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第6章 青年期 ボディーガード編
58「駆除対象」
しおりを挟む僕がエレベーターを利用して1階に辿り着いた直後、ビルの管理人であるオバチャンが駆け寄ってきた。
何か問題が起こったのだろう。オバチャンは雑居ビルに入った他のテナントの従業員と言い争っている。
僕が「どうしたんですか?」と訊ねると、オバチャンは「アクセル先生、聞いてくださいよ――」と言って、いつも通りの長話が始まりそうになった。オバチャンは、某マ○ベル系映画に出てくる、ルイスを彷彿とする陽気な人物のように、何が起こったのか教えてくれた。
「あのね、アクセル先生」
「どうしたんですか、オバチャン」
「この人たちがエレベーターに関して文句を言ってくるの。オバチャンってアレだからさ、ただの管理人だからエレベーターの修理は出来ないのに、早くエレベーターを修理しろって言ってくるのよ。それに、廊下が汚いとも言ってくるし、文句ばっかり言ってきてさ……」
オバチャンのマシンガントークから察するに、エントランスに居る彼女に文句を言ってきたのは、雑居ビルの他の階層でファーストフード店を開く、『ファスト・ファット・フライアウェイ』の従業員であるようだ。FFFは、デリバリーの注文を電話で受けてから二十分以内にピザを届ける方針を取っているらしく、二十分を過ぎれば料金はタダという謳い文句で商売をしているとのこと。
僕はFFFの従業員に、「この雑居ビルは確かに汚いかもしれませんし、それにエレベーターはロクに動きません。それでも、治安維持部隊がビルを囲んで守っていてくれるので、安心できる場所ですよ」と言ってあげた。
「そういう問題じゃあないんだ。アクセル先生、なぜだか分からないが最近、ビルにゴキブリが徘徊している事が多いんだ。万が一、デリバリーフードに昆虫が混入すれば大事にもなりかねないから、オバチャンにどうにかして欲しいと言ってるんだ」
FFFの従業員は、そう言って自分達の店に戻っていった。彼らの言い分は理解できる。確かにここ数日は、建物の廊下でゴキブリを見る事が多い。先程エレベーターに乗った時も、二、三匹ほど見かけた気がする。
同じビルで店を開く者としても、見過ごせない問題だ。オバチャンの管理責任もあるだろうが、ここは『便利屋ハンドマン』の力を見せる時なのかもしれない。
「オバチャン。FFFがゴキブリを見かけた階層は何階ですか?」
「一階から十五階までよ。アクセル先生なら何とかできない?」
「オバチャンには世話になっていますし、僕が解決してみせますよ」
「本当に助かるわ。もし上手く事が運んだら、今度ご飯を奢ってあげるからね」
それから僕は改造アームウォーマー・バージョン5を操作して、便利屋ハンドマンの店に残った無数の機甲手首に指示を送った。
指示の内容は、『ゴキブリ一匹の駆除につき、特別製のオイルを与える』といったモノだ。彼らに指示を送った直後、僕が身に付けていたホログラムに着信があった。相手はエイダさんとアリソンさんだった。
二人は、「緊急事態発生です、アクセル先輩」「アクセルさんの機械が脱走しました!」と言って、ホログラムに慌てた様子を写し出してくれた。
僕は二人に、「気にしないで良いよ。彼らはビルに居るゴキブリを退治してくれるだけだから。それとキミたちにも僕から依頼を頼みたい」と言うと、エイダさんは首を傾げて「どんな依頼ですか?」と問いかけてきた。
「ハンズマンはゴキブリを退治するだけだ。ゴキブリの発生源が知りたい。情報が集まったら、後で連絡してきて」
「分かりました。既にハンズマンが動き回って緊急事態ですが、事態が変わったら連絡しますね!」
エイダさんはそう言い残して通信を切った。前回、地下水道都市で有象無象のネズミやゴキブリと遭遇したからなのか、エイダさんには少しだけゴキブリに対する抵抗力がついたようだ。
その後、僕は防護マスクとしての機能を搭載する、ビショップとアッシュが組合わさった複合体ハンズマンを、『フェイス・ガード』と名付けて口を覆い、壱番街へと向かった。
五番街から壱番街へ行くには、徒歩や街中を走る蒸気路面機関車に乗る必要がある。ホバーバイクや浮遊型蒸気自動車でも行けるのだが、依頼主が『テスラ家』という大金持ちなので、車で行くことは断念した。
それから一時間ほど、壱番街に向かう蒸気路面機関車に乗っていると、終点である壱番街へ続くゲート前に辿り着いた。
壱番街はアンクルシティの中心にあるが、中に通じるゲートは四つしかない。要人や軍人の住居や研究施設といった建物がある以上、反政府組織から身を守るためには、ゲートを四つにした方がいいと考えているらしい。
「壱番街に用があります。そこを通してもらえませんか?」
セキュリティゲートの傍に佇む、治安維持部隊やZ1400といった蒸気機甲骸。機関銃搭載型二足歩行機甲骸、通称ED5000と呼ばれるゲートガードに通行証と腕に刻印された四角型のIDを提示する。すると、彼らは刻印を確認する機械を持って傍に近づき、通行証とIDを確認してくれた。
「アクセル・ダルク・ハンドマンですね。通行証とIDの確認にご協力頂きありがとうございます。今回はどういったご用で壱番街へ?」
「女性兵士さん。依頼主の事は明かせませんが、ボディーガードといった仕事で来ました。通してくれてありがとうございます」
そう言って手を振り、僕は壱番街へ続くゲートを開けて貰って中に入った。その直後、なにやらゲートの方で問題が起こったようだ。
視線を後方へ向けてみると、デジャヴのようなモノを感じる。どうやら四番街に入った時と同じようなテロ行為が始まったようだ。
前回は四番街のゲートに入るときに問題が起きたが、今回は壱番街のゲートを通った直後にテロ行為が行われた。前と同様にテロを行った人物たちを拘束するのだと思っていたが、その予想は間違っていた。
ED5000やZ1400といったスチームボットを含めた治安維持部隊は、テロ行為を行った犯人たちに向けて鉛を浴びせていた。体にポッカリと穴ができるほど銃弾を放っていたし、治安維持部隊の兵士たちの表情からは、一切の躊躇というモノが感じられなかった。
ゲートの中央で固まっていた僕に、女性兵士やZ1400は「通行証を無くさないようにしてくださいね」と言って、テロ行為に走った犯人たちを路肩に引き摺っていった。
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