俺はこの顔で愛を釣る

あかね

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13・香澄side・やめてんか

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 結局、私が何に困っているかと言えばグッズ諸々の代金の引き換えにデートないしカラダを求められているということで。

 はっきりと支払うべき総額を成田なりたさんに明言してもらえば丸く治ると思ったのだ。

 だから家でゴロゴロしていた父に同席を頼んだし、少しでも抑止力になればと思ったのだが…たぶん失敗している。


香澄かすみちゃん、吾郎ごろうさんにどう頼んでん?」

「…成田さんと会うんだけど、グッズの料金を遠慮されるから支払額を決めてもらいたくて立ち会って欲しい、って」

つまみ過ぎと違う?吾郎さん、たぶん『彼氏を見て欲しいの』くらいのお願いやと思うてるよ」

「え、だって…本当のことなんて言えない…」

 「最初は無料だと言ったのに翻意して高額の支払いを請求されて、しかもそれをカラダで払えとも取れる言い方で身体を触られて怖いから付いて来て」なんて…そんな情けないことを父親に相談できない。

 父が激昂げっこうして成田さんが職を失うようなことになれば寝覚めが悪いし、お金さえ納めれば終わる話だと思っていたのだ。


「優しいなぁ、香澄ちゃん」

「…とにかく、お支払いします」

 財布から折り目の付いた千円札を出してテーブルに置く、成田さんは「ふーん」とそれを見て次に私の顔を見て、

「ええよ、これは今回の分な」

と手に取った。

「…こんかい?」 

「うん、まぁ最初のグッズも言うた通りタダでええわ。でも前回のパスタ代はまだやんな?あれは香澄ちゃんの『お礼』部分やろ、誠意の気持ちやんな?な?」

 なーんとなくこうなることは分かっていた気がする。

 父に聞かせたところでボイスレコーダーで録音したところで、成田さんは「何が」と主語を特定していなかった気がする。

 話し合いは最初から破綻はたんしていたのか、私はため息をついて適温になったカフェモカをいっそ楽しむことにした。


「…美味しー」

「あれ、現実逃避かいな」

「いえ、…現金でお支払いできるならそれで済ませたいんですけど、お支払い方法は具体的にどうしましょうか」

「お気持ちでええよ」

録音していないか警戒を強めたのか、彼はぼんやりとした言葉で強請ゆすってくる。

「何か…現金ですとか物ですとか、労力ですとか、はっきり決めて下さい」

「んー…パスタ代は2000円とちょっとやったな、着払いの送料はまぁややこしいからええとして…2000円分の労力…このままランチしてもらおかな」

「らんち、」

 きたきた、それで二人きりになったら牙を剥く気だわ、でもそれで済むなら安いものだし推し似の彼だし、昼食なら数時間で解放されるだろうし…私はつい顔がほころんでしまった。

「嬉しい?」

「ち、違います…それで済むなら、って…」

「ん、ほなそれ飲んだら出よか」

「はい…ん…美味しい…」





 駐車場に出ると乗り合わせて来た父の車は無くなっていて、成田さんの車のドアに手を掛ければ

「ちょい、なんで後ろやねんな、助手席乗りや!」

と怒られる。

「はい…」

「運転中はなんもせぇへんわ、」

「はーい…」


 他人ひとの車はどうしてこうも異世界のように空気が違うのか、文字通り空気はホワイトムスクの芳香剤の香り。

 そしてシートに染み込んだ成田さんの匂い、土と革の匂いもした。

「昼メシ、何がいい?」

「んー…お任せします」

「回転寿司とか好き?」

「あ、好きです!大好き!」

 これははしたなかったか、思わずはしゃいだ私に成田さんは一瞬ぽかんとして、すぐニヤと笑い

「ほな、橋渡ったとこのええ方行こか」

と南へ車を走らせる。

「良い方?」

「ん、100円寿司よりちょいええヤツ」

「え、もったいないです、安いので充分美味しいです、」

「30前の男がデートで100円寿司は無いやろ…俺ひとりならそっち行くけどや」

「はぁ…本当にデートなんだ…」

 一応周りの目とか気にするのかな、下衆い人だと思っていたけど少しはマシかも。

 なんせ顔が好みなのだからちょっとの善行で一気に名誉挽回が図れてしまって困る。

 どん底まで落とし込むような愚行でもない限り完全に嫌いにはなれないか、つくづく好みとは面倒なものだと感じた。

「さすがに奢らせたりせぇへんよ」

「自分の分は出しますから」

「なんでよ」

「また…加算されたらこのやり取りが終わらないので」

「ひひっ…鋭いねぇ」



 車は寿司屋に着くも祝日の昼間ともあり店内は満席、待合の長椅子に腰掛けて順番を待つことにする。

「ごめんね、いっぱいやった」

「いえ、お寿司はみんな好きですもんね」

「……香澄ちゃんさぁ、敬語辞めへん?デートやんか」

「んー…年上ですし…距離感というか…」 

「知らん仲やないやろ?」

 成田さんは親指と人差し指で輪を作り、それを少し開いてねじるジェスチャーをした。

「……やめて…」

「ん?なに、」

「やめてんか…」

「ん、可愛いな」

 言葉を崩せば彼はご満悦そうに目を細め、手を下ろす動線でちょいと私のバストトップを撫でて、何事も無かったかのように膝に置く。

「……へんたい」

「せやで」

「犯罪者」

「香澄ちゃんが嫌がればそうなるね」

「……」


 私、嫌がってないんだ、駐車場に面したガラス窓に自分が反射して映り込む。

 そこに映るのは仲良さげにニコニコと笑い合うカップルで、その私はとてもじゃないが隣の彼に敵意なんて向けてるようには見えなかった。

 推しに似てるこの顔がいけないんだ、「ぐぬぬ」と歯を食いしばり成田さんを見つめれば、

「なによ、可愛い顔して」

おだてるので無性に精神が高揚してしまって仕方ない。
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