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1・香澄side・オレンジジュース
しおりを挟む彼との出会いはとある家電量販店の…売り場でのことだった。
「成田くん!」
「葛城さま、いらっしゃいませ、どうも」
「決心ついたわ、この前の。最後に見せてくれたやつ、あれにしたいんやけど…どやろ?」
客である私の父…葛城吾郎が所望しているのは最新型ではないが玄人好みのパソコンだ。
父はもう長いことそれを買うかどうかを考えて決めかねていた。
なかなかに高額な買い物のため踏ん切りがつかなかったが、ようやく決心した父は以前から相談していたらしい店員・成田さんへ現在の販売状況を尋ねる。
彼は抱きつかんばかりの勢いで近付いた父の腕を掴んで止めて、
「またいらっしゃるかと思って、他店から取り寄せました。昨日到着したので…こちらどうぞ、」
とカウンターへと誘った。
「おぉ、準備してくれてん?ありがとう!」
その手回しと高待遇に大層喜び、父はニコニコと成田さんの後を追う。
「…」
二人の様子を黙って眺めていた私は吾郎の娘・香澄(25歳)である。
父から「親切丁寧な店員さんにお世話になっている」とは聞いていたが、やり取りを目の当たりにして「確かにそうだ」と実感していた。
成田さんは執事のようにピシッと立ち父をエスコートし、相槌は適度に、リアクションは少々大げさに、しかし邪魔にならない程度に…柔らかく爽やかな好青年である。
しかしどこか尖っている、顔の作りがそう感じさせるのか。
本心からは笑っていないような、心の底では周りを下に見ているような、僅かな軽薄さも窺えた。
もちろん、接客業に就いているからといっても全員が芯からサービス精神で応対しているわけではない。
仕事だから対価が貰えるからマニュアル通りに動く、素の性格がどうであれそこを責める権利は他人には無いだろう。
当の私も普段は個人病院で医療事務として従事しており、賃金を貰うために小難しい勉強をしてわざわざ就職したわけで「患者のためになりたい」なんて使命感で働いているわけではない。
なので成田さんがいわゆる営業スマイルを振り撒くことに嫌悪感などは抱かなかった。
成田さんは父と並んで椅子に掛けた私へ
「こちら、コーヒーチケットです。ジュースも選べますので、お待ちの間に宜しければどうぞ、」
とペラペラのカードをくれる。
そこには『コーヒー(ホット・アイス)、ジュース(アップル・オレンジ)のいずれか2杯分と交換できます』と注記されている。
しかしそれはパッと見で分かること、わざわざジュースをお勧めされた私は「またか」と内心不満に思った。
私はとうに成人した社会人、しかしながら顔つきが幼いためによく未成年に間違われるのだ。
酒類の会計時には必ず年齢確認を受けるし、居酒屋では身分証明を提示させられたこともある。
かといってそんなことを話題にすれば「若見えアピール乙」とろくに取り合ってもらえないことも経験から理解している。
なので私は僅かに唇の端をピクと引きつらせただけで
「ありがとうございます」
とそれを受け取った。
成約に入るからこれでも飲んで時間を潰して来いという店員の気遣い、しかし私は破れないようにそうっとコートのポケットへ差して父の隣で説明を一通り聴くことにする。
・
父が成田さんを担当に選んだのは昨年の9月、パソコンを検討し始めて何件かお勧めをピックアップしてもらったことがきっかけだった。
数週に渡り来店し最終的に2件まで絞り込んだものの決断しきれず、閉店後1時間も店に居座ってしまったこともある。
そんな日も嫌な顔ひとつせず、成田さんは「またいらして下さい」と送り出してくれたそうだ。
それから父はちょくちょく店を訪れては周辺機器などを彼の接客で買い求め、いよいよ本体を購入する目処がついた、というのが今回の来店理由である。
今日はたまたま休みで暇だった私も同伴したわけだが、父がえらく称賛する店員がどんなものかと見てやりたい気持ちがあったのだ。
「(父さんがベタ褒めするからどんなんか思うたけど…普通の店員さんやん…まぁ、紳士的でカッコええけど…というか…ん…?)」
私はカウンターの中から父へ説明を行う成田さんの姿をこっそり見つめ、ついつい唇がニンマリと笑んでしまう。
端ないことを言うが正直好みのタイプ、具体的に言うと私が贔屓にしているお笑い芸人の片方と顔が瓜二つなのだ。
アイラインを引いたような濃い切れ長の目、通った鼻筋、その下の溝・人中が深くくっきりとしていて唇にもつい目が行ってしまう。
太いフチのお洒落眼鏡で隠れてはいるが本当にそっくりで…私は2度見3度見を繰り返した。
「(似てる……そっくり、名前…あ‼︎)」
推し芸人の名は『ナリ』、そしてこの店員の名は『成田』…何かしらの関係があるのではないか?安直だがここまで類似点があるとそう考えずにはいられない。
私は黙って成約中の彼を穴が開くほどに見守り、その姿を脳裏に焼き付けた。
「さて、以上……ですね、では設定ができ次第お電話しますので、数日お預かりいたします………お嬢さま、何か?」
「あ、いえ、」
さすがに何かあるのかと最後に声を掛けられるも、私は「芸能人の親戚はいますか」などと不躾なことは聞けずに押し黙る。
「成田くん、ありがとうね、本当…よし、コーヒー貰って帰ろか。ほな、またよろしく頼むよ」
「はい、ありがとうございました」
私も一応ペコリと頭を下げて、カウンター内の通路からバックヤードの扉へと吸い込まれていく成田さんの後ろ姿を振り返って見つめた。
細くてヒョロっとして、風に流される案山子のようにゆっくりと左右に振られる歩き方。
フロアに立った時の佇まいとはかけ離れたその姿、何から何まで推しに似ている。
「(やっぱり…似てる…)」
「香澄?何にする?」
「あ、お、オレンジジュース…」
カフェコーナーで交換してもらったプラカップの冷たいジュースにストローを立てて、テーブルも埋まっているので我々は帰りながら喫むことにした。
「いやぁ、ええ買い物やった」
「良かったね…あの成田さん、…カッコええね」
「あー、イケメンというか…味があるわ、男前やんな、」
父は私と飲み物を車に乗せて、安全運転で自宅まで戻る。
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