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第6章 青年期 ボディーガード編

57「改良型ハンズマン」

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 礼儀知らずの馬鹿令嬢に「お帰り下さいませ、お嬢様」と言った後、僕はコートの袖口を捲りあげる。左腕に装備された改造アームウォーマーを操作して、店内に居る無数の機甲手首ハンズマンに『馬鹿どもを取り囲め』と指示を送った。


 僕の指示を受け取ったハンズマンたちは、一階や二階の隅々から姿を現した。彼らは指先を器用に動かして、来客用のカウンターに飛び乗ったり、床や壁中を這い回っている。




「な、なんなの……この気持ち悪い手首は……」
「彼らは僕の命令を聞く優秀な部下たちだ。悪いがお嬢ちゃん、キミの依頼は断らせてもらうよ」



 
 ツインテールの金髪幼女は、ゴキブリ並みの速度で動き回るハンズマンを気味悪がっていた。彼女だけではない。御令嬢に付き従うメイドや執事さえも、僕が操るハンズマンたちに不快感を抱いているようだ。先程まで大勢いた従者たちは、お嬢ちゃんを含めたキモが据わったメイドと執事を店に残して、外の廊下に逃げていった。


 適当にあしらって帰す予定だったが、それでもお嬢ちゃんは微動だにしなかった。


 僕はツインテールの金髪幼女にトラウマを植え付けようと思い、床や壁中を這い回る一部のハンズマンに『新たな指示』を送る。すると、指示を受け取った一部のハンズマンは、備え付けられた磁石の磁力を高めて合体した。映画エ○リアンに登場する『フェイス○ハガー』と化したハンズマンは、指先をウネウネと動かしながら床を這い回り、最後には店内に残っていた人物たちの顔に飛んで張り付いた。




「残ったのはお嬢ちゃんだけだ。金だけ置いて帰ってくれないかい?」
「安心してください。その金貨は手付金です。依頼料は別でお支払しますよ」

「金額の問題じゃあない。僕はジャックオー・ハンドマンとは違って、『相手を見て』依頼を受ける価値があるか判断しているんだ」
「つまり、貴方の腐りきった観察眼は、私が価値の無い人物だと判断したんですか?」

「良く分かってるじゃん。理解が早くて助かるよ」
「やっぱり貴方は変わり者ですね。捻くれた性格が気に入りました。仕事は来週の月曜日からで構いません。依頼を受ける気になったら、壱番街にある私の屋敷まで来てください」




 テスラ嬢はそう言って、カウンターにばら蒔かれた金貨に向けて、壱番街に出入りできる通行証明書セキュリティーパスを投げつけて出て行った。


 度胸のある女の子だ。あれだけ強く脅されても、彼女は僕から一度も視線を逸らさなかった。ただ者じゃないのは確かだ。壱番街に住む、『テスラ家』について調べる必要がありそうだ。


 それから僕は改造アームウォーマーを操作して、フェイス○ハガーに進化したハンズマンたちに『散らかった部屋を片付けるように』と指示を送り、丸椅子に飛び乗る。カウンターの上に散らばった金貨は、数えてみると数十枚はあった。




「手付金だけで金貨五十枚か。かなりのリターンが期待できるだろうけど、どうせハイリスクな依頼なんだろうな」




 カウンターの上には金貨が五十枚ある。日本円に換算すると五百万円だ。


 トゥエルブ先生に金貨二十枚の医療費を払ったとしても、手持ちに三十枚も金貨が残る。密かに蓄えた貯金と合わせると、金貨は二百枚以上はあるだろう。それに、この金貨は僕に対する指名料といった類いのモノに違いない。という事は、師匠に報告しなくても良いお金だ。




「師匠にバレないうちに隠さないと不味いな。金貨は嵩張るから、純度の高い錬成鉱石や錬成水に変えておこう」



 
 僕は掻き集めた金貨を持って二階に戻り、作業台の傍らに設置されたクランクを回す。すると、回転式荷物棚が入れ替わって本棚の段が現れた。


 本棚から辞書型の金庫を数冊ほど手に取り、くり抜かれた本の中央に金貨をしまった。


 義手の修理依頼やハンズマンの改良、アームウォーマーの調整や反応速度の改善等を行い、トゥエルブ先生に医療費を支払ったり反政府組織の要人暗殺の準備や『テスラ家』に関わる調査をしていると、あっという間に一週間が経った。他にも後輩たちに手伝ってもらい、簡単な手話を練習した。


 どうやらジャックオー師匠から頂いた資料や情報屋から得た調べによると、『ロザリオ・オリヴィア・テスラ』お嬢様は、幅広い事業に手を染めるテスラ一族の御令嬢であった。


 特に近年では、最新鋭のカジノ娯楽施設の開業や、卓越した資金繰りのお陰で蒸気機関技術の発展にも手を貸しているようだ。


 そんなテスラ家だが、ロザリオ・オリヴィア・テスラ嬢はひとつだけ嘘をついていた。彼女はテスラ家の一人娘ではない。他にも兄弟や姉妹といった肉親が多く存在していた。


 僕は回転式荷物棚の中から、『ビショップ』と『アッシュ』と名付けた複合型ハンズマンを手に取る。彼らはテスラ嬢が店にやって来た時、咄嗟に思い付いたアイデアで『フェイス○ハガー』に進化した最新型のハンズマンだ。あの強気で生意気なテスラお嬢様には効果が無いだろうが、他のメイドや執事といった人物には効くと思い、今回の依頼は彼らにも同行することに決めた。


 僕が作業台の上で手話を用いて、『ビショップ』と『アッシュ』と話し合っていると、エイダさんやアリソンさんといった人物たちが僕の傍に寄ってきた。


 エイダさんは、「ボットに話しかけています。そろそろ末期かもしれませんね」と言って、僕を憐れむような目で見てくる。アリソンさんに関しては、「俺が思っていたアクセル先輩のイメージが壊れた」等と言っている。

 


「ガッカリさせて申し訳ないけど、僕はただの機械オタクで重度の変態な被虐性愛者マゾヒストだ。最速の青年っていう異名は、僕の素性を隠すためのフェイクでしかないよ」
「知ってますよ、先輩。地下水道内で思いしりましたから」
「俺は知らなかった。あの最速の青年にこんな一面があったなんてな」




 アリソンさんはまだ分かっていないだろうが、エイダさんに関しては僕が究極の変態紳士だと理解している。マーサさんとアリソンさんには悪いが、僕は身内となった従業員には、素性を隠すのは面倒だと思った。


 それから僕はエイダさんに、「壱番街に行ってくる。今日は帰ってくるだろうけど、依頼の交渉しだいでは帰らないかもだから、ジャックオー師匠に伝えてもらえると助かる」と言い残して、廊下に続く店の入り口から出ていった。


 

「壱番街へのセキュリティーパスも持っている。防護マスクの代わりにハンズマンで口を覆ったし、何があっても良いように改造アームウォーマーや他のガジェットも持ってきた。テスラ嬢はどんな依頼をしてくるんだろうな」




 等と独り言を呟きながらエレベータを使ってエントランスに向かう。すると、何やらビルの管理人であるオバチャンが騒いでいた。
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