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10 愚王子

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 ペロっと自らのくちびるをゆっくりと舐め上げた王子は、武器をしまったアザリアを壊れもののようにぎゅっと抱きしめる。
 首元の匂いを嗅がれるとくすぐったくて身を捩りそうになるが、ここでよじるとあとあと痛い目に遭うことを重々理解しているアザリアは、できるだけ動かないように我慢する。
 ピクピクと指先が震え、「ふぁうっ、」という意味のない声をあげてしまうのは仕方がない。

 今日も、今この瞬間も、溺愛王子はアザリアに甘い。

 暗殺者には平穏な人生なんて望めないし、ありえない。
 あるのはどこまでも孤独でつまらなくて、血を浴びる日々だけ。だからだろうか、アザリアは最近この生活が永遠に続けばいいのにと柄にもないことを思い、願ってしまう。

(………はやく、殺さなくちゃ)

 昨日、アザリアの元にハンドラーから催促状が届いた。
 アザリアの暗殺者としての信頼は、今この瞬間も第2王子アルフォード・クライシスを殺せないせいで失墜し続けている。

 背中に回された手の大きさに、力強さに、アザリアはぎゅっとくちびるを噛み締める。

(冷酷であれ。
 無慈悲であれ。
 残酷であれ。
 ———すべては無機質な人形であると思え)


 己に何度も言い聞かせているのに、アザリアの手は彼の背中に回ろうとしている。


 ———がんっ!!


 いきなり大きな音を立てて、執務室の扉が開け放たれる。
 咄嗟に王子のことを思いっきり押して彼とは別の場所に立ったアザリアは、扉を開けて入ってきた人物に僅かながらに驚いた。

 第2王子アルフォードと同じ金髪に、アルフォードよりも淡い青色の瞳を持つ美丈夫。
 仕草自体はいちいち幼くて、無邪気で、子供っぽいが、名乗ってもらわなくてもわかる。


(セオドール・クライシス。
 クライシス王国第1王子にして、愚王子と名高い正妃の息子であり、王太子候補………)


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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

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