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第7章 青年期 壱番街編

63「便利屋ハンドマン・ガチ勢」

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 僕が狼男に「害虫が見える?」と言うと、彼は「場所を移そう。誰かに聞かれたら困るだろうし」と言って図書館の中を歩き始めた。


 魔術学校に併設されてある学校図書館は、何階層にも別れて多くの本が保存されてある。故に、人の手に渡らない本もあることから、人気のない場所も存在していた。


 十数分ほど狼男の後ろを歩いていると、彼は周囲に人が居ないのを確認して立ち止まった。




「ポンコツメイドさん」
「どうしましたか、狼男さん」

「僕はキミの正体を知っている。キミが何者なのかもね……」
「クソッ垂れ……僕たちは罠に嵌められたのか――」



 
 狼男は学生服の内ポケットから何かを取り出そうとしている。忍び込ませた手の形によると、銃やナイフといった武器であるようだ。


 咄嗟にアドレナリンを高めて、傍にあった本棚に向けて手のひらを当てる。体内に蓄積した電気を放出すると、電気は鉄製の本棚を通じて狼男の体に流れていった。


 僕はロザリオ嬢に「ここから離れましょう。僕が賭けに勝つにはそれしかありませんから」と言ったが、彼女は「彼の手のひらを見てください」と言って動いてくれなかった。


 ロザリオ嬢が指先を向けた方向には、感電して立ち上がれない狼男が居る。内ポケットから引き抜いた彼の手には、五年も前に刷られた『僕のホバーバイクレースブロマイド』が握られていた。




「この電気……やっぱりキミは、あのアクセル様なんだね!」
「大声を出すな狼男。念のため訊ねるが、キミは僕のファンなのか?」

「ただのファンじゃない。俺はキミのレース走行に魅了された、『本当のファン』だ」
「うげっ……」




 どこに保管していたのか分からないが、狼男はその場で『僕の女装姿やコスプレ姿のブロマイド』をばら蒔き始めた。その後、彼は床に膝を着いて、空中に舞い続ける写真の中から一枚のプロマイドを引き抜いた。


 僕とロザリオ嬢がドン引きする中、彼は指で挟んだプロマイドに顔を押し付け、「俺はキミが大好きでしょうがないんだ」と大声で叫びやがった。


 彼に向けて再び、僕は電気を流し込む。強めの電気を放ったつもりだが、彼は何事もなかった様に立ち上がった。




「社会保障番号は62404865。当時の印刷所で刷られたブロマイドには、身長が143センチと記載されていたが、本当の身長は141.4センチだ。体重は38キロ。好きな飲み物は点滴と豆乳ミルクシェイク、嫌いな食べ物は携帯固形食料。そしてキミの犯罪係数は300をオーバーしている。執行対象だ」
「残念だが、僕はドミネーターでは裁けないよ。全部知られているようだな。キミは誰なんだい?」

「俺が誰だか分からないのか? あんなに沢山、俺はキミに情報を与えていたのに……」
「もしかして……お前は――」




 狼男は僕の個人情報を隅々まで知っているようだ。住人を認識する本物の社会保障番号を知っていることから、コイツの正体はすぐに理解できた。


 彼は元々マスクを着けていたらしく、人工皮膚であった顔の皮膚に手を伸ばした後、偽物の顔を剥ぎ取って姿を現した。




「驚かせるなよ、情報屋さん」
「ビックリさせて悪かったね、アクセル。キミがこの依頼を受けたと知って、俺はキミに接触しようと思ったんだ」




 狼男の通り名は、『ダブル・フェイス・ジュニア』だ。彼はアンクルシティの全ての便利屋と繋がっている情報屋の一人息子である。それだけならただの便利な青年だが、彼は違った。


 ジュニアは、僕の熱狂的なファンだ。『便利屋ハンドマン・ガチ勢』と呼んでも過言ではない。それからも彼は、僕への熱狂的な愛を語ってくれた。が、そこは別の機会に聞くことにする。




「そんで、ジュニア。ここまで僕を追いかけて来たってことは、何か情報があるんだよな?」
「残念だが、今の俺はジュニアじゃあない。『クリエイト・ロデオ・ウィザード』という名で忍び込んでいる。クリエイトと呼んでくれて構わないよ」

「訳が分からねえ名前だな。分かったよ、ジュニア」
「ジュニアじゃあない。クリエイトだ。俺もキミが学校に居る間は、ダルクさんと呼ばせてもらうよ」

「前置きはこれぐらいでいいよな。さっき『ロザリオ嬢の体に害虫が這っている』って言ったけど、あれは本当か?」
「うむ。それは本当だよ。一種の呪術であっていると思う」




 ジュニアはそう言って、引き剥がしたマスクを被りなおした。彼の話が本当であれば、僕には見えない害虫とやらがロザリオ嬢の体を這い回っているらしい。一匹や二匹という訳ではなく、数十匹は這い回っているとのこと。


 その後、僕たちは場所を変えて話す事になった。その道中、彼は『呪術の基本』や『呪術の応用』、『呪術化した魔術』といった本を拾って、人気のない場所で立ち止まった。


 僕が「そんな本が役に立つのか?」と訊ねると、彼は「イエス、イエス、イエス……」と呟きながら、本のページを捲り続ける。彼は本のあるページで捲るのを止め、ロザリオ嬢と僕に本を渡してくれた。




「普通の虫だな。ロザリオ嬢は知ってるか?」
「この本の虫は、『スカラベ』という肉食の甲虫です。ダルク様は知らないんですか?」

「残念だけど、虫に欲情する性癖は無いからね。毒のある生き物かゴキブリしか知らないよ」
「物事への興味を『欲情するか否か』で判断しないで下さい。その言い分ですと、ゴキブリに欲情している風に思われますよ」




 面倒臭い幼女だ。虫なんて全部一緒だ。分けられるのだとしたら、毒があるかないかだけだ。近頃は食用のコオロギが市場に出回っているが、それも一過性のブームだと思う。一年後には、『ああ、そんなブームもあったな』と言われて、人々の記憶の片隅で動き回っているに違いない。




「それで、ジュニア。ロザリオ嬢の体には、今もそのスカラベが這い回っているのか?」
「ジュニアじゃあない。クリエイトだ。イエス、イエス、イエス。特別な目を持つ俺にしか見えないでしょう。恐らく、呪いをかけた人物でさえも見えないに違いません」




 それから僕とロザリオ嬢は、ジュニアから呪いの魔術と呪術について教わった。彼の話によると、『呪いの魔術』と『呪術』は別物であるらしい。呪いの魔術は呪いに特化した魔術であるが、呪術のように強力なものではないそうだ。


 幸いなことに、ロザリオ嬢にかけられたのは、『呪いの魔術』の方であった。呪術だった場合は、術者を殺して解呪しないと解けないが、『呪いの魔術』であれば術者を叩かなくても、方法を知っていれば呪いが解けるらしい。


 

「ジュニア。つまり、呪いをかけた奴を殺さなくても治せるんだな?」
「イエス、ダルクさん。呪術じゃあないから殺すのはマストじゃあない」

「でも問題が残ってるな。ジュニアには『何匹もスカラベ』が見えているんだろ?」
「ソーソー。恐らく、呪いの魔術をかけたのは単独犯ではありません。俺には六匹のスカラベが見えています」




 六匹のスカラベか。甲虫というからには、エビやカニと食感は変わらないのだろう。デ○スカバリーチャンネルに出演する、ベアやエドなら、「貴重なタンパク源です」だと言って、頬張っているに違いない。


 話を呪いの魔術に戻す。呪いの魔術というのは、魔力と化した『負のエネルギー』を利用しなければ発動できないらしい。ロザリオ嬢に呪いの魔術をかけた人物は、とてつもなく彼女を憎んでいるようだ。
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