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3・香澄side・社交辞令ですもんね
しおりを挟む父がパソコンを成約してから数日後、設定が終わったことを知らせる電話が葛城家へかかってきた。
「はい、葛城です」
『お世話になります、ムラタ皇路本店の成田でございます、吾郎様はご在宅でしょうか?』
あぁ聞き覚えのある声、心地よく落ち着いた重低音。
テレビや動画で拝聴する推しのそれにもやはり似ている。
「あ、いえ…父はまだ戻っておりませんが…」
『そうですか、でしたら伝言をお願いできますでしょうか、』
「はい、はい…どうぞ、」
『先日ご購入いただきましたパソコンの初期設定が済みましたので、ご都合のよろしい時にご来店下さい、と。成田から電話があったとお伝えください』
「はい、分かりました…ありがとうございます」
『恐れ入ります、失礼致します…』
通話が切れても私は受話器の向こうに耳をすませ、
「うわ…そっくり…どう…うわぁ、萌え、うわ」
電話線を介しての推しの声を思い出しては割と本気で「録音すれば良かった」と後悔するのだった。
それから私は父へ『パソコンできたらしいよ』とメールを打ち、休みの兼ね合いで再びお供としてムラタへと出向くことにした。
それは自分の買い物もあったからで、成田さんの顔を見たいとか話したいとか、そんな不純なものでは…少しはあるけど…特に問題は無いだろう。
・
「成田くん、来たよー」
「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」
父はだいぶんくだけた挨拶で成田さんに手を振り、そのままカウンターへと案内される。
「こちらですね、ここが……、……、……」
「うん、うん……、うん、」
「(カッコいい…流行りのイケメンじゃないのに、なんでこんなにカッコいいんだろー…)」
私は二人がパソコンの話をしている間、ぼんやりウットリと成田さんのお顔を眺めていた。
万人が認める美男子とかその類ではないはず、それなのに目線がそこから離れないのは「好みのタイプだから」としか言えないし説明ができない。
もっとも私が成田さんにそう感じるのは彼の向こうに推し芸人を見ているからであって、何も知らずに成田さんに出逢っていたらここまでビジュアルを気にかけることもなかったかもしれない。
「……み、香澄、」
「へ、はい、」
「どないした、そろそろ帰るで」
「ん、はいはい…」
「大丈夫ですか?」
カウンター越しに小首を傾げて覗き込んでくる成田さんはさながらバーテンダーとかマスターとかそのような雰囲気を醸していて、私は顔表面の温度が急上昇していくのを感じる。
「ひゃ、ひゃい…だいじょーぶ、れす…」
あぁ噛んだ、みっともない。
きっと推しに会ってもこんな感じになっちゃうのかな、私があたふたと取り繕っているとパソコンを箱へしまった父が
「……成田くん、この子な、成田くんの顔が好みなんやて」
と、何故か突然大きめな爆弾を落とした。
「へぇ、」
「お父さんっ‼︎嫌や、違うんです、もう、」
「…光栄ですね」
「いや、あ、」
きっと女性あしらいも慣れているのだろう、成田さんは口元に手を当てて苦笑する。
さっさと荷物をまとめて帰ろう、立ち上がりずんと重い箱に手を掛けると父はさらに追撃を放った。
「成田くん、もし相手おらへんねやったら香澄とデートでもしてやってよ。彼氏も作らんと休みはずーっと家に居んねん、寂しいやろ」
「⁉︎」
「成田くんのこと好きな芸人さんに似ててカッコええて言うてたし」
「お父さん、」
社交辞令にしては父は具体例を出し過ぎているのだ。
もう私の顔表面は熱くなりきって焼け焦げたようにじんじんと痛くて、床を見たまま俯いてしまう。
「もー、いややぁ、」なんて窘められる程に世馴れしていない、順応力が低い自分をも恥じてどうにも顔が上げられなかった。
何秒か不思議な空気が流れて父も「よいしょ」と腰を上げると、成田さんはごそごそとポケットを探り名刺入れから一枚取り出して私へ掲げ、
「こちら、営業用のメールアドレスが書いてありますので、よろしければご連絡ください」
そう言って、切れ長の目を細めて微笑んだ。
「あ、はい、」
「ありがとうございました、お気をつけて」
「おおきにー、香澄、カート押して」
「う、ん、」
カウンターに置かれた名刺を拾ってまたポケットに入れて、私は歩き始めた父の後ろを買い物カートを押して追いかける。
去り際に振り返り見た成田さんは背中を向けていて表情は分からなかったけれど、姿勢は少し崩れて怠そうだった。
そうなると余計な気遣いで疲弊させてしまったことを私はさらに悔やんだ。
帰りの車内では私はボロクソに父を叩き、しかし悪気の無い父はナイスアシストをしたのだと主張を曲げなかったのでこの喧嘩は尾を引いてしばらく続く。
・
「……メアド…は、個人のスマホで受信できんねやろか」
会社用のサーバーがあってそこで他の社員も閲覧できるようなシステムならば、私的なことは送るべきではないだろう。
だいたい成田さんも本気でメールしてくるなんて思ってはいないことだろう。
上客の機嫌を損ねぬよう、私を傷付けぬよう気を回してくれただけで、これを間に受けて『デートしませんか』なんて送って『すみません、社交辞令でした』なんて返ってきたらそれこそ顔から火が出る程に恥ずかしいことである。
私は財布のカード入れに名刺を挟み、お守りの様に持ち歩くことで淡い淡い恋心未満の気持ちを消化させようと思った。
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