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第33話 恥ずかしい勘違い
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「な、何をなふぁいまひゅ!!」
ローゼン公爵はビスケットを口に入れたまま驚いて仰け反った。口から飛んだビスケットのカスがクリストフの顔についたが、そんなことは気にしてはいられない。クリストフはローゼン公爵に飛びついて、両手で無理やり口をこじ開けようとした。
「で、殿下!」
ローゼン公爵の侍従アルベルトはクリストフを止めようとして、クリストフに触れても良いものか戸惑っておろおろと周囲を動き回り、クリストフの侍女エレナはなりふり構わずクリストフの服をつかもうとして、誤って癖毛を引っ張ってしまい慌てて手を離した。
「殿下!おやめ下さい!」
アルベルトの姉イルザは冷静で、クリストフの服のベルトを引っ張った。しかしクリストフは諦めるわけにはいかなかった。
「毒」という言葉。
ローゼン公爵があれだけバルトル侯爵に食ってかかっていたのは、このビスケットに毒が入っていたからなのだ。だから「毒味」だなどと言いた出したのだろう。とすれば、この口の中に入っているものを吐き出させないといけない。
クリストフがローゼン公爵に顔を近づけたところで頬に大きな衝撃を感じ、体が宙に浮いて、クリストフはソファの上に背中から倒れ込んだ。クリストフを引っ張っていたイルザも一緒にソファが受け止めた。
「あ、あ、貴方様は!!」
顔を真っ赤にしたローゼン公爵が、肩で息をしながらクリストフを睨みつけている。
「……は、破廉恥な!!」
場にそぐわない言葉が出て、クリストフはきょとんとした顔を返した。ローゼン公爵に頬を叩かれたようだったが、その理由も分からない。ただ、頬の痛みだけがクリストフの頭の中で大きくなっていく。
「こ、婚姻前の婚約者に、な、何をなさいます!!」
ローゼン公爵は怒鳴ってからクリストフの表情を見て、顔を背けた。
「こ、このようなことをお望みなのであれば、事前に仰ってください!しょ、初夜の前ではありますが、貞節に支障がない範囲でお応えいたしますので……」
段々と尻すぼみになる言葉とともに、周囲が静まり返る。その静けさに、クリストフは我に返った。
「毒!」
「……は?」
「だから!毒は!?」
クリストフはまたローゼン公爵につかみかかろうとした。ローゼン公爵が後ずさると同時に、今度はアルベルトがクリストフの両腕を拘束する。
「殿下!いけません!こういうことは寝室で……!」
「アルベルト!!」
的外れな弟の言葉を、姉のイルザが叱責した。
「で、殿下、毒とは?」
落ち着きを取り戻したのか、エレナが問う。
「だって、『毒味』だって言ってたろ!?ビスケットに毒が入ってたんじゃないの!??」
「わ、私をお望みだったのでは?」
ちぐはぐな言葉が飛び交って、再びその場から言葉が消えた。
「……お望みって?」
小首を傾げるクリストフを、ローゼン公爵は口を開けたまま見つめている。それから何かを言おうとしたらしいが何も言わず、次に唇を震わせて、それを隠すように口元に手を当てた。そして、無言のまま衣服を整えると、ずれた眼鏡を中指で持ち上げて呼吸を整えつつ答えた。
「……お聞き流しください。私が早合点いたしました」
落ち着きを払って話すその顔は、すでにいつものローゼン公爵だ。ただ、頬にはいまだ少しの赤みが差している。
「ビスケット付きのケーキにつきましてはご安心を。毒は入っておりませんでした」
クリストフはまだ話の流れが整理できずに、何度か瞬きをした。そんなクリストフの顔を見たローゼン公爵の顔にまたしても朱が走る。じっとローゼン公爵を見つめると、いつもとは違うたどたどしい答えが返ってきた。
「ですから、その……婚前交渉をお望みなのかと、か、勘違いをいたしまして……」
婚前交渉、などと聞いてクリストフの頭は一気に混乱した。恥ずかしいわけでもないのに、クリストフの顔も熱くなる。
「そっ…、そ、そんなわけないでしょ!こんな、皆がいるところで!」
「え、えぇ、そうでしょう」
ローゼン公爵はぎこちなく頷いた。
「いきなり襲いかかったりしないよ!ごろつきじゃないんだから!」
「それはもう、存じ上げております」
そう、ローゼン公爵だって分かっているはずだ。クリストフはそんな男ではない。浮気をしないとう契約書も書いたではないか。愛する女性は大切にする。そういう誠実な男なのだ。母に誓って、欲望に任せて結婚相手に無体を働くような輩になるつもりはない。
そんな男だと、ここにいる全員に誤解されてたまるものか。
「俺はそういうときのやり方とか、手順ってのをちゃんと知ってるんだよ!経験もないあんたとは違うの!だから、ちゃんと優しくできるんだから!」
ローゼン公爵はその言葉に一際顔を赤くして、口を開けたり閉じたりしていた。そして、ついには俯いてしまった。
「や、やり方……、手……順……」
ぼそぼそと小声で復唱したローゼン公爵は、小さく手招きでアルベルトを呼び寄せて何かを耳打ちした。アルベルトが「えっ」などと声を上げるので、クリストフは何を言ったのか気になって仕方がなかった。
