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2019・新春
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しおりを挟む数日後。
この日、出勤してきた良夢は教室へ入るなり腰掛けてテキストを開き、仕事に関わる勉強をしているらしかった。
今日は定期受講している受講者がひとり来校したっきり、来訪者は一時的に増えはしたがやはり平日の昼は閑古鳥が鳴いている。
「あのぉ、所長…ちょっといいですかぁ?」
「ん、はいはい?」
久々に呼ばれて潤が振り向けば、
「絆創膏とか、持ってませんかぁ?靴擦れしちゃってぇ~」
と、業務に全く関連の無い話だったのでコントの様にガクッと崩れてしまった。
「ええと…あ、あるある…待ってね…」
潤はロッカーの私物スペースから手の平大の缶を探り当てて蓋を開ける。
絆創膏や頭痛薬、毛抜きに綿棒にヘアゴム…飛鳥が持たせてくれた便利セット、ちなみに裁縫道具が入っていないのは「開いた時にぶち撒けると危ないし、ジュンちゃんにはどうせ扱えないから」だそうだ。
「はい、これで足りるかな?」
「ありがとうございますぅ、昨日買ったばっかりの靴なんですけど、合うサイズが無くって、でも欲しかったから大きいサイズ買っちゃったんですぅ」
パンプスの中敷きには金で「S」の文字、しまった体型マウントだと察した時にはもう遅かった。
「Sサイズでも大きい時があって…困っちゃいますよね…所長は?足、何センチですか?」
「あー、25…だね…」
「わぁ、大っきい!男の人みたいですね!」
良夢はいつに増して声を張って潤のサイズ感を扱き下ろす。
「そ、うかな?まぁそこそこの大きさだとは思うけど」
「お店に売ってます?可愛い靴とか見つからないでしょ」
「うーん……んー…」
言い争いはしたくないが今日は明らかに向こうからふっかけて来ている。
しかし安い喧嘩を買ってこちらが悪者にされては敵わない。
スタッフは潤の人柄は分かってくれているが、スーツで長身の彼女が仏頂面で良夢を見下ろしただけで「叱っている」構図に見えてしまうのだから迂闊に顔も向けられない。
「確かに少ないけど、シンプルなデザインが好きだから、品薄で困ったことはないかな」
狼狽しては敵の思う壺、潤は缶を片付けながらニッコリ笑ってやった。
「へぇ……所長って、彼氏はいらっしゃるんですか?」
「え、あ、あー…いる、よ?一応…」
「自分より背が高い男の人を探さなきゃいけないって、大変じゃないですか?」
何が気に障ったのか元々こういう計画だったのか、良夢はズカズカと土足で潤の心へ踏み込み始める。
「ん?なんで?」
「ヒール履いて彼氏より大きくなっちゃったらみっともないじゃないですかぁ、私だったら絶対イヤだぁ」
良夢は意に介さない潤へのクリティカルヒットを狙い言葉で暴れ回るも、
「そう…かな?前の彼氏はそんな人だったけど…今の彼は気にしないし…『好きな靴履きなよ』って言ってくれるから好きにしてるよ?お揃いで色違いのサンダル履いたり…へへ」
マウントをひらりとかわして惚気で返すので彼女はいかにも面白くなさげな面持ちで眉を痙攣らせた。
「彼の顔、見上げる方が良くないですかぁ?」
「それもいいし、ヒールで高くなった分、顔が近くなるのも好きなんだ、へへ♡」
「お姫様抱っことかされないでしょぉ?」
「いや…されたことはあるよ。軽々じゃないけど私くらいは平気みたい」
ああ面白くない、明らかにそんな表情を隠しもしない良夢は捲し立てる。
「腕の中にすっぽり抱かれるの、女の子の理想じゃないですかぁ?所長みたいに大柄だと守ってもらえなさそう。エッチも体格差がないと彼氏も満足しないんじゃないですか?それとも大きい女が好きな特殊性癖なんですかぁ?女の子は、私みたいに小さくなきゃ可愛くないですよォ‼︎」
「へ…」
仕事中に聞く言葉じゃないなぁ、職場モードの潤は言われた事を脳内レコーダーに記録してため息をついた。
この子は潤が屈して小柄を讃えてやると満足するのだろうが、そんな事をしてやる義理も理由も無い。
場を収めるために時に自分を折ることも必要だが、ここまで自分と恋人を批判されて良夢と仲良くしてやる気持ちが生まれるはずもなく。
ちょうど外回りから戻ってきた嘱託のおじさま・ミチタは2人のただならぬ空気に怯えてカウンターの端でコソコソと荷解きをしていた。
「ふー…」
不本意だがこの場を収めようと潤は口を開く。
「…なんか…気が立ってる?価値観はそれぞれだからさ、私には空知先生の考えは分かんないよ。先生の考えを世間が大多数で認めたとしても私の体型が変わるわけじゃないし」
「大多数ですよ、世の中の男性は小柄な女の子が好きなんですよぉ」
「私は必ずしもそうじゃないと思ってる。自分のことを誇るのはいいと思うけど、私を貶すのは違うんじゃない?……仕事相手じゃなかったらケンカしてるところだよ…この事は忘れるから…Web会議の時間だから離れますね」
「………」
潤は余裕を見せてミチタへ会釈し、しかし予定より10分は早く離席し事務所へと向かった。
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