Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

文字の大きさ
上 下
399 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十六話 暴風が如く(11)

しおりを挟む
 直後、リックの視界は迫る地面で埋まった。
 しかし次の瞬間、

「破ッ!」

 リック自身の気勢と共に、彼の視界は白く染まった。
 まるで地面を砕こうとするかの如く、光る右掌底を打ち込んだのだ。
 そしてリックは刹那の間も置かず、その手の平から防御魔法を展開した。
 地面の上を這うように開いた魔力の盾が女の足を押し返す。
 そしてその隙にリックは床の上を一転して立ち上がり、構えを整えた。
 双方の視線が交錯する。
 先の結果から相手の特徴を予測し、次に有効な一手を模索する。
 そしてこの時点で、女の右手に魔力が通い始めていた。
 経路のいくつかが経たれているゆえにその出力は少ない。
 だが偉大なる者は「問題無い」とでも言うかのように、指先に魔力を集中させ、五指を輝かせた。

「……」

 その様子をルイスは少し呆けたような表情で眺めていた。
 ルイスの心は古き良き時代への郷愁の念に捕らわれていた。
 その時代を作った男のことを思い出していた。
 そうだった。彼はあのような技が得意だった。「無能であった期間が長かった」から。
 拳をぶつけ合う、受けて反撃する、という戦いが出来なかったから。
 しかし彼は戦い、生き残り続けた。そういう意味で、彼は化け物なのだ。

「……レオ」

 ルイスはその男の名をぽつりと漏らした。
 今の偉大なる者とリックの関係、それはまさに柔と剛であり、静と動であった。
 そして、まるでその呟きが合図になったかのように、二人は同時に踏み込んだ。

「雄雄雄ォッ!」

 先に手を出し始めたのはやはりリック。
 先と同じく連打を放つ。
 が、リックの足捌きは先とは違っていた。
 半歩深く踏み込んでいる。安全な先端当てにこだわっていない。
 ゆえに偉大なる者もまた同様に、対処方法を変えていた。
 光る手で迫る拳を受け流し、時に払う。
 リックは分かっていた。

(こいつを懐に入れてはならない!)

 ことを。
 そして直感的に、「こいつは相手の勢いを利用することが得意」であると予想していた。
 それは正解であった。
 無能の時期が長かった偉大なる者が生き残り続けるには、相手の力そのものを利用する技を身につけるほか無かったのだ。
 ゆえの連打。
 そして、この攻めは有効であった。
 単純な突きの性能、錬度だけでいえばリックは偉大なる者を圧倒していた。
 攻撃は最大の防御、と言わんばかりに突きを繰り出す。
 そしてそれは実際そうであった。
 偉大なる者は両手の使用を防御のみに封じられていた。
 が、偉大なる者は反撃の機会を虎視眈々と狙っていた。
 そしてそれは不可能では無いことであった。
 動作が防御のみになっているということは、腕を大きく前に出す相手と比べて自身の動作量が少なくなるということ。
 迎え撃つための準備をするための時間を作ることが不可能では無いのだ。
 リックはそれを分かっていた。
 当てるために先よりも深く踏み込んでいることも、その危険性を大きくしていることを承知していた。
 そしてその危険性は直後に現実のものとなった。

「っ!」

 ぬるり、と、まるで蛇のような艶(なま)めかしい動きで手首を捕えようとしてきたのを、寸でのところで拳を引いてかわす。

(今のは、)

 危なかった、という言葉が冷や汗となってリックの背中を伝う。
 もし掴まれていたら、魔力を集中させた五指にえぐられていただろう。
 しかしリックは間を置かず、その汗を振り払うかのように再び拳を繰り出した。
 攻めを中断することは出来ない、それは愚手であるという確信がリックにはあった。
 今のところ、自分が相手に勝っている要素がこれしか見当たらない、というのが理由の一つ。
 もう一つは、

(もう少し……!)

 リックの視線の先、意識の線の延長線上にあった。
 遠くから眺めているルイスには、共感に頼らずとも、その狙いが読めていた。
 リックは偉大なる者を壁際に、角に追い詰めようとしているのだ。
 だからルイスは叫んだ。

(いいぞ、押し続けろ!)

 と。
 退路の無い角に相手を追い込めば、打撃戦で上回るリックが圧倒的に有利になることは明らか。
 それは今のところ順調のように思えた。
 が、二人の心には不安の影が滲んでいた。
 相手もそれを理解していることは、心を読まずとも分かることだからだ。
 だから、きっと、どこかで仕掛けてくる、そんな払拭出来ぬ思いが影を生み出していた。
 そして直後、その影は実体を得た。

「!?」

 突然、女がその場でしゃがんだのだ。
 いや、伏せた、と言ってもいいほどの低姿勢。
 ここまでのやり取りで、偉大なる者はリックのことを次のように評価していた。
 上段の差し合いが異常に強い、と。
 ならばその勝負に付き合わなければいい、と。
 伏せて戦う、そんな型は、戦法は一族の流派のどこにも存在しない。
 これも咄嗟の思い付き。
 そも、偉大なる者は型にこだわりを持っていない。
 あるとすればただ一つ。
 戦いは水のような柔軟な心で挑むべし、という心構えだけだ。
 そして偉大なる者はその心構えを実行に移した。

「!」

 するり、と、まるで地を這う蛇のごとく、足首を狙って下から伸びてきた手に対し、リックが反射的に跳び下がる。
 反撃は出来ない。どう対処すればいいのかが咄嗟に思いつかない。
 それを考える時間を稼ぐために、リックは再び後方に地を蹴った。
 が、

(!? 速い!)

 這い迫る偉大なる者の速度は、予想外のものであった。
 まるで蜥蜴(トカゲ)、リックはそう思った。
 そしてそれは正解であった。
 偉大なる者は伏せた状態での戦い方、移動方法など知らない。考えたことも無い。
 だから、咄嗟に自分がよく知るものを参考にしたのだ。
 そして、偉大なる者の戦い方は既に進化を見せつつあった。
 リックに這い迫りながら、偉大なる者はその姿勢に変化を加えた。
 頭の高さはそのままに、背中をそらし、腰を上げる。
 それを見たリックは思った。

(猫?!)

 のようだと。
 蜥蜴のままでは駄目だ、と偉大なる者は考えたのだ。
 あれは口を使って獲物を捕らえる。頭を武器にしている。手を武器に使えなくては駄目だ、と。
 だから偉大なる者は、低姿勢で前足を武器に使う猫を参考にしたのだ。

「くっ!」

 そしてリックは這い迫るその獣に対し、左足を放った。
 それは地をなぎ払うような下段蹴りの初動に見えた。
 偉大なる者が足首に狙いを定めて蛇を伸ばし始める。
 その次の瞬間、

「!」

 今度は偉大なる者が驚かされた。
 リックの左足が止まったのだ。
 地面に爪先をぶつけて止めたのだ。
 来るべきはずの目標を失った偉大なる者の蛇も思わず止まる。
 双方の動きは同時に止まったかのように思えた。
 が、

(否!)

 相手は止まってはいない! 偉大なる者はルイスの心をのぞき見る事無く、直感でそう判断し、地面に着けたままの手足の力を後方に解放した。
 手が地面から離れ、飛び上がるような勢いで上半身が舞い上がる。
 いや、実際、偉大なる者の体は浮き始めていた。足までもが地面から離れ始めていた。
 それほどの勢いをつけなければ危ない、その確信が偉大なる者にはあった。
 そしてその確信はやはり正解であった。

「っ!」

 直後、顎の下をかすめるようにリックの拳が、左下段突きが通過していった。
 もう少し遅れていれば確実に頭蓋を打ち抜かれていた。
 だが、

(まだ!)

 安心は出来ないことを、次が来ることを偉大なる者は確信していた。
 その証拠は直後に視界に入った。
 止まっていたリックの左足が、爪先で止めていた足が再び動き始めたのだ。
 されど既に間合いの外。偉大なる者の体は既に後方に流れ始めている。その左足は届かない。
 しかし、偉大なる者はリックがこの機を逃すような男では無い事を分かっていた。
 そしてきっとこの男は勢いのある一撃を選ぶ、そう思った。
 だから、偉大なる者は同じもので迎え討とうと思い、体を空中で回転させ始めた。
 その直後、リックは右足で地面を蹴って助走をつけ、前に出した左足を勢いよく地面に振り下ろした。
 革靴が地面を強く叩いた音が鳴り響く。
 そしてリックはその左足で踏み切り、跳躍した。
 やはり、であった。
 偉大なる者が思った通り、リックの追撃は跳び蹴り。
 型まで予想していたわけでは無い。思っていたのは体ごとぶつけるような重い一撃が来る、ということだけ。
 ゆえに、偉大なる者が選んだ迎撃は、空中回し蹴り。
 投げ槍のように放たれたリックの一撃を、弧を描く偉大なる者の一撃が迎え撃つ。
 そして二人の輝く足裏は、寸分違わずぶつかり合った。

「「っ!」」

 瞬間、二人の顔は同じ色に染まった。
 ミシリ、という音が痛みと共に足首から太ももへ、脳へと駆け抜ける。
 そして二人は、互いに姿勢を崩しながら着地。
 双方とも同時に体勢を立て直す。
 その僅かな静寂に対して、最初に声を上げたのはルイスであった。

(凄まじい……!)

 一連の流れに対し、ルイスはただ感嘆していた。
 自分の感知がリックにとってあまり有利に働いていないからだ。
 双方とも、思考が短すぎる。
 反射に次ぐ反射の応酬。
 直前まで伏せられたカードを互いに同時にオープンにし、ぶつけ合う、そんな戦い。
 本能を極めたもの同士の戦いとはこのようなものなのかと、ルイスは感動していた。

 ルイスは知らない。
 この「本能」を使った戦闘方法すらも、後に技術として体系化されることを。
 本能が持つ「条件反射」を合理的に使うことを理念とした、「クラヴ・マガ」と呼ばれる戦闘術が誕生することを。
 いま目の前で繰り広げられている戦い、それはまさにその理念を形にしたものの一つであることを。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...