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12・悠一side・お支払いは気持ちで
しおりを挟む「……あかんか」
外見が好み同士なのだからしばらくは付き合えると思ったのに。
顔で落とせなかった女は初めてなので、俺は不遜な態度を少々恥ずかしく思った。
まぁ俺の女性遍歴なんて顔で寄ってきた女とばかりだったから大抵のことは許してもらえたりしたのだが、香澄ちゃんは推し似のコレに流されるほど馬鹿ではなかったようだ。
迫る度にどぎまぎしているのはこちらからも一目瞭然だった。
それは俺というか推しを…ナリを見ているからだったのか。
弟を餌にしておいてのこの失態を俺は心底情けなく憐れに感じガックリと項垂れた。
入りは見た目でも良かった、そこから俺の良さを分かってもらえれば良かったのに。
しかし俺の良さとはなんだろうね、とりあえず車へ入ってひと息つく。
メールアドレスは既にゲットしているが拒否されればそれまで、深追いしても良いことなど無いか、だって職場も知られている訳だし。
出逢って浅い仲だが体に触れてしまったので断罪されるとすればその辺りだろう…走り過ぎたな、そりゃそうだと家路に着いた。
・
部屋に入り郵便受けを見れば宅配便の不在届が1枚、手続きをして営業所へ取りに出向くとそれは母親からのネヤガワラグッズの追便で、しかも着払いで3箱もある。
「……これは…配送料も上乗せして請求したろか」
こうなれば印象がどうなったって同じことだ。
俺は家に持ち帰り香澄ちゃんへメールを打った。
『こんばんは。昼間はデートしてくれてありがとう。グッズのことなんやけど、追加が家から届いたから見てみんか?配送料だけでも6000円ちょっと掛かってんけど』
これは無視できないだろう、俺は意地悪く彼女の良心を揺さぶることにする。
そして数分後、
『必要な分だけお支払いします。また殴ってしまうかもしれないので、人目のある場所にしましょう』
と返信が来た。
なんともチョロい子だなぁ、俺はサクサクと日時を決めて彼女との逢引を取り付け、見えないのをいいことにほくそ笑む。
何が原動力かなんてはっきりは分からない。
ただ顔と身体が好みで性格も嫌いじゃない、義理堅そうで弁えていて、ロリ顔の大人なんて最高じゃないか。
あわよくばホテルにでも誘えるか、俺は久々にコンドームの在庫とその消費期限を確認した。
・
さてデート当日…珍しく祝日の休日の昼、香澄ちゃんは約束の喫茶店に父親同伴でやって来た。
「おぉ、成田くん!久しぶり」
「こんにちは、葛城さん…何にします?」
「ブレンドで」
「香澄ちゃんは?」
やりやがったな、メニューに隠れてギロリと睨めば、
「…カフェモカで」
と彼女はツンと唇を尖らせる。
「しかし…本当に香澄が成田くんとデートしてるとはね」
「えぇ…今日で2度目ですね」
「いやごめんね、邪魔したなかってんけど、香澄が『ついて来て』言うからね…ええ歳して恥ずかしいんかいな」
「そうですかぁ…緊張してるのかな、可愛らしいですね。健全なデートしかしてませんのに」
そう言えば香澄ちゃんはこちらを睨み返し、「あれのどこが健全なんだ」とばかりに鼻頭にシワを拵えた。
「あっはっは…いや、ほんまに成田くんみたいな好青年とええ事になってくれたら嬉しいねんけど…ん、どうも」
吾郎さんは届いたコーヒーにブラックのまま口を付けて、「ほぅ」と息をつく。
対して甘党の俺はコーヒーを指差しながら香澄ちゃんをじぃと見つめ、彼女の隣に置いてある砂糖入れを「取れ」とテレパシーを送った。
「……」
香澄ちゃんは俺の意図に気付いたが嫌そうに顔を顰め、不思議に思った吾郎さんが
「香澄、してあげな」
とナイスアシストを決める。
「……」
彼女は陶器でできた壺を引き寄せて、小さなトングで角砂糖を3つ、ソーサーの上に置いてくれた。
「成田くん、甘党なんやね」
「えぇ、香澄ちゃんは僕の好みを覚えてくれたみたいで…嬉しいですね」
「やるやないか、香澄」
「……」
すぐにでも帰りたいのだろうな。
香澄ちゃんはふぅふぅと熱々のモカを吹いては泡に阻まれて、悔しそうにしたりでも少し口を付けて熱そうなリアクションをしたり…小鳥のクチバシの様に唇の先に白い泡を付けて美味しそうに眉を上げる。
実に微笑ましく幼げで可愛らしいと思えた。
「ん…成田さん、それでその…グッズの件なんですけど」
「はいはい、今日はこちら」
俺は今日も厚手の紙袋に入れて来たネヤガワラグッズの一部をテーブルへ広げる。
メモパッド、マフラータオル 、エコバッグ、今回は割と実用的な物が多かったように思う。
「…こ、これは…良いですね…」
「好きなだけあげるよ」
「…いえ、前回分もお支払いしますから」
「そう?ほな一個100円で1000円くらい貰おかな」
「安っ…」
吾郎さんの手前だいぶん言葉も金額も削ったが、香澄ちゃんは当然「それで済むはずがないじゃない」とせっかく可愛い顔を歪ませる。
「ええよ、お金はそれで。あとは香澄ちゃんの『気持ち』でデートでもして払うてもらおかな」
「おやおや、ほんなら年寄りは退散しようかね…成田くん、悪いけど帰り送ってやってくれる?」
「もちろんです」
「ほなね、また買いもんに行くから」
吾郎さんはどういう約束で付き添いを頼まれたのだろうか。
そう時間も経っていないのに早々とコーヒーを飲み切ると腕時計をチェックして席を立とうとする。
「え、お父さん、」
「お前たちが仲良うしてるんは分かったから。じゃあね、ここは払うとくよ」
「それはどうもありがとうございます」
俺は営業スマイルで立ち上がって最敬礼にてお見送り、
「……わ、私も帰る…」
と追おうとする彼女の手をぎうと握って逃亡を防いだ。
「香澄チャン、お支払いがまだやんかぁ」
「…1000円で良いんですよね、お父さんに聞いてもらったし」
あぁ、言質目的で吾郎さんを同席させたのか、それならばボイスレコーダーの方が良い仕事をするだろうに…俺は「まぁまぁ」と宥めて着席させる。
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