19 / 28
6章:永き夢想の果て
2
しおりを挟む
二人は驚愕した。人間が、どうなったら妖怪に取り憑く事が出来るのだろう。キヨもアリサもそんな事、話もしなかった。むしろ同じ妖怪前提での話だった。彼女達でも予想していなかったのだろう、『人間が妖怪に取り憑く』事を。
影はそんな二人を見て目元を歪ませて嗤った。
「と言っても……我はこの妖怪が、幽明ヶ原に移住する前にもう既にここで死んでいたがな。貴様らは幽明ヶ原に迷い込んだ人間の大半が、どうなるか聞いているだろうのだろう?」
「まさか、水無月様が言った。養分になった人間の魂の残痕──」
愕然と信乃は言う。とうとう堪えきれなくなったのか、影は吹き出し嗤う。一頻り嗤うと次の週間には怒りを滲ませた。
「ふ、そうだ!……『人間』は語弊があったな。貴様の言う様に『魂の残痕』だ。あろう事かこの世界の創造主は慈悲をかけた!消しておけば良かったモノを『哀れ』に思い、自然消滅する最期までここに留まらせた!それがどれだけの苦痛か知らずにな!!」
頭を掻きむしり怒りに身を震わせた叫びが、響く。強烈で全身が痛くなる程に。
影は言う、魂の残痕には常に身を引き裂かれる程の苦痛しか無いと──。
影は叫ぶ、何も出来ず記憶を消され自ら命を絶つ絶望を──。
影は嘆く、何故神は我々の意思を汲んでくれなかったのかと──。
影は泣く、それでも人間の本能で消滅したくないと矛盾してしまう思いを─。
その痛みを受け続け気を失いそうになるが、二人はふらつきながらも何とか踏ん張る。
「そして我々がやった事は、お互いを喰い合う事。つまり共食いだ。いや『蠱毒』の方が正しいか」
吐き捨てる様に言った影は更に怒りが増している。
「だったら、水無月様の所に行って話せば良かったじゃないか!」
「ク、ククハハハハハハハッハハハハ!!どこまでもおめでたいな!話せば分かると!?我らの言葉はアイツに一度だって届いたことは無い!貴様も知っているだろう、ここに来た時、人型の影に話しても『無反応』だった事を!それはそうだろう、そういう風に神が決めたのだから。今も気付いてもいない……!忘れているのだ、我らが苦痛の中にいることを!!」
手を差し伸べて、帰る事を許した水無月は本当にそんな事をしたのだろうか、と螢は困惑した。影はそれを見越していた様だ。今までの怒りは多少なりをひそめ、愉快そうに嗤っている。影の心境に気付いたのか、信乃は螢に「迷うな」と声をかける。
「確かに、それは決めて忘れた方が悪いと思う……。でも!今になってなぜ妖怪に取り憑いてまで、俺達を襲う!」
信乃が食い下がる。
「それは、憎いからだよ。言うだろう?『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』って……それと同じだ。ここにいる連中が憎い!だから襲う。最初に襲うのは人間だって決めていた。どうせなら最期を死で駆け抜けてもらいたくてね」
そこまで言うと影は右腕を薙ぐ。右腕から影が数個離れ、弾丸の様に飛んできた。信乃は螢の頭を抑え共に伏せる。直撃は避けられたが頭上を掠めた感覚に、あと一歩遅ければ確実に殺されていた、と背筋がヒヤリとした。
避けられるとは思っていなかったのか、影は感心したように手を叩く。しかし攻撃を止めようとはせず、次の弾がまた飛んできた。だがそれは明らかに避けられる弾で、向こうは確実に遊び感覚で弾を撃っている。何度か避けるも、下の液体に足を取られ、思うように動けず肩や腕、頬や脚に被弾する。
「もう消えろ」
ひとしきりもてあそび、満足したのか影は冷たく言い放ち球体を作る。それはバチバチと弾け、鋭い閃光を射出した。海が割れる様な強烈な閃光は、真っ直ぐにこちらに向かってくる。逃げられない、そう直感した時、咄嗟に螢は抱えていた鏡を前に突き出した。すると光線はたちまち鏡に吸い込まれて消えていく。
「何!? え、鏡が……!」
螢が驚いて鏡面を見るが、いたって普通の鏡の様だった。
