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第7章 青年期 壱番街編
66「獣の姉妹」
しおりを挟むそれから数日が経ったある日、僕は五番街にある店に戻って調査を始めた。ジャックオー師匠に、「圧倒的に人手が足りません。マーサさんとアリソンさんにも、ロザリオ嬢に呪いをかけた人物の捜索を手伝って貰いましょう」と提案したのだが、彼女は頑なに僕の提案を受け入れてくれなかった。
どうやらジャックオー師匠は、『元亜人喫茶・デン』に勤めていた二人を信用していないようだ。彼女は僕に、「私の中での彼女達の信頼度は、50%以下だ。人の命が懸かった依頼を任せるには、信用度が足りない」と言ってくる。
以前、僕とジャックオー師匠は、雇っていた従業員に裏切られた事がある。その従業員は、『便利屋ハンドマン』に保管されていた顧客情報を盗んだ後、別の便利屋や探偵といった業者に高値で売り渡していた。
僕は店内にマーサさんとアリソンさんが居ないのを確認した後、ジャックオー師匠に再び説得を試みる。
「師匠。今回の依頼は人の命が懸かっています。報酬も高いですし、二人にも協力を仰ぐべきです」
「それぐらい分かっている。だが、前の従業員のように裏切られては困る。人手が足りないのは理解できているが、たったの三ヶ月だけでは、信用度が足りなさすぎる」
「勤続数で言えば、エイダさんだって彼女たちとほぼ一緒です」
「エイダは優秀なホムンクルスだ。常に期待以上の働きをみせる彼女と、あの二人では比べ物にならない」
「それは分かっています。ですが、このままではロザリオお嬢様の別の部位が動かなくなる可能性がありますよ?」
「それが理解できているなら、もっと思考を並列化させて仕事にあたれ」
師匠はそう言って、出掛ける準備を始めた。
ロザリオ嬢には常時、二人のボディーガードが必要だからだ。彼女の傍には、今もエイダさんとリベットがついている。だが、リベットはあくまでサポートでしかない。魔術が使えるとはいっても、リベットが発動できる魔術は医療に特化したモノに限られる。
リベットは殆ど不眠不休で、魔術学校と診療所トゥエルブを往復している。その上、僕を気遣ってロザリオ嬢の面倒まで看てくれていた。
僕は出掛けようとする師匠の腕を掴み、「マーサさんとアリソンさんを信じてください。そして、彼女達を信じる僕を信じてください」と言う。すると師匠は、「今回の依頼だけだ。それ以降の依頼は二人に対する信用度が上がってから判断する」と言って、腕を振り払って車庫へ向かった。
その後、車庫からイエローキャブのエンジン音が聞こえた。どうやら師匠は、イエローキャブを使って壱番街へ向かうようだ。もしかすると、イエローキャブに施された、『パワードスーツ』の機能を確認するのかもしれない。
「ダメだ。三ヶ月も昏睡したせいで、調子が全快じゃあない。もっと思考を並列化させないと――」
僕は『幸運を祈れ』呟き、脳と副腎からアドレナリンを放出させる。その後、作業台に置かれたメモに目を通した。
メモには僕が書いた『要人の暗殺依頼、ロザリオ嬢の依頼、災厄の魔術師が言っていた後天性個性の調査、スラムに住むアンクル青年団に物資を届ける』という文字があった。他にも、『義手の整備依頼や機甲手首の改良、雑居ビルに居る害虫の駆除や地下水道都市の監視』といった文字が書かれていたが、それらには目を向けなかった。
腕に装備されたアームウォーマーを操作した後、僕は店内に居る全てのハンズマンに指示を送る。
「アッシュとビショップは、義手の簡単な整備。クラリスは他のハンズマンを指揮して、ビルの中に居る害虫の駆除を頼む。残りのハンズマンは、僕の手伝いだ。じゃあ解散……」
名前を付けたハンズマンに指示を送った後、僕は思考を並列化させて『要人の暗殺依頼と義手の修理依頼』に取りかかった。すると、アッシュとビショップは作業台によじ登り、回転式荷物棚に置かれた義手の整備を始めてくれた。
それから小一時間、僕は要人の暗殺依頼計画の確認と義手の細かな修理を続ける。何度か店を出入りするハンズマンに、電気を注ぎ込んでバッテリーを充電すると、彼らは再び店を出ていった。
どうやら害虫の手がかりは見つかっていないようだ。ビルの全体に害虫駆除の煙を撒けば済むだろうが、それだと同じビルで営業するFFFに迷惑を掛けてしまう。その事が衛生局に知れ渡れば、FFFは一ヶ月も経たずに閉店するに違いない。
等と考えていると、店の扉に備え付けたベルが鳴った。
「はーい、今すぐ行くのでカウンターで待ってて下さい」
「アクセル様。マーサです、依頼が終わったので、ただいま戻りました」
店にやって来たのは、マーサさんだった。それから少しした後、彼女のお姉さんであるアリソンさんも店に帰ってきた。
彼女達は、『元亜人喫茶・デン』で請け負った物資運搬の依頼を果たしたらしく、はち切れそうなバッグパックを背負って店に戻ってきた。
マーサさんに「中身は?」と訊ねると、「魔獣から獲れた魔石です。地下水道都市へ物資を運んだ帰りに、魔獣と遭遇したのでやっつけてきました」と返事が返ってきた。
「そっか。二人は地下水道都市に行ってたんだね」
「はい、アクセル様。お姉ちゃんは怖がっていましたが、仕事ですので仕方ありませんから」
「仕方ないだろ、マーサ。こっちは災厄の魔術師に襲われた身なんだ。三ヶ月が経ったというのに、何の情報も掴めないままなんだぞ」
アリソンさんは地下水道都市に行くのが嫌だったようだ。
彼女の気持ちは理解できる。水道内で遭遇した災厄の魔術師は、身長が三メートル近くあった。重力に関する魔術も使ってきたし、僕の体を貫通する程の鋭利な武器も持っていたぐらいだ。あれから三ヶ月が経ったというのに、僕には昨日の事のように感じる。
脳裏に騎士の姿をした災厄の魔術師が過ったが、僕はそれを美女達のアラレもない姿で上書きした。
トラウマに囚われている場合じゃあない。彼女達に指示を送らないと。
「マーサさん、アリソンさん。ちょっと話があるんだけど、この後の予定は?」
「私はこの後、スラムの青年団に浄化石と携帯固形食料を届けに行きます」
「俺は空いている。が、アクセルの話の内容にもよるがな……」
マーサさんは僕の依頼で忙しいようだ。アリソンさんに限っては暇であるようだが、僕の話によっては他の仕事を優先するとのこと。
二人は、「まずはシャワーを浴びさせてください」「妹の言う通りだ。地下水道の酷い臭いが体に染み付いている。話はそれからにしてくれ」と言って、僕が目の前に居るというのに、大胆に服を脱ぎ始めた。
慌てながら手のひらで目を隠して、「服を脱ぐのなら、洗面台で脱いでくれ」と言ったが、二人は「アクセル様は私の命の恩人ですから、別に裸を見られようが構いません」「俺は一度、地下水道で裸を見られているからな。別に気にならないよ」と言って、言うことを聞いてくれなかった。
マーサさんとアリソンさんは、獣人族の中でも『嗅覚や聴覚』に特化した人種だ。錬金術が使えるうえに、身体能力に関しては素の状態の僕よりも優れている点が多い。腹筋も陰影ができるほど盛り上がっているし、鍛えられた体には魔獣との戦いでできた傷跡が残っている。
僕が「タオルを持ってくるよ」と言うと、彼女達は臀部にぶら下がっていたモフモフの尻尾を揺らして「ありがとうございます」と言い、浴槽のあるシャワー室へと向かっていった。
「リベットにも尻尾があったけど、マーサさんとアリソンさんにも尻尾があるんだな。モフモフなのは良いけれど、邪魔にならないのかな……」
等と呟きながら、僕は二階の作業部屋に戻ってタオルを取りに行く。すると、一回からマーサさんとアリソンさんの叫び声が聞こえてきた。
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