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第7章 青年期 壱番街編
65「リスクとリターン」
しおりを挟むロザリオ嬢の体に変化が現れた。彼女は「右足の様子がおかしいです。感覚はあるのに、全く動きません」と言い、体に起こった変化を教えてくれた。
彼女に『呪いの魔術を別の呪いで上書きできる事』を伝えたのだが、ロザリオ嬢はロータスさんが思った事と同様に、「それでは解決になっていません。結局は呪いにかかったままではないですか」と言い、僕たちが差し出した提案にあまり乗り気ではなかった。
ロザリオ嬢に残された余命は二週間だ。右足が動かなくなったという事は、次は左足が動かなくなる可能性がある。彼女に「このままでは左足にも影響があるかもしれません」と言ったのだが、ロザリオ嬢はパニックを起こして、まともに話を聞いてくれなかった。
ダストのとっつぁんに頼まれた『反政府組織の壊滅依頼』も期限が迫ってきている。このままロザリオ嬢に付きっきりになれば、僕は準備不足な状態で依頼にあたらなければならない。
僕とエイダさん、ロザリオ嬢は魔術学校と第壱図書館を往復する日々を送っている。彼女にかけられた『呪いの魔術』よりも、より強力な呪いの魔術がないか探すためだ。僕の熱狂的なファンであるジュニアにも頼ってみたが、『スカラベの呪い』を上回る呪いの魔術は、危険なモノが多くて慎重に選ばないといけないらしい。
エイダさんに、「スカラベの呪いよりも強力な呪いを調べてくれ」と言うと、彼女は「分かりました。ジャックオー先生にも報告しますか?」と聞き返してきた。
「師匠には僕から伝えておく。エイダさんは図書館の四階にある、『呪いの魔術と呪術』のコーナーに向かってくれ」
「そのコーナーの本は調べ尽くしました。別の階にある『災厄の魔術師と魔術の歴史』についてのコーナーに向かいます」
彼女はそう言って、別の階に向かった。エイダさんは優秀なポンコツホムンクルスだ。たったの一週間だというのに、第壱図書館にある『呪いの魔術と呪術』に関するコーナーの本を読み終えたらしい。
その後、僕はメイド服の袖を捲って、アームウォーマーを操作する。電波を介してジャックオー師匠に、「僕たちは第壱図書館に居ます。先ほどロザリオ嬢の体に異変が起きました」と連絡すると、師匠は「すぐに向かう」と言って、一方的に通信を切った。
ロザリオ嬢が乗る車椅子を押していき、僕と彼女は第壱図書館を歩き回る。前を歩くダブル・フェイス・ジュニアに、「そんなに早く歩くな。こっちは車椅子を押しているんだぞ」と言ったが、ジュニアは「依頼を失敗するキミの姿を見たくない。俺の邪魔をするな」と言ってきた。
「ジュニア、ゆっくり歩け」
「俺の名前はジュニアじゃあない。『クリエイト・ロデオ・ウィザード』だ」
「名前なんてどうでも良いだろ」
「ダメだ、全然良くない。名前というモノは、その人物をどういう存在であるか定義するモノだ。魔術ではないが、一種の呪いに近い存在でもある。キミが『最速の男』と称されるのは、その名前を冠するのに相応しい存在だからだ」
そう言ってジュニアは振り向いてきた。彼は天井に向けて人指し指を立てている。
ジュニアにとって『名前』というのは、とても大事なモノであるそうだ。確かに彼が言っている事は理解できる点が多い。名前というモノは、その人物を指し示す言葉だ。物質を指し示すのにも名前が必要だし、ただの番号の羅列であっても、それは意味を持って名前になる。
314という数字がπという文字で表せるように、πは意味を持って『おっぱい』と表現できる。
その直後、ロータスさんの爆乳やバイオレットさんの絶壁、美乳に成長したリベットのおっぱい、Z1400のゴム乳やエイダさんの巨乳が脳裏を過る。魅力的な様々なおっぱい達が頭に浮かんできたが、今は妄想に耽るほど余裕はない。
等と考えながら立ち止まっていると、ジュニアがロザリオ嬢の右足を覗き込んでいた。彼はロザリオ嬢のロングスカートを捲って、動かなくなった右足を見ている。
「何かあったのか?」
「イエス、イエス、イエス。ロザリオお嬢様の右足からスカラベが消えました。念のため臀部や太ももの裏を調べましたが、どうやら目的を果たした事で消えたのかもしれません」
ジュニアの話によると、ロザリオ嬢の右足に居たスカラベは消えてしまったようだ。僕が「じゃあ、ロザリオお嬢様の体には、五匹のスカラベが残っているんだな?」と訊ねると、彼は「イエス」と呟いた後、ため息を吐いた。
僕はロザリオ嬢に、「右足の感覚は?」と訊ねると、彼女は「全くありません。完全に動かなくなりました」と言って、取り乱した。
「落ち着いて下さい、ロザリオお嬢様。貴女にかけられた『スカラベの呪い』は、負の魔力で肉体を貪っています」
「ダルク様。私の右足は元通りにならないんですか?」
「ジュニアの話が本当であれば、スカラベは役目を果たして右足を奪ったんだと思います」
「そうなんですね。残念です」
ロザリオ嬢は俯いてしまった。右脚の感覚を完全に食いつくされた事を受け入れたようだ。
彼女に向けて、「最終的には他の部位も動かなくなるでしょう。ジュニアが言うには、貴女の体に居る五匹のスカラベは、貴女の左脚と両腕、頭と胴体を這い回っているようですから」と言うと、ロザリオ嬢は「覚悟が出来ました。右足を失ったのは残念ですが、死ぬよりはマシです。スカラベの呪いを上書き出来る呪いを探して下さい」と言ってくれた。
それから少しした後、僕たちはエイダさんとジャックオー師匠と合流した。
師匠は車椅子に乗るロザリオ嬢に近づき、右足の様子を見ている。エイダさんは、「こんな本がありました」と言って、僕に一冊の本を渡してきた。
「なんだよ『災厄の魔術師と神の戦争』って。呪いと関係ないじゃねえか」
「ダルク先輩、そんなに大声を出さないで下さい。女装しているのがバレますよ?」
「忘れてたよ。悪かった。それで、その本が何の役に立つんだ?」
「この本によると災厄の魔術師は、『神々を殺した際に、呪いの魔術を使って左腕を失った』らしいのです。もしかすると、ロザリオ様の左脚が動かなくなったように、呪いの魔術をかけた術者も『左脚が動かなくなった』という可能性があります」
「なるほど。それは確かにあり得るな。じゃあ、左脚が動かなくなった人物を探し出せば、解呪の魔術が分かるかもしれないな」
「そういう事です。ロザリオさんに別の呪いをかけるのは、あまりにもリスクが高すぎます。多少の時間は掛かりますが、術者を探してみるのはどうでしょうか?」
エイダさんは優秀なポンコツホムンクルスだ。彼女の推測が正しいのであれば、ロザリオ嬢に呪いをかけなくて済む。
スカラベの呪いの侵食がどれ程のスピードかは分からないが、他の部位の感覚を奪われても命が助かるなら、術者を問い詰めた方がリスクが低い。
僕が「残された期限は二週間前後です。どうしますか?」と訊ねると、ロザリオ嬢は頭を下げて「よろしくお願いします。術者を見つけ出してください」と言って、エイダさんの提案を受け入れてくれた。
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