ローゼン公爵はビスケットを口に入れたまま驚いて仰け反った。口から飛んだビスケットのカスがクリストフの顔についたが、そんなことは気にしてはいられない。クリストフはローゼン公爵に飛びついて、両手で無理やり口をこじ開けようとした。
「で、殿下!」
ローゼン公爵の侍従アルベルトはクリストフを止めようとして、クリストフに触れても良いものか戸惑っておろおろと周囲を動き回り、クリストフの侍女エレナはなりふり構わずクリストフの服をつかもうとして、誤って癖毛を引っ張ってしまい慌てて手を離した。
「殿下!おやめ下さい!」
アルベルトの姉イルザは冷静で、クリストフの服のベルトを引っ張った。しかしクリストフは諦めるわけにはいかなかった。
「毒」という言葉。
ローゼン公爵があれだけバルトル侯爵に食ってかかっていたのは、このビスケットに毒が入っていたからなのだ。だから「毒味」だなどと言いた出したのだろう。とすれば、この口の中に入っているものを吐き出させないといけない。
クリストフがローゼン公爵に顔を近づけたところで頬に大きな衝撃を感じ、体が宙に浮いて、クリストフはソファの上に背中から倒れ込んだ。クリストフを引っ張っていたイルザも一緒にソファが受け止めた。
「あ、あ、貴方様は!!」
顔を真っ赤にしたローゼン公爵が、肩で息をしながらクリストフを睨みつけている。
「……は、破廉恥な!!」
場にそぐわない言葉が出て、クリストフはきょとんとした顔を返した。ローゼン公爵に頬を叩かれたようだったが、その理由も分からない。ただ、頬の痛みだけがクリストフの頭の中で大きくなっていく。
「こ、婚姻前の婚約者に、な、何をなさいます!!」
ローゼン公爵は怒鳴ってからクリストフの表情を見て、顔を背けた。
「こ、このようなことをお望みなのであれば、事前に仰ってください!しょ、初夜の前ではありますが、貞節に支障がない範囲でお応えいたしますので……」
段々と尻すぼみになる言葉とともに、周囲が静まり返る。その静けさに、クリストフは我に返った。
「毒!」
「……は?」
「だから!毒は!?」
クリストフはまたローゼン公爵につかみかかろうとした。ローゼン公爵が後ずさると同時に、今度はアルベルトがクリストフの両腕を拘束する。
「殿下!いけません!こういうことは寝室で……!」
「アルベルト!!」
的外れな弟の言葉を、姉のイルザが叱責した。
「で、殿下、毒とは?」
落ち着きを取り戻したのか、エレナが問う。
「だって、『毒味』だって言ってたろ!?ビスケットに毒が入ってたんじゃないの!??」
「わ、私をお望みだったのでは?」
ちぐはぐな言葉が飛び交って、再びその場から言葉が消えた。
「……お望みって?」
小首を傾げるクリストフを、ローゼン公爵は口を開けたまま見つめている。それから何かを言おうとしたらしいが何も言わず、次に唇を震わせて、それを隠すように口元に手を当てた。そして、無言のまま衣服を整えると、ずれた眼鏡を中指で持ち上げて呼吸を整えつつ答えた。
「……お聞き流しください。私が早合点いたしました」
落ち着きを払って話すその顔は、すでにいつものローゼン公爵だ。ただ、頬にはいまだ少しの赤みが差している。
「ビスケット付きのケーキにつきましてはご安心を。毒は入っておりませんでした」
クリストフはまだ話の流れが整理できずに、何度か瞬きをした。そんなクリストフの顔を見たローゼン公爵の顔にまたしても朱が走る。じっとローゼン公爵を見つめると、いつもとは違うたどたどしい答えが返ってきた。
「ですから、その……婚前交渉をお望みなのかと、か、勘違いをいたしまして……」
婚前交渉、などと聞いてクリストフの頭は一気に混乱した。恥ずかしいわけでもないのに、クリストフの顔も熱くなる。
「そっ…、そ、そんなわけないでしょ!こんな、皆がいるところで!」
「え、えぇ、そうでしょう」
ローゼン公爵はぎこちなく頷いた。
「いきなり襲いかかったりしないよ!ごろつきじゃないんだから!」
「それはもう、存じ上げております」
そう、ローゼン公爵だって分かっているはずだ。クリストフはそんな男ではない。浮気をしないとう契約書も書いたではないか。愛する女性は大切にする。そういう誠実な男なのだ。母に誓って、欲望に任せて結婚相手に無体を働くような輩になるつもりはない。
そんな男だと、ここにいる全員に誤解されてたまるものか。
「俺はそういうときのやり方とか、手順ってのをちゃんと知ってるんだよ!経験もないあんたとは違うの!だから、ちゃんと優しくできるんだから!」
ローゼン公爵はその言葉に一際顔を赤くして、口を開けたり閉じたりしていた。そして、ついには俯いてしまった。
「や、やり方……、手……順……」
ぼそぼそと小声で復唱したローゼン公爵は、小さく手招きでアルベルトを呼び寄せて何かを耳打ちした。アルベルトが「えっ」などと声を上げるので、クリストフは何を言ったのか気になって仕方がなかった。
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