Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十六話 暴風が如く(10)

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「!」

 そして直後、リックの背中に悪寒が走った。
 その原因は既に視界の中にあった。
 拘束されている左腕をへし折らんと、女の左掌底打ちが迫ってきている。
 これをリックは同じ形で、右掌底で迎え撃った。
 双方の輝く手の平がぶつかり合い、光の粒子が散る。
 防御魔法のぶつけ合いのように、互いの魔力が競り合う。
 最後に母とこのような競り合いをした時はどちらに軍配が上がったのか、それを思い出したリックは、即座に両足の中で星を輝かせた。
 後方に全力で跳んでこの拘束を強引に解除する、リックはそう考えたのだが、

「っ!」

 直後、思わず歯を食いしばる痛みが左爪先から走った。
 女の輝く右足に踏まれたのだ。
 そして、女が右足を振り下ろしたがゆえに、この時点で拘束は解除。
 しかし、リックの両足は既に後ろに跳ぼうと踏ん張り始めている。力の向きに前に変えられない。拳を差し込むための前傾姿勢が取れない。
 ならば、と、リックは左拳に込めていた魔力で光弾を形成しようとした。
 しかし直後、女はそれに反応し、動いた。
 飛び道具を放とうとしているリックの左腕を右手で押しのけながら、踏みつける右足はそのままに、左足を使って半歩踏み込む。
 射線を完全に外し、安全を確保したと同時に、右手を前に。
 そして女は掌底打ちの要領でリックの肩を押すと同時に、襟を掴んだ。

 女が、偉大なる者が見せようとしている技、それは失われた技術の一つ。柔術に属するもの。
 確かに、防御魔法で簡単に拘束を外せる魔法使い相手には難しい。
 しかしそれはあくまでも長く拘束する場合に限る話。
 相手の重心を崩す、支点を制御するために一瞬押す、という手は普通に通じる。
 だが、相手を掴む、相手に手を伸ばして触れるのであれば、掴むよりも魔力を込めた一撃を叩き込んだほうが有利になることの方が多い。
 なれど、魔力が使えない、魔力を拳に込めるのが間に合わないという場面では依然有効なのだ。

 そして、柔術とはすなわち力学である。
 その基本となるものは有名な「てこの原理」から容易に理解出来る。
「てこの原理」とは棒を使って重いものを軽く動かすための技術。
 やり方は単純。まず長さと強度のある棒を動かす対象の下に差し込む。例えば岩とすると、地面との隙間に差し込めばいい。これが力がかかる場所、「作用点」となる。
 次にその作用点の出来るだけ近く、棒を支えるように下に硬いものを設置する。これが「支点」となる。
 そして最後に、作用点とは反対側の棒の末端を手で握り、下に力を加える。ここが「力点」となり、これで「てこの原理」は成立する。
 重要なのは各点間の距離である。力点に加えた力が作用点にどのように伝わるのか、どれだけの力が作用点に加わるのかは、この距離関係によって決まり、それは比例関係になる。
 例えば、支点から作用点までの長さが1、支点から力点までの長さが6であった場合、作用点に加わる力は力点に加えた力の6倍となる。
「作用点」、「支点」、そして「力点」、これがまず第一に意識すべきもの。
 そしてもう一つ重要なのは、支点を軸として力の向きを変えることが出来る、すなわち回転させられるということ。

 女は、偉大なる者は、その関係を経験でよく知っていた。
 どうすれば簡単に相手を回転させられるのか、ということを良く知っていた。
 作用点は掴んでいる襟。支点は競り合っている左手と踏みつけている足。そして力点は自身の体重を最もかけやすい箇所、すなわち重心。我々が知る柔道では支点は袖を掴む引き手となることが多い。
 そして支点が安定せずとも、作用点から力点までの距離が長いほどに単純に有利になる。だから女は、偉大なる大魔道士は勢い良く腕を伸ばして突き飛ばすと同時に、掴んだのだ。

 そして直後、偉大なる者はその技を見せた。
 まるで背後にある見えない椅子に座ろうとするかのように腰を落としたと同時に、踏んでいる足を離し、リックの体を引き込む。
 支点から感じる力の向き、それが上向いたのと同時に、相手を肩の上に担ぐように上半身を捻る。

「!?」

 突如身を包んだ無重力感にリックの目が見開く。
 しかしリックの本能もまた、ただならぬものであった。
 リックの本能は一瞬で支点制御が重要であることを理解し、競り合いをしている手を振りほどいた。
 だが、既に手遅れ。
 もはやその支点が無くとも、投げ飛ばせるほどの勢いがついている。
 だが、今の女に「投げ飛ばしてあげる」などという優しい考えは無かった。
 女の意思は襟を掴む手から伝わり、「受身も取れないように――」という文面から始まった。
 無重力感と共にリックの視界が上昇し、女の背中を、肩を越える。
 そして感覚が落下に変わった直後、襟から先の言葉の続きが響いた。

「――脳天から地面に叩きつける」、と。
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