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第7章 青年期 壱番街編

69「救世主の姿」

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 僕とアリソンさんは『ファーザー』と名乗るネズミに案内してもらい、彼の家族が居るフロアとフロアの間にある空間に辿り着いた。


 床一面には、ファーザーの子供や奥さんといったネズミたちが蠢いている。興味本位でネズミが何匹いるのか数えてみたが、50を越した辺りで数えるのを止めた。


 僕はアリソンさんに向けて、「ファーザーは何て言ってるの?」と訊ねたが、彼女は僕の方を振り向いてくれなかった。アリソンさんは、「想像以上の変態だった」「普通、自分から殴られたいって言うのか?」「いや、アクセルは最高のホバーバイクレーサーだ。俺が聞き違えただけかもしれない」等と、ネズミに向けて呟いている。




「アリソンさん、さっきのはただの冗談だ。ファーザーの言葉を翻訳してくれ」
「そ、そうだよな。分かった。ファーザーは、『私の妻が病気になっている。彼女を助けてくれませんか?』と言っているぞ」




 病気か。ネズミは菌の集合体だ。何を主食にしているのかも分からないし、何が原因で病気になったのかも分からない。助かる可能性は低いが、彼の妻を救う事ができれば、もしかしたら害虫駆除の手助けをしてくれるかもしれない。


 等と考えながら、僕は口を覆っていた『フェイス・ガード』を外して、床に放り投げた。


 他のネズミを踏み潰さないよう足元に注意しながら、僕はファーザーの傍に近づき、彼の傍で倒れていたネズミに視線を落とす。アームウォーマーの操作盤に備えられたボタンを押すと、僕が落とした防護マスクは針を出しながら動き回り、体内に含まれていた『自作ホルモン』をネズミの体に注入した。




「ファーザー。ハンズマンがキミの妻の体に注入したのは、僕の自作ホルモンだ。体内にある毒素を分解する効果がある。これでダメなら、手の施しようがないよ」




 僕がそう言うと、ファーザーは横たわるネズミに駆け寄った。それから少しした後、ファーザーの妻は元気を取り戻して起き上がった。


 どうやら彼の妻の体には、何かしらの毒が回っていたようだ。原因を調べる必要がありそうだが、そこまで僕はお人好しな人間じゃあない。


 その後、僕はアリソンさんに通訳係になってもらい、ファーザーに直近の行動や何を食べたのか訊ねる。するとファーザーは、「最近は、ビルの中にあるファスト・ファット・フライアウェイの廃棄物を食べています」と言ってきた。




「変な物ばっかり食べてるから、そうなるんだよ」
「アクセル。ファーザーが『この御恩は一生忘れません。何かお手伝いができませんか?』と言っている」



 アリソンさんに通訳してもらい、僕はファーザーに「生活や食料の面倒は見てやる。だから、僕がこれから言う指示を聞いてくれ」と言い、彼らに『ビル内の害虫駆除』を頼んだ。


 僕には『ヂューヂュー』としか聴こえないが、アリソンさんには『了解しました』と聞こえているようだ。彼女の話によると、ファーザーは自分の一族の全てに『神が現れた。彼こそが我らの救世主である』と言っているらしく、鳴き声をあげた他のネズミたちは猛スピードで走り出した。


 ファーザーに「他の階に住んでいる人には迷惑をかけるなよ」と言い残し、僕とアリソンさんはシャワー室の天井から店に戻る。その道中、何度かジャイアント・ブラック・ローチと遭遇したが、僕たちは錬金術とアームウォーマーのブレードを駆使して、彼らを塵に変えてやった。




「なあ、アクセル」
「どうしたの、アリソンさん」

「天井裏で話していた件の事だが……」
「ああ、『ファーザーの生活回りの面倒を見る』っていう話ね。あれなら――」




 シャワー室から店内に戻り、僕は部屋の隅に置いてある段ボールの元に向かう。


 箱の中には有り余った携帯固形食料レーションが入っている。ジャックオー師匠がダストのとっつぁんに頼んで作ってもらい、スラムに住む人々達に届けているモノだ。味は酷いが、体内に含まれた覚醒物質の働きを抑える効果がある。


 アリソンさんの真横を通って部屋の隅に向かおうとした瞬間、僕は彼女に腹パンされた。


 内蔵を抉るようなボディーブローだったと思う。突然の出来事で驚きはしたが、僕は条件反射で「ありがとうございます!」と叫んでしまった。すると彼女は、転倒した僕に向けてもう一発ボディーブローを放とうとしていた。


 僕は咄嗟にアドレナリンを操り、音速の早さで動いてボディーブローを避ける。アリソンさんは、「今のを避けただと?」と言って、目を見開いて驚いていた。




「もしかして、さっきの話って『腹パン』の事か」
「ああ、お前が店に戻ったら腹パンして欲しいって言ってたのを思い出したんだ」

「めっちゃ効いたよ。だけど、二発目を食らうほど僕は甘くない」
「突然殴って申し訳ない。天井裏であんなにも殴られる事に期待していたからな。不意打ちを食らわせたが、二発目が避けられるとは思わなかったよ」




 そう言って彼女は、僕に手のひらを差し出しながら近づいてくる。その後、僕は彼女の手のひらを握り返し、「殴る前に着て欲しい服がある。それを着てくれたら、幾らでも殴っていいよ」と言って、二階に向かった。


 良いパンチだ。アリソンさんには接近戦の才能がある。もしかすると、災厄の魔術師と戦って生き延びたのは、彼女が魔術師から『強者』と認められたからなのかもしれない。身ぐるみを剥がされたのは同業者の仕業だろうが、意識を失った状態で見つかったのは戦闘の後だったからなのだろう。


 等と考えながら、僕は回転式荷物棚から『白いタンクトップとサスペンダー、黒いミニスカート』を手に取り、着いてきたアリソンさんに差し出す。


 彼女は、「何だこの服は。俺はてっきり、過度に露出した衣装を渡されると思ったんだが」と言って、その場で服を脱いで着替え始めた。


 先ほどと同様に、「せめて僕の居ない場所で着替えろ」と言ったが、アリソンさんは「そんな事を言うが、本当は女の裸に興味があるんだろ?」と言って、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


 彼女の言う通りだ。僕は女性のアラレもない姿が大好きだ。女性同士が殴り合いながら猛り立つ姿をオカズにして、白米を何杯も食べる事だってできる。叶うのならば、『この豚野郎、ガバガバになるまでケツの穴を拡張してやる』と言われながら、三角木馬に跨がってムチで叩かれたい。


 そんな妄想を抱いていると、「この服の着方はコレであっているのか?」と、アリソンさんが声を掛けてきた。


 頬を赤く染めた彼女は、反政府組織の看板娘を彷彿とさせるコスプレに身を包んでいる。ただのタンクトップとミニスカートだけなら、僕は彼女をティ○ファさんとは思えなかったに違いない。白いタンクトップの上にサスペンダーを掛けた彼女の姿は、褐色の肌がいい具合にマッチした、黒ギャル風の格闘戦士だった。




「じゃあ、アリソンさん。コレを受け取って下さい」
「なんで銅貨を持っているんだ?」

「タダで殴ってもらおうと思っていません。貴女のボディーブローには報酬を払う価値がありますから」
「待ってくれ。お前を殴る毎に、俺は銅貨を受け取るのか?」




 彼女の質問に「そうだ。僕はキミの攻撃を全部受け止める。だから本気で殴ってくれ」と答えると、アリソンさんは喜んで僕の腹にボディーブローを放った。


 それから小一時間、僕は彼女から腹パンや膝蹴り、金的以外のありとあらゆる御褒美を頂いた。御褒美の最中に、エイダさんやマーサさんが店に戻ってきたが、彼女達は「私は何も見てません。お邪魔しました」と言って、店を出ていった。


 最後には、アリソンさんが泣きながら「本当にごめんなさい。マーサにも恥ずかしい姿を見られた。これ以上はお前を傷付けられない。お金も全部いらない。これ以上は殴りたくない」と言って諦めたので、プレイはお開きとなった。
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