しかし、螢や信乃より動揺したのは影だった。影は先程の余裕が嘘のように引き、恐れをなして後ずさる。キヨが言っていた『封魔の鏡』はちゃんと使えるらしい。この鏡が本能的に良くないモノだと察知したのだろう。
「なぜ貴様の様な一端の人間がソレを……使える!」
叫ぶと同時に先程の閃光をいくつも射出したが、すべて鏡に吸い込まれてしまう。続く攻撃に、鏡は徐々に熱を帯び始めた。急な異変に顔には出さず戸惑う螢。
「……祠にあったのを、貸してもらったの!」
「おのれぇ……!」
影は半ば自棄になりデタラメに弾を撃つ。そして鏡が吸収する。これの繰り返しだったが、流石に鏡を持ち続けるのが辛くなり、取り落としてしまった。
「あっ……」
手を震わせる螢に変わり、信乃が持とうとするが余りの熱さにあっつ、と手を引っ込めてしまう。だが影は待ってくれない。むしろこれを好機ととらえ弾を撃ってきた。
避けながら他に方法はあるはずと、信乃は考えを巡らす。そしてある賭けにも似た可能性を思いついた。信乃は熱くなった鏡をもう一度拾い、螢がやった様に前に突き出す。
「信乃!?何やってんの……!」
「吸収出来るならその逆、排出も出来るはずだ!いっ、た……!」
鏡は熱したフライパンを素手で持っているのと同じなのではと思うほど熱くなっていた。指先から血が滲むが、気にしている場合では無い。鏡に力を込める。
「いっけええぇえ!!!」
信乃のかけ声と共に鏡は影が出した様な強烈な閃光を放った。その閃光は広範囲に広がる。影は避けることも出来ずもろに受けてしまった。閃光が消えて鏡は先ほどまでの熱が嘘だったかのように冷たくなっている。
「凄い……。信乃大丈夫?」
螢が側に駆けよった。信乃は大丈夫だと頷いたが、両手は痛々しく火傷している。
「……それよりもアイツは?」
信乃の言葉に影を見ると、頭を抱え悶えていた。
「なぜだ……なぜ邪魔をする!これを望んだのは他でもない貴様だっただろう!」
誰かに向かって叫んでいる。螢と信乃ではない、影は内側に、昊に向けて叫んでいた。
身体から黒く濃いモヤが発生し全身を覆うと、影が何かを切り離した。依り代である昊を捨てたのだった。
影はそんな二人を見て目元を歪ませて嗤った。
「と言っても……我はこの妖怪が、幽明ヶ原に移住する前にもう既にここで死んでいたがな。貴様らは幽明ヶ原に迷い込んだ人間の大半が、どうなるか聞いているだろうのだろう?」
「まさか、水無月様が言った。養分になった人間の魂の残痕──」
愕然と信乃は言う。とうとう堪えきれなくなったのか、影は吹き出し嗤う。一頻り嗤うと次の週間には怒りを滲ませた。
「ふ、そうだ!……『人間』は語弊があったな。貴様の言う様に『魂の残痕』だ。あろう事かこの世界の創造主は慈悲をかけた!消しておけば良かったモノを『哀れ』に思い、自然消滅する最期までここに留まらせた!それがどれだけの苦痛か知らずにな!!」
頭を掻きむしり怒りに身を震わせた叫びが、響く。強烈で全身が痛くなる程に。
影は言う、魂の残痕には常に身を引き裂かれる程の苦痛しか無いと──。
影は叫ぶ、何も出来ず記憶を消され自ら命を絶つ絶望を──。
影は嘆く、何故神は我々の意思を汲んでくれなかったのかと──。
影は泣く、それでも人間の本能で消滅したくないと矛盾してしまう思いを─。
その痛みを受け続け気を失いそうになるが、二人はふらつきながらも何とか踏ん張る。
「そして我々がやった事は、お互いを喰い合う事。つまり共食いだ。いや『蠱毒』の方が正しいか」
吐き捨てる様に言った影は更に怒りが増している。
「だったら、水無月様の所に行って話せば良かったじゃないか!」
「ク、ククハハハハハハハッハハハハ!!どこまでもおめでたいな!話せば分かると!?我らの言葉はアイツに一度だって届いたことは無い!貴様も知っているだろう、ここに来た時、人型の影に話しても『無反応』だった事を!それはそうだろう、そういう風に神が決めたのだから。今も気付いてもいない……!忘れているのだ、我らが苦痛の中にいることを!!」
