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第7章 青年期 壱番街編
70「パワードスーツ」
しおりを挟むアリソンさんに『特殊なプレイ』をしてもらってから、二、三日が経った。僕は「ダメだ。キミは金貨一枚分の仕事をやり遂げたんだ。お金を受け取る義務がある」と彼女に言って金貨を差し出す。だが、アリソンさんは頑なに金貨を受け取ってくれなかった。
彼女は、「この金貨を受け取ってしまえば、俺の心にある何かが崩れ落ちる気がする。あんなに殴って本当に申し訳ない」と言い、僕を避けるように店を出ていった。
あの日以降、アリソンさんは僕を拒絶するように、目を合わせてくれなくなった。彼女だけならまだしも、マーサさんやエイダさんまでも感化されたように、僕の事を汚物でも見るような目付きで見てくる。
僕はアリソンさんが店から出たのを確認した後、回転式荷物棚に置かれたメイド服に手を伸ばす。女装の趣味は一切無いが、壱番街にある魔術学校に忍び込むには、メイド服を着なければならない。
「そろそろ交代の時間だな。エイダさんが帰って来る頃だろうし、着替えないと不味いな。アリソンさんとマーサさんには、五番街と三番街に『右足を怪我した人物』が居ないか探してもらっているし、ビルにいる『害虫の駆除』はファーザーがなんとかしてくれるだろう」
メイド服に着替えた後、僕は店内から車庫に移動する。車庫にあるツールワゴンから工具を取り出し、近くに置かれたホバーバイクの日常点検を始めた。
僕が『桜華』と名付けたホバーバイクには、ジャックオー師匠がイエローキャブに搭載したように、『パワードスーツ』へ変化する機能が備わっている。治安維持部隊が乗るホバーバイクには、この機能がついていない。不死身の肉体を持つスチームボットを率いている以上、治安維持部隊の兵士には不要な機能だと判断しているらしい。
改造アームウォーマーに備えられたボタンを、『上上下下左右左右BA』と順に押していくと、ブロッサムはホバーバイクの形状から人型のパワードスーツへと変化した。
「さあ、ビショップ。今日こそ上手く機能してくれよ」
僕はそう言ってアームウォーマーを操り、足元に居た『ビショップ』に指示を送る。すると彼は手のひらからプラグを現した後、人型に変化したブロッサムの体によじ登り、ブロッサムの脊椎にプラグを挿入した。
それから少しした後、脊椎にビショップを装着したブロッサムは、「アクセル様、私に体を与えて頂き感謝致します」と言って起動した。
「やっとキミと直接話せたね。ビショップ、目覚めて早々だが、キミには僕のサポートをしてもらう。パワードスーツを動かせるかい?」
「了解しました。燃料タンクに残された錬成水はごく僅かです。動力源であるシールドバッテリーの残量は、60%を下回っています。このままでは十分なパフォーマンスが期待できません」
「燃料は気にしないで良いよ。装備の確認に移ってくれ」
「了解しました。パワードスーツに搭載された武装の確認をします。左腕に装備された蒸気機関銃に異常を検知しました。テルミット焼夷弾とスタングレネード弾の装填が必要です。スーツの重心が不安定です。バランスを保つのにパワードスーツを改良する必要があります」
ビショップはブロッサムに搭載された変声機を使って、パワードスーツの欠点を教えてくれた。
どうやら重量のあるパワードスーツを自由に動かすには、足がもう一本ほど必要であるらしい。彼は「このままでは重心が不安定で後方に転倒する恐れがあります」「スーツの修正が必要です」と言い続けている。
「弾は補充しておく。足が三本も必要なのはセンスが無いな。どうせならカッコよくしてやるよ」
僕はそう言ってアームウォーマーを操作して、店内に残っていた他の機甲手首に指示を送る。するとハンズマンたちは、各々のパーツを磁力で結合させ、ブロッサムの脊椎に装着して尻尾になった。
「これなら尻尾が地面に接地してバランスが取れるはずだ。重心に問題はあるか?」
「結合した尻尾型の改良パーツの確認をします。重心はやや後方に傾きましたが、転倒の恐れはありません」
どうやら上手くいったようだ。ダスト軍が所有する『蒸気機関骸』の様な完全な自立型AIではないが、それでもビショップは僕が想像した通りのビジョンに向かって成長している。重心を整えるのに尻尾が必要なのは解せないが、こればかりは仕方ない事だと割り切ろう。
ビショップはパワードスーツの背部を展開して、僕の搭乗を待っている。彼に「依頼の期限まで二、三週間ある。今は乗らないでおくよ」と言うと、彼は再び立ち上がって「何か御用はありますか?」と訊ねてきた。
「そうだな。他のハンズマンと連絡がとれるか?」
「可能です。どの個体のハンズマンに連絡を繋ぎますか?」
「じゃあ、手始めは店内に居る『アッシュ』に、『車庫に来る』よう指示を送ってくれ」
「了解しました。電波の送受信を行い、店内に居る個体に指示を送ります」
それから少しした後、僕とビショップが居る車庫に、アッシュではない無名の機甲手首がやって来た。彼が連絡をとったハンズマンは、車庫に繋がる階段を駆け降り、指先を器用に動かして床を這い回っている。彼は何度かビショップと僕の間を行き来していたが、僕が「こっちだよ」と言うと、足をよじ登って腕を伝って手のひらに乗って来た。
指揮命令系統に関しては修正が必要だが、ビショップから指示を受けた無名の個体は、最終的には指示を送った僕の元に来てくれている。スチームボットの様に融通が効かないのは、彼らに搭載したチップが安物でできているからなのかもしれない。
全てのハンズマンに、『名前を付けた個体』に搭載したチップを組み込みたいが、とっつぁんの依頼の決行日までには間に合わないだろう。
「アクセル様、他に御用はありますか?」
「何も無いよ。ホバーバイクに戻ってプラグを外しておいて」
ビショップは僕から指示を受け取った後、ホバーバイクと化したブロッサムからプラグを外して飛び降りた。
彼らは僕の子供のような存在だ。機甲手首の状態では手話でしか意思疎通が出来ないが、何も問題はない。僕が手話を勉強すれば良いだけだ。
等と考えながらテルミット焼夷弾やスタングレネード弾の補充をしていると、店の扉に備え付けられたベルが鳴った。
どうやらお客さんが来店したらしい。店内に入って来た何者かは、カウンターに置かれた呼び鈴を何度か鳴らしている。メイド服を着ていたので居留守を決め込もうと思ったが、お客さんの「アクセル。居るのは分かっている。我輩だ」という声に気付き、僕はそのままの姿で店内に戻った。
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