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第7章 青年期 壱番街編

61「呪いの魔術」

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 僕はリベットに同じ質問を繰り返す。何度も「『呪いの魔術』は簡単に解けないのか?」と訊ねたが、リベットは首を横に振った。




「呪いの魔術か……」
「うん。ロザリオさんの体からは、呪いの魔力が感じられるんだ」

「凄いなリベット。そんな事も分かるんだ」
「たくさん勉強したからね。医療系の魔術に関する知識だけなら、同じ学年でも私がトップだから」




 リベットを撫でてあげたかったが、彼女の方が身長が高くて撫でられなかった。たったの三ヶ月だというのに、リベットは随分と大人になってしまったようだ。


 トゥエルブ先生に、「呪いの魔術って『呪術』って事ですよね」と訊ねる。すると先生は、「それで間違いないわ。タチの悪い魔術だ」と言って塞ぎごんだ。


 僕はベッドの縁に座って、ロザリオ嬢の頭を叩く。『痛ッ』っと反応してくれていたので、少しだけ元気なのが分かった。




「何が原因で体調が悪いのかは分かった。後はそれを解決するだけだな」
「アクセル様。呪いの類いに精通している医者を知っています。彼なら私に掛けられた呪いが何なのか判断出来るかもしれません」



 
 ロザリオ嬢はそう言って眠ってしまった。脈や呼吸をしているか確認したが、死んだ訳では無いようだ。


 彼女はその医者に会いたがっていたようだが、会わせるつもりはない。誰が毒を盛って呪いを掛けたのか分からない以上、医者であっても危険だと感じたからだ。


 トゥエルブ先生とリベットの話によると、眠ってしまったのは僕のせいであるらしい。僕が毒素を分解する液体を注入した事により、ロザリオ嬢の体は一時的に体力を消耗した状態になってしまったようだ。




「急ぎすぎましたね。彼女はどれぐらいで起きますか?」
「二、三時間ほどしたら起きるよ。その頃には毒素が排出されて元気になるはずだ。呪いの魔術に関しては、解呪をしなければ一ヶ月も保たないがな」




 トゥエルブ先生の見立てによると、ロザリオ嬢が呪いに掛けられたのは直近であるらしい。

 


「アクセルくん。酷いことを言うけど、誤解しないで聞いて欲しい」
「リベット、どんな小さな事でも構わない。キミは呪いを解く方法を見つけ出してくれ」

「ごめんねアクセルくん。頑張ってみるけど、あまり期待はしないでね」
「手伝ってくれるだけでも有り難いよ。少し外に出るから、僕が戻って来るまでお嬢ちゃんの傍に居てくれ」



 そう言って僕はロザリオ嬢の部屋に、トゥエルブ先生とリベットを残して屋敷を出た。二人が彼女の体を調べてくれなければ、僕は呪いの魔術を見逃して助けられなかったに違いない。


 魔術の類いは全く理解出来ないが、呪いというからには呪いを掛けた人物が居ると予測できる。魔術というからには、魔力が関係しているのだろう。




「あーこんな時の為に神学校で魔術の勉強をすれば良かった。機械の分解やホバーバイクの運転に夢中だったからな……仕方ないか」




 それから僕は屋敷に居る従者からホバーバイクを借りて、壱番街を延々と走り回った。何かに躓いた時や壁にぶつかった時、頭を空っぽにして走り回るとアイデアが浮かぶ事が多いからだ。


 借り物のホバーバイクで街中を走り回り、僕はあてもなく彷徨い続ける。その道中、何度か治安維持部隊の兵士に追いかけられたが、彼らのトロい運転では僕に追い付かなかった。




「ロザリオ嬢を憎んだ、もしくは妬んだ人物の犯行だ。殺すだけなら、毒を盛り続ければ良いだけだ。もしかすると、術者はロザリオ嬢がジワジワと苦しむザマを見たいのかもしれない。呪いを掛けた人物の気持ちを理解する必要があるな」




 頭の中を整理し終えた後、僕は壱番街にある『バーガーショップ・FFF壱番街店』でバーガーとミルクシェイクを買い、ロザリオ嬢の屋敷に戻った。トゥエルブ先生は帰ってしまったが、リベットだけは屋敷に居てくれた。幸いにもロザリオ嬢は意識を取り戻していて、何度かトイレに行って毒も出したようだ。


 僕は金髪ツインテール幼女に「他に安全な場所はあるか?」と訊ねる。




「私には全てが危険な場所だと思えます」
「悪いなお嬢ちゃん。そりゃあそうだよな。馬鹿な質問だった」

「アクセル様は学校に通った事がないんですか?」
「あるよ。五番街のスラムにある神学校に四、五年は通ってた。まあ勉強の方の才能はなかったけどな」

「意外ですね。便利屋で名を馳せた方と聞いたので、私が通うような魔術学校に通っていたと思っていました」
「魔術学校か。ガッカリするだろうけど、僕には魔術や錬金術を使える才能は無い。あるとしたら、女性のケツを追う才能ぐらいかな」



 
 僕がそう言うと、ロザリオ嬢はバカ笑いしてくれた。近くの椅子に座っていたリベットも笑っていたが、彼女に限っては目だけが笑っていなかった。


 ロザリオ嬢に、「魔術学校には寮があるのかい?」と訊くと、ロザリオ嬢は小さく頷いた。どうやら僕が壱番街を走っている間、ロザリオ嬢とリベットは学校について語り合っていたらしい。


 リベットの話によると、ロザリオ嬢は彼女と同じ魔術学校に通っているとのこと。学部は違うようだが、彼女たちには多くの共通点が存在していた。二人は、ある人物に『片想い中』であるらしく、学校に通い始めたばかりだというのに、リベットには好きな人ができたようだ。


 ロザリオ嬢もまた、別学年の女性に好意を寄せているらしい。二人が充実した人生を送っているのは嬉しいことだ。




「悪い事は言わない。僕の見立てが当たっていれば、キミは屋敷で過ごすより寮で過ごした方が良いよ」
「アクセル様がそう言うのなら、そうしてみます」
「私もトゥエルブ先生に、『一ヶ月だけ寮に住めないか』頼んでみる。そうすればロザリオさんの体調も看られるから、アクセルくんの負担も減るでしょ?」



 
 僕はリベットに「有り難い申し出だけど、遠慮しておくよ」と言ったが、彼女は首を横に振り続けていた。どうしても僕の手伝いがしたいらしい。




「本当は断るべきなんだろうけど、手伝ってくれると助かるよ」
「気にしないで良いよ。ロザリオさんとは同じ学校なんだし、あの学校は必要であれば『専属の従者』を同行させるのも許可してるから」




 それから少しした後、ジャックオー師匠が屋敷を訪ねてきた。師匠は相変わらず、カボチャ型の防護マスクで顔を覆っていて、自分の性別を隠している。


 師匠に『呪いの魔術』と『毒が盛られていた件』を伝えると、彼女は「ご苦労さま。リベットを診療所まで送ってあげなさい。彼女にも自分の仕事があるから」と言ってきた。




「ジャックオー師匠」
「何か用でもあるのかい、アクセル」

「リベットを呼び出したのは僕です。今日ぐらいは休ませてあげませんか?」
「それを決めるのは私たちではない。リベットの上司はドクタートゥエルブだ。交渉する相手を間違っているぞ」




 師匠の言う通りだった。僕が彼女に言ったところで、トゥエルブ先生にお休みを却下されてしまえば話にならない。


 その後、屋敷の電話を借りてトゥエルブ先生に同じ質問をしたが、先生は「ダメだ」と言って一方的に電話を切った。




「リベット、ごめん。先生に頼んでみたけど、ダメだった」
「大丈夫だよ。診療所とお店は近いんだし、一緒に帰ろう」




 たったの三ヶ月だというのに、リベットはかなり成長した。急に仕事を休めるほど社会は甘くないし、彼女は自分という存在が診療所に必要な物だと理解しているようだ。


 エイダさんには新しい同僚ができて、ロータスさんは災厄の魔術師の情報を探している。リベットはいつの間にか僕の身長を越すほど成長したし、性格や中身まで大人になってしまった気がする。


 自分の周りに居る人たちが成長するのは嬉しいが、置いて行かれている気がして、少しだけ寂しくなった。
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