺のせいで……あんたが毒で苦しむなんて嫌だよ……」
エレナが瞳を潤ませた。アルベルトも珍しく神妙な顔つきをしている。イルザは真剣な表情でクリストフを見つめた。ローゼン公爵は大きく息を吐き出すと、その三人に指示をした。
「君達、部屋から出ていなさい。呼ぶまで入ってこないように」
戸惑うエレナを連れて、イルザとアルベルトは頷いて部屋を出た。
「どうしたの?」
ローゼン公爵はクリストフの問いかけにすぐには答えず、クリストフをソファに座らせた。ローゼン公爵の服の裾から手が離れ、所在なさげに空をかく。ローゼン公爵自身は座らずにクリストフの前に片膝をつき、真っ直ぐにクリストフを見つめた。
「殿下。私に毒は効きません」
「……どういうこと?」
「どのような毒を飲んでも死ぬことはないということです。苦しむことすらありません」
「それが、耐性があるってことなの?」
「いえ、本当に何の毒も効かないのです」
改めてグラスに苺色の液体が注がれる。ローゼン公爵はクリストフにグラスを持たせてくれた。
「今からお話することはご内密に願います。ハーマン子爵令嬢にもお話にならないでください」
真剣な声音に、ジュースへの渇望などどこかへ行ってしまったようだ。クリストフはグラスを握り締めた。
「これは私の魔力を使った能力です」
「えっ」
「我がローゼン公爵家固有の力となります。毒があることは分かりますが、毒を飲んでもそれに害されることはありません」
「魔法なの?」
「魔力を操るわけではないので魔法とは言い難い。これは私の意志とは関係なく私の体内で常時発動している力なのです。ただし、魔力は消費されます」
初めて聞く話だ。クリストフは急に好奇心が湧いてきて、ローゼン公爵の言葉に聞き入った。
「これは貴方様にしかお伝えいたしません。貴方様をお守りするための力なので、他の者に知られては意味がありませんから」
「俺のため?」
「えぇ、貴方様のための力です」
冷えていた体が急に熱を帯びてくる。クリストフは照れくさい気持ちになって、ローゼン公爵を見ていられなくなり視線を下げた。心に湧き出たものを誤魔化そうと、両手の指を意味もなくつけたり離したり、落ち着きなく動かし続けた。
「先ほど、この部屋に何かしたか、とお尋ねになりましたね?」
「う、うん」
「他の者がいたのでお伝えできませんでしたが、部屋から外に音が漏れないようにいたしました」
「それもあんたの能力なの?」
「えぇ、殿下。殿下の秘密をお守りするための力です」
「他にも何かできるの?」
「まぁ、色々と」
ローゼン公爵は少しいつもの偉そうな態度に戻って、眉を持ち上げてみせた。
「……俺のためなの?」
クリストフはもう一度聞いた。聞いておきたかった。ローゼン公爵は穏やかな瞳で頷いてくれた。
「決して、誰にもお話にならないてください。約束してくださいますか?」
「うん」
その応答を受け、ローゼン公爵はすぐに立ち上がった。
「さて。では、私が毒味をしても問題ありませんね?」
示す視線の先にはクリストフが待ちかねていた軽食がある。
「うん……」
「まだ何か?」
「分かったけどさ、ちょっと心配なだけ」
それから、クリストフより先に美味しそうな軽食を食べる姿が何となく悔しいだけだ。そう思ったことはローゼン公爵には黙っておくことにした。
ローゼン公爵は部屋から出ていたエレナとイルザ、アルベルトを呼び戻し、クリストフが納得してくれたと説明した。それから、次々と軽食を口にして、全てに毒がないことが確認できたため、やっとクリストフはご馳走にありつけたのだった。
クリストフがにこにことしながら軽食を頬張っていたとき、ローゼン公爵がそっと耳元で囁いた。
「追加で一つだけお伝えしておきます。私には、貴方様がどこにいても分かる力もございます」
どきりとしてクリストフはローゼン公爵を見た。そこにはあったのはいつもの嫌味な、あの顔だ。
「えぇ、ですから、研究所でのお勉強帰りに勝手にシモーナ商会の菓子店などに寄らぬ方が良いでしょう。それから、いまだに厨房に忍び込んで一体何をお召し上がりになっているのですか?」
全てバレている。クリストフは青褪めた。
王宮やローゼン公爵家に出入りしているシモーナ商会の系列の菓子店に行ってみて、営業担当のウーゴに頼んで新作のビスケットをもらったことも、厨房で作られるビスケットが美味しくて、こっそり一枚盗んで食べたことも。
「護衛やハーマン子爵令嬢に口止めまでしたようですが、私を見くびらない方がよろしいかと。そのようなことをされるから、ビスケットがお好きだなどという噂が広まるのですよ」
にやりと笑うローゼン公爵の顔を見て、「貴方様のため」という言葉が絶望の色をまとい、クリストフの頭の中にいつまでも響き続けた。
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