手を差し伸べて、帰る事を許した水無月は本当にそんな事をしたのだろうか、と螢は困惑した。影はそれを見越していた様だ。今までの怒りは多少なりをひそめ、愉快そうに嗤っている。影の心境に気付いたのか、信乃は螢に「迷うな」と声をかける。
「確かに、それは決めて忘れた方が悪いと思う……。でも!今になってなぜ妖怪に取り憑いてまで、俺達を襲う!」
信乃が食い下がる。
「それは、憎いからだよ。言うだろう?『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』って……それと同じだ。ここにいる連中が憎い!だから襲う。最初に襲うのは人間だって決めていた。どうせなら最期を死で駆け抜けてもらいたくてね」
そこまで言うと影は右腕を薙ぐ。右腕から影が数個離れ、弾丸の様に飛んできた。信乃は螢の頭を抑え共に伏せる。直撃は避けられたが頭上を掠めた感覚に、あと一歩遅ければ確実に殺されていた、と背筋がヒヤリとした。
避けられるとは思っていなかったのか、影は感心したように手を叩く。しかし攻撃を止めようとはせず、次の弾がまた飛んできた。だがそれは明らかに避けられる弾で、向こうは確実に遊び感覚で弾を撃っている。何度か避けるも、下の液体に足を取られ、思うように動けず肩や腕、頬や脚に被弾する。
「もう消えろ」
ひとしきりもてあそび、満足したのか影は冷たく言い放ち球体を作る。それはバチバチと弾け、鋭い閃光を射出した。海が割れる様な強烈な閃光は、真っ直ぐにこちらに向かってくる。逃げられない、そう直感した時、咄嗟に螢は抱えていた鏡を前に突き出した。すると光線はたちまち鏡に吸い込まれて消えていく。
「何!? え、鏡が……!」
螢が驚いて鏡面を見るが、いたって普通の鏡の様だった。
しかし、螢や信乃より動揺したのは影だった。影は先程の余裕が嘘のように引き、恐れをなして後ずさる。キヨが言っていた『封魔の鏡』はちゃんと使えるらしい。この鏡が本能的に良くないモノだと察知したのだろう。
「なぜ貴様の様な一端の人間がソレを……使える!」
叫ぶと同時に先程の閃光をいくつも射出したが、すべて鏡に吸い込まれてしまう。続く攻撃に、鏡は徐々に熱を帯び始めた。急な異変に顔には出さず戸惑う螢。
「……祠にあったのを、貸してもらったの!」
「おのれぇ……!」
影は半ば自棄になりデタラメに弾を撃つ。そして鏡が吸収する。これの繰り返しだったが、流石に鏡を持ち続けるのが辛くなり、取り落としてしまった。
「あっ……」
手を震わせる螢に変わり、信乃が持とうとするが余りの熱さにあっつ、と手を引っ込めてしまう。だが影は待ってくれない。むしろこれを好機ととらえ弾を撃ってきた。
避けながら他に方法はあるはずと、信乃は考えを巡らす。そしてある賭けにも似た可能性を思いついた。信乃は熱くなった鏡をもう一度拾い、螢がやった様に前に突き出す。
「信乃!?何やってんの……!」
「吸収出来るならその逆、排出も出来るはずだ!いっ、た……!」
鏡は熱したフライパンを素手で持っているのと同じなのではと思うほど熱くなっていた。指先から血が滲むが、気にしている場合では無い。鏡に力を込める。
「いっけええぇえ!!!」
信乃のかけ声と共に鏡は影が出した様な強烈な閃光を放った。その閃光は広範囲に広がる。影は避けることも出来ずもろに受けてしまった。閃光が消えて鏡は先ほどまでの熱が嘘だったかのように冷たくなっている。
「凄い……。信乃大丈夫?」
螢が側に駆けよった。信乃は大丈夫だと頷いたが、両手は痛々しく火傷している。
「……それよりもアイツは?」
信乃の言葉に影を見ると、頭を抱え悶えていた。
「なぜだ……なぜ邪魔をする!これを望んだのは他でもない貴様だっただろう!」
誰かに向かって叫んでいる。螢と信乃ではない、影は内側に、昊に向けて叫んでいた。
身体から黒く濃いモヤが発生し全身を覆うと、影が何かを切り離した。依り代である昊を捨てたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる