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第7章 青年期 壱番街編

62「悪い虫」

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 それから三日後、ロザリオ嬢は僕の提案を受け入れて、魔術学校に併設されている女子寮に入寮した。幸いなことに、トゥエルブ先生から許可を得たことでリベットも女子寮へ入寮することができた。


 ここまでなら何も問題は無いのだが、ひとつだけ問題が起こった。


 魔術学校は学生のために専属の従者を同行させる事が可能なのだが、それは同性に制限された規則だった。男子学生は男性の従者を、女子学生には女性の従者を従える許可を与えている。その他にも、人種やジェンダーといった細かい条件、人権や多様性に配慮した面倒な手続きがあったが、学校側の審査員には金を握らせて黙らせた。


 ロザリオ嬢曰く、「お金というモノは、あればある分だけ人生を豊かなモノに変化させます。私のような『呪われる側』の人間は、天国行きのチケットを買わないと地獄行きですから大変です」とのこと。


 どうやら呪われた原因に心当たりがあるようだ。依頼を受けた側としても、原因が分かれば問題を早く解決できるのだが、こういった依頼主は真実を語らない。ロザリオ嬢がこれまでどういった人生を歩んできたとしても、『便利屋ハンドマン』は報酬に見合った仕事を果たすだけだ
 

 前置きはここまでにしておく。僕はロザリオ嬢やリベットと一緒に過ごすため、今回の依頼も女装をして取り組まなければならなかった。幸いなことに、今回はキ○タマを撫でられるような状況は起こらない……と予測できる。


 僕が「失礼します」と言って、ロザリオ嬢とリベットの相部屋に入ると、彼女たちは「様になっていますね、ダルク様」「正体を隠す為に女装しなきゃいけないけど、ダルクくんの女装って完璧だね」と答えてきた。

 


「あ……あ……変声機の調整中……」
「ダルク様、その声なら不自然ではないと思います」
「ダルクくん、誰がどうみても女の子にしか見えないね」




 二人は僕が『アクセル・ダルク・ハンドマン』だと周囲の学生たちに隠すため、僕をミドルネームで呼んでくれている。『最速の青年、アクセル・ハンドマン』という異名が街に知れ渡らなければ、周囲の女学生たちは僕のミドルネームに気づいていたかもしれない。


 何にせよ、女装の中でも比較的に安全な『メイド服』に着替えた事で、僕は女子寮に潜入することができた。


 ここでも僕は同様に、『アッシュ』と『ビショップ』という二匹のハンズマンを組み合わせた、『フェイス・ガード』という防護マスクで口元を覆っていた。壱番街には煤煙といった問題は無いが、その代わりに多様性に配慮した面倒な風習が残っている。


 カボチャ型の防護マスクを被った、ある人物曰く、「壱番街には暗黙のルールがある。年齢や人種、性別の話は御法度だ。出る杭は打たなくて良い。勝手に錆びさせておけ」とのこと。


 僕は二人に「今日の予定は?」と訊ねる。




「私は一ヶ月後に学校を卒業しますので、講義や授業といったモノはありません。卒業の論文も書き終えましたし、自由に行動できますよ」
「羨ましいなあ。私は今日はずっと医療系魔術の座学が待ってるよ」




 どうやらロザリオ嬢に限っては暇なようだ。リベットには申し訳ないが、ここは各々で行動して『呪いの魔術』について調べる必要がある。


 それから僕たちは女子寮を出発した後、二手に別れて行動を開始した。


 リベットには医療系魔術の講義の中で呪術に関して調べてもらい、僕とロザリオ嬢は学校の敷地内に存在する図書館へ行くことになった。




「さあ、お嬢ちゃん。図書館へ遊びに行くか」
「ダルク様、せめて『ロザリオお嬢様』と呼んでください。でないと周囲の人物に女装がバレますよ?」

「さっそくボロがでたな。ごめん、ごめん。では、ロザリオお嬢様、向かいますわよ!」
「何だか急に人が変わったみたいで気持ち悪いです。ダルク様は女装が本当に似合っていますね」




 僕は完璧だと思えるエリートメイドに成りきり、ロザリオお嬢様が乗る車椅子を押していく。


 彼女は僕の事を不気味だと言っていたが、それは仕方ないと思う。僕が便利屋で働くようになって師匠に初めて教わったのは、女性に扮する技術だった。


 ジャックオー師匠は、「キミの身長なら下手なボロを出さない限り、誰だって男だとは見抜けない。私が女だったとしても、絶対に気づかないよ」と言ってくれていた。そう誉められたのは十年も前だ。彼女は自分の性を偽っていたし、僕も師匠の事を男性だと思っていた。


 もしかしたら、女装をしている僕を襲いかかってくるかもしれないと、当時は思っていた。師匠が女性と分かった今なら、過剰な心配だったことだと分かる。




「着きましたね、ダルク様」
「そうですね、ロザリオお嬢様」




 等と考えていると、魔術学校の敷地内にある学校図書館にたどり着いた。道中、色んな男子学生の注目を浴びたが、それが口を覆った『フェイス・ガード』のせいなのか『黒髪の美少女メイド』であったからなのかは分からなかった。


 僕はロザリオ嬢を乗せた車椅子を押していき、『魔族と人族』『人体構造』『魔術の歴史』といった本のあるコーナーに向かう。ロザリオお嬢様に、「どれから調べますか?」と訊ねると、彼女は「まずは『魔術の歴史』から調べていきましょう」と言ってくれた。


 立ち上がれない彼女に代わって、三脚を使いながら本を取ろうとしたが、指先が本に触れた直後、近くにいた男子学生が本を横取りしてきた。




「はい、メイドさん」
「ありがとうございます」




 どうやら僕から本を奪い取った男子学生は、僕が本を取るのに苦労しているのを見て、代わりに本を取ってくれたようだ。


 男子学生は僕よりも数十センチほど身長が高く、男性である僕から見ても、彼が『美男子で羊の皮を被った狼』である事はすぐに分かった。


 その場で狼男に感謝を述べた後、僕は颯爽とその場を立ち去る。すると、狼男は「忘れ物があるよ」と言って引き留めてきた。




「忘れ物ですか?」
「うん。大事なご主人様を忘れている。キミはロザリオ様のメイドなんだろ?」

「えっと……そうでした、そうでした」
「恥ずかしがらなくても良いよ。キミは新人のメイドさんなんだろ?」




 キザでムカつく男だ。態度や口調、佇まいや外見だけでも、彼が陽キャなのは一目瞭然だった。僕のような真の陰キャが関わっていい人間ではない。それは確かだ。


 車椅子に乗るロザリオ嬢の膝に本を載せた後、僕は髪を靡かせて彼を睨み付ける。男子学生に「立場を理解しなさい。貴方の前に居るのは、ロザリオ・オリヴィア・テスラです。そして私は彼女に付き従うメイドなんですよ!」と言ってみた。




「それぐらい誰だって分かるよ。キミは変わった『ポンコツメイド』さんだね」
「そうですよ、ダルク。貴女はただのメイドです。大声をあげて他の方々にご迷惑を掛けないで下さい」
「はい……すみませんでした」




 情けない話だ。狼男から当たり前な事を言われた後、彼は僕の事を『ポンコツメイド』だと呼んできた。ロザリオ嬢にもフォローを入れてもらった。


 恥ずかしさで顔が赤くなっているのが分かる。さっさとこの場から立ち去ろう。


 等と考えていると、狼男は「魔術に興味があるなら、この本がオススメだよ」と言って、別の本を渡してきてくれた。本の表紙には、『呪術や呪詛の仕組み』という文字が書かれている。咄嗟に僕は『幸運を祈れグッドラック』と呟いて、体内にアドレナリンを駆け巡らせたが、狼男からは敵意を感じられなかった。


 狼男に向けて、「どうしてこの本を選んだのですか?」と訊ねると、彼は「キミには見えないようだけど、僕には見えるんだ。ロザリオ様の体に這い回る害虫がね」と言ってきた。
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