俺はこの顔で愛を釣る

あかね

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2・悠一side・好み故に勿体ない*

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「(あの娘さん…めっちゃ可愛いかったなぁ…好み過ぎ……んーでも俺の顔見てたな…ダルいなぁ…)」

遅めの昼休憩に入った俺…成田なりた悠一ゆういちは、バーベキュー味のスナック菓子をガシガシ噛み砕きながら人知れず葛藤していた。

「成田くん、お昼ご飯それだけ?」

同時に事務所の休憩スペースへ入った白物担当・松井まついくんが俺に声をかける。

 彼は温め終わった弁当をレンジから取り出して「あちち」と耳たぶを触っているところだった。

「うん、腹に溜まれば何でもええわ」

「溜まらないでしょ、野菜食べてる?」

「なん…オカンみたいなこと言いなや」

俺はふっと笑って菓子を食べ切り、アーモンドチョコレートにも手を掛ける。

 我ながら悪食、栄養にはこだわりが無く、生きていけるだけの最低限のエネルギーが摂取できればいいという極端な食生活を送っていた。

「また松井会する時はおいでよ。この前のお疲れ会は来なかったじゃん、あのお店、ご飯まぁまぁ美味しかったのに」

 『松井会』とは松井くんが主催するレクリエーションサークルの会合のことで、カラオケに行ったり日帰りドライブをしたり、彼が家で手料理を振る舞ったりという若手スタッフの懇親会のような集まりのことである。

「マジ?次は何すんの?」

「お手軽フレンチと…苺が美味しくなってくるからフルーツタルトとかしようかな。柑橘とか好きじゃない?」

「好き、ミカンもネーブルも好き…休み合わへんくてもそれだけ貰いに行くよ」

 食に関心の薄い俺にとってもスイーツは別腹、そしてバランスまでしっかりと配慮された松井会の食事は俺の重要な栄養源となっていた。

「是非おいでよ、また日取りとか教えるからさ」

「うん、うん……ごちそうさまー…じゃね、」

「うん」





 45分の休憩時間のうち10分弱を食事に使った俺は席を片付けて事務所を後にし、駐車場まで降りて自分の車へと乗り込む。

 スマートフォンのアラームをかけて時間まで仮眠、それが俺のルーティンなのだ。


「あの子…ネヤガワラのファンやろなぁ」

 ネヤガワラとは大阪出身でじわじわ人気が高まっている若手お笑いコンビのことだ。

 奴らのコンビ名ロゴの描かれたアクリルキーホルダーが先程の客…葛城かつらぎ親子の娘のバッグに吊り下がっているのを俺は先ほど目にしていた。

 あれは恐らく自作のオリジナルグッズだろう、そうすればなかなかコアなファンともいえる。



 ネヤガワラはボケの『ウズ』とツッコミの『ナリ』からなる男性2人組、何を隠そう俺は…成田悠一は『ナリ』の血縁、実の兄なのである。

「もったいなぁ…」

 にわかに売れ出した弟と瓜二つのこの顔、眼鏡で隠してもああまで凝視されては気付かれたことだろう。

 なんせ俺らは一卵性の双子、体格から歩き方までそっくりなのである。

 家族が有名人になるというのは嬉しくも面倒で、しかも問題を起こして炎上などすれば煩わしいことこの上ない。

 ネヤガワラの芸風は主に恋愛や女性をネタにした漫才で、たまに行き過ぎた表現をしてはやれ女性蔑視だの差別だのとフェミニストに叩かれたりするのだ。

 ぽつぽつメディア露出もしてきたというのに奴らの姿勢は相変わらずで、売れたい気持ちが無いのか万人受けするネタをしようとはしない。

 それが逆に尖っていてカッコいい、とファンが付いたりするのだが、そのファンもまた厄介だ。

 俺たち兄弟の出身は大阪だが、俺は専門学校を卒業すると地元就職を避けて敢えて遠方に配属希望を出した。

 高校卒業と同時に事務所の養成所に入った弟・陽二ようじは幼馴染みとコンビを組み活動を始めていて、俺は芸風を見た時点で「距離を置こう」と直感したのだ。

 希望が通ってまぁまぁ離れた兵庫県へ配属され平穏な日々を過ごしていたのに、ネヤガワラは着実に名が知れていき…最近では家電量販店の店頭でネタを披露したりする営業も回っているという。


「…しかし……可愛かったな…あの子…」

 先程の客が連れていた娘さんは幼いというか童顔というかいわゆるロリ顔で、それなのにしっかり化粧をしているところがミスマッチに感じて可愛らしかった。

 そして学生服でも不思議ないくらいの背丈なのにきっちり大人なコンサバ系の服を着ていて、その割にメリハリのあるボディーラインが性癖に刺さったのだ。



 しかし彼女がネヤガワラのファンだというなら話は別、極力接点を減らしていかねば精神がたない。

 俺に弟を投影されると仲良くなり易い反面女の地雷率も高くって危険性も高い。

 第一学生さんに手を出して前科者になりたくないしな、深入りしないに越したことはない。

 俺はコロコロと飴玉を舌で転がして、アラームの音をきっかけにカジと噛み砕いた。





「お疲れ様です、」

「おつかれさまー」

 売り場に戻る俺は気持ちのスイッチを切り替えて、執事にでもなったつもりで背筋を伸ばす。

 休憩に入る時などはいまだに気が抜けて素が出てしまっていて、ガニ股というか怠そうに見える歩き方の癖がなかなか治らない。

 しかしせめて話し方だけでも、根は弟とそう変わらないのだが俺は堅実な生き方を選んだので繕えるところは繕ってやっていこうと決めた。

 弟が嫌いなわけではない、そこそこの応援はしているがただちょっと双生児に飽きたというか…別個の人間として独立したいだけなのだ。
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