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第7章 青年期 壱番街編

68「動物のお客さん」

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 自身をファーザーと名乗るネズミは、光を反射する黒い物体に追いかけ回されている。懐中電灯の光を頼りに目を凝らしてみると、その黒い正体が巨大なゴキブリであることが分かった。


 ファーザーに向けて、「こっちに戻れ。そいつはただの害虫じゃあない。魔物だ」と言ってみると、ネズミは僕の言うことを聞いて駆け寄ってきた。


 ネズミを追いかけていたのは、『ジャイアント・ブラック・ローチ』と呼ばれる魔物だった。ローチは繁殖力が高く、虫でありながらも群れで行動する事が多い。地下水道都市へ向かう道中にも見かけたが、こんなに大きなローチを見るのは初めてだった。


 その後、僕はファーザーに「あの害虫は僕が仕留める。キミはアリソンさんに守ってもらえ」と言うと、彼は何度も頷いて走っていった。


 僕は改造アームウォーマー・バージョン5の出番だと思い、改良を重ねたアームウォーマーの操作盤に手を伸ばす。操作盤のボタンを順に押していくと、ウォーマーから一枚のブレードが飛び出してきた。




「アクセル。そのブレードってまさか……」
「ああ、これは災厄の魔術師が使っていたブレードだ」

「流石は『便利屋ハンドマンの最速の男』だな。あの魔術師から武器を掻っ払うとは……」
「転んでもただでは起きないからね」




 アリソンさんに、『最速の男』であると誉められたが、なんだか素直に喜べなかった。多分、ロータスさんやバイオレットさん、ジュゲムといった大人の女性たちに、『ベッドの上でも最速なのね』と言われた事を思い出してしまったからなのだろう。


 なんにせよ、僕は誰がどう言おうと『最速の男』だ。


 その後、僕は改造アームウォーマーから現れたブレードに視線を送り、ブレードの切っ先をジャイアント・ブラック・ローチに向ける。操作盤のボタンを押した直後、ブレードは鎖を着けたまま勢い良く飛び出して、ローチの体を貫いた。




「よしっ……速度や貫き加減もバッチリだ」
「アクセルはまるで子供だな。男の子は機械に夢中になるらしいが、お前ほど機械好きな人は初めて見たよ」

「誉めても何もでませんよ。アリソンさん、預けていた『紫外線照射装置』を貸して下さい」
「このボールの事だな。何に使うんだ?」




 そう言ってアリソンさんは、僕にボール型の紫外線照射装置を渡してくれた。


 どうやら彼女は紫外線が魔物の弱点であることを知らないようだ。僕が「面白いモノが見れるよ」と言ってボールを投げると、投げた先でボールから青白い光が放たれた。


 紫外線照射装置の光を浴びたローチは、瞬く間に体を塵に変えて崩れていった。




「魔物や魔獣っていう生き物は、あの光を浴びると体が塵になるんだ」
「あんな青白い光でやっつけられるのか。こうも簡単に魔物が倒されると、なんだか悔しく感じるよ」

「あの照射装置は試作段階の機械だ。企業秘密ってヤツだけどね」
「つまり、それを俺に見せてきたって事は、それほど俺と妹を信用しているって思って良いのか?」




 僕が「そうだよ。君たちが裏切るような真似をしない限り、僕はキミとマーサさんを信用しているからね」と答えると、彼女は「分かった。さっきの捜索依頼の件だが、手伝わせてもらうよ」と言ってくれた。


 それから僕たちは『ファーザー』と名乗るネズミに先導してもらい、彼の家族たちが居る場所に案内してもらった。その道中、何度か同じ大きさのローチと遭遇することがあったが、僕の代わりにアリソンさんが戦ってくれた。


 アリソン・デン・スパルタは、三番街にあった『亜人喫茶・デン』という便利屋に勤める従業員の中でも、トップクラスの錬金術師であったようだ。彼女が着けていた両手のナックルグローブには、錬金術の効果を増幅させる特殊な錬成鉱石がはめられていた。




「アリソンさんは凄いね。肉弾戦が得意なのに、錬金術まで使えるなんてズルいよ」
「誉めても何も出ないよ、アクセル。俺はお前に救ってもらった身だ。他の便利屋なら、地下水道で倒れた同業者を助ける真似なんて絶対にしない。どうして俺たちを助けてくれたんだ?」

「なんでだろうね。それは僕にも分からない」
「『分からない』って、何も考えずに俺たちを助けてくれたって事なのか? お人好しにも程度ってものがあるだろ」




 僕たちは天井裏を腹這いになって進み続ける。僕の目と鼻の先には、褐色の美少女の美しい尻があった。


 アリソンさんは、『何も考えずに俺たちを助けてくれたって事なのか?』と訊いてきたが、なんて答えたら良いのか分からなかった。


 彼女たちを救ったのは三ヶ月も前の事だし、二人に出逢ったのは地下水道内で『クレア』という少女の遺体を発見したからだ。クレアが死んでいなければ、僕たち便利屋ハンドマンとアルファ部隊は、そのまま魔獣を狩って地上に戻っていただろうし、災厄の魔術師と遭遇することもなかったかもしれない。


 僕が、「キミたちを助けたのは、クレアさんの遺体を発見したからだよ」と言うと、アリソンさんは「それじゃあ、クレアには感謝しなきゃな」と言って、振り返ってきた。




「どうしたの?」
「アクセル。お前には分からないだろうが、俺と妹は本当に感謝しているんだ」

「ふーん」
「お前が助けてくれなければ妹は魔獣に連れ去られていただろうし、俺は救出されなかっただろう。何かお礼をさせてもらえないか?」

「じゃあ、ひとつだけお願いがある」
「なんでも言ってくれ。キミが性欲の塊であるのも知っている。俺には何でもする覚悟があるからな」




 アリソンさんは義理堅い女性だった。何でもする覚悟があるらしく、どこから知り得たのかは分からないが、僕が究極の変態紳士であるのも知っているらしい。


 彼女に向けて、「店に戻ったら、僕をぶん殴って欲しい」と言うと、彼女は困惑した表情を見せてきた。




「聞き違いか? 今、自分を殴って欲しいと言われた気がするんだが」
「もう一度言う。店に戻ったら、僕に腹パンしてくれ。どうせなら、腹パンだけじゃなくてもいい。頭を殴ってもらっても構わないし、尻を踏んでくれても構わない」

「本当に言ってるの?」
「勿論だ。条件はあるが、その条件を満たした上で殴って欲しいと言っているんだ」




 僕がそう言うと、彼女は何事も無かったように前を向いて進み始めた。一瞬しか見えなかったが、アリソンさんが僕に向けていた瞳には、生気が宿っていなかった